終わり良くてもオレは断る
双尾の侵緑主討伐の喜びは第三部隊の全員が共有した。
リザードマン討伐作戦といっても、あの化け物を叩かないことには本質的な解決には至らない。
手下のリザードマンをすべて合わせても、あの化け物一匹の脅威には劣る。
任務前から胃が痛かったと告白したマークマン隊長は涙を流しながらオレ達に感謝した。
レイトルさんに感謝するならわかる。
まさかオレの手を握って何度もありがとうと言ってくれるとは思わなかった。
部下達もマークマン隊長を取り囲んで、同じく涙を流して喜んでいる。
あんなに人望があっていい人なのに奥さんに逃げられたバツイチだなんて。
それとも死地から生還できるという喜びからくるものかもしれない。
野営地の撤収作業は速やかに行われた。
予定ではヒドラ込みでも、もう少し時間がかかるはずだったらしい。
あの双尾の侵緑主は騎士団の一部隊が手に負えない化け物だ。
下手をすれば、騎士団で総力を挙げて討伐することになっても不思議じゃないとレイトルさんは言う。
「レイトル、君が来てくれて本当に助かったよ(もう娼館通いができなくなるかと思った)」
「ドドネアの奴がいれば、もっと早く終わったんだけどな。あいつのほうが適任だっただろうに、ちょうど任務の時期が丸被りしやがった」
「しかし今回はルオン君がいち早く襲撃に気づいてくれたおかげで助かったよ。彼は何者なんだ?(隙あらば我が隊に迎えたいものだ)」
「村出身の田舎者らしいぜ」
「それだけか?」
「あいつ、自分のことはあまり喋らないからな。何よりエルドア公爵が追及してないっぽい」
オレが片付けの手伝いをしている最中、隙あらば不穏な心の声が聞こえる。
評価してもらえるのはいいけど、オレはどう考えても騎士なんかできない。
考えてみなさいって。
いくら任務を遂行するためとはいえ、だ。
投石だの目つぶしだの転ばせたりだの、みっともない戦いを騎士としてやっちゃダメだろ。
頭が固いお偉いさんが見たら即解雇を要請するよ。
オレとしては結果さえ出せば過程なんて気にするなって感じだけど、世の中の人達はそう思わない。
オレみたいなのはのらりくらりとしているくらいがちょうどいい。
で、そのマークマンさんがこっちに来たよ。
ギリギリ近づくまで気づかない振りをしよう。
あわよくば素通りしてくれ。
「ルオン君、改めてお礼を言わせてくれ。我が隊を救ってくれてありがとう(ふーむ、見るからに平凡な少年だな)」
「どういたしまして」
「双尾の侵緑主の接近に気づけたのは、その神器のおかげと言っていたな。とはいえ、私はスキルや神器ですべて決まるわけではないと思っている。つまりルオン君、君の洞察力や警戒心は驚嘆に値する」
「どういたしまして」
すみません。
片付けが忙しいので、だいぶ後にしてもらえますか?
話が変な方向にいかないよう、あえて忙しそうに移動したんだけどなんか普通についてくる。
部下が見てますよ。
「君はヒドラから所属の要請のようなものが来ていないか?(きてそうだなぁ。きてるよなぁ)」
「あー、実はそうなんですよ」
「やっぱりそうか。でも君ならヒドラでもやっていけそうだな」
「すみません。そういうことで」
オレはいそいそと作業を進めた。
これでなんとか窮地は凌げたか。
その場しのぎとはいえ、こういうウソはつきたくなかったけどな。
おかげで諦めて離れていってくれた。
「レイトル。ルオン君はどうもヒドラに勧誘されているそうだな」
「へ? あいつがそう言ってたのか?」
娼館通いバラすぞ、コラ。
まずいぞ。レイトルさんはなんて反応する?
いや、普通に笑い飛ばすだろ。
あんな未熟な奴がヒドラなんて百億年早いってな。
レイトルさん、言ってやれ。
ヒドラはルオンみたいな半端な野郎に務まるほど、甘い組織じゃないって。
ヒドラは自分みたいな圧倒的戦闘能力を持った選ばれし精鋭の集まりだって。
さぁ!
「そうか! ようやくあいつもその気になってくれたかぁ!」
あのさぁ。
なんで歓迎しちゃうの?
オレはトカゲのボスにびびってあんたに抱きついた変態野郎だよ?
プロの目から見て、オレにそんなもん務まるはずないってわかるよね?
しかもようやくってさ。
あたかも待っていたかのような口ぶりだよ。
「ルオン、お前がその気なら死ぬほど鍛えてやるぞ(わかってる。口が滑ったんだろ?)」
「レイトルさん。オレみたいなのが勧誘されてるなんてウソをつく奴を許しちゃダメだと思いますよ」
「ヒドラは簡単に噛まないんだよ」
「それっぽいこと言わないで」
レイトルさんには感謝してるけど、オレはあくまで依頼を引き受けただけだ。
エルドア公爵にどんな思惑があるのかは知らないけど、オレは絶対に自由に生きてやる。
「ルオン」
「うひゃい!」
背後から話しかけてきたのはシカだ。
心の声を殺して接近してこられると、生きた心地がしない。
「どうした?」
「どうしたというか、だな(シカ、言え。言わないほうが恥だぞ)」
「どうしたというか、だな?」
「その、アレだ(アレじゃない! シカ、貴様はこいつに助けられたのだぞ!)」
「その、アレだ?」
「ええい! 復唱するな!(やっぱり腹立つ!)」
オレだって忙しいんだからさ。
復唱して次の発言を待つ権利くらいあるだろ。
なんかすっごいモジモジして、なかなか言ってくれない。
どうしてしまったんだ?
「シカちゃん! 一緒に言おう?」
「エ、エフィ……」
「せーのでね?」
「わ、わかった」
なぜかエフィが加勢にきた。
「せーの……ルオン君って強いんだね!」
「助けてくれて感謝するっ!」
まったく違うじゃねーか!
シカの覚悟を踏みにじってるじゃねーか!
ほら、ぷるぷると震えて睨んでるぞ。
「あああぁーーーーーー!」
「お、おい……」
シカが叫んでいなくなったぞ。
どうでもいいけど後片付け、手伝えよ?
ヒドラだからってさぼっていいわけじゃないからな?
オレだって、これは依頼に含まれてないのでやりませんで突っぱねることもできるんだからな?
さすがにそれは人としてどうかと思うから手伝ってるんだからな?
でも、あのシカがオレにお礼を言うなんてな。
悪い気はしないどころか、少しほっこりしたよ。
こうしてリザードマン討伐はようやく終わった。
後はエルドア公爵のところに帰って報酬をもらうだけだ。
訓練の依頼とかいう珍妙なものの期限も迫っているし、終わればオレは晴れて自由。
マークマンさんが部下達を中心として、オレのことを話していた気がするけどオレは自由。
自由ったら自由だ。
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