双尾の侵緑主 2
シカと騎士達の猛攻が始まった。
一対多数なのに双尾の侵緑主は長い爪で、まとめてさばいている化け物っぷりだ。
ここでオレも一緒に戦わなければいけない衝動に駆られる。
が、オレには作戦があった。
オレがあの化け物と近接戦でやり合ってもレイトルさんに鍛えられたとはいえ、おそらく一分ともたない。
言ってしまえば、シカと騎士達がオレにとっては上の存在だということ。
とはいえ、さぼっているのも確実に心証が悪い。
大声を出してオレの意図を伝えるべきか?
もしあの化け物が人間の言葉を完全に理解していたら?
刃速の巨王蛇の時は考えもしなかったけど、モンスターの中には人間の言葉を理解する個体がいても不思議じゃない。
「エフィ、今はまだ手を出すな。あいつに聞かれないように作戦を伝える」
「なになに?」
この戦いの鍵は厚かましいだろうけどオレ達だ。
このまま全員で一斉に挑んでも押し負ける。
ハッキリ言ってあいつはそれほどの相手だ。
マークマンさんが、あの化け物がヒドラクラスだと言っていたのは過言じゃないかもしれない。
あいつの音を聞いているだけで耳ごと切り裂かれる感覚に陥るほどきつかった。
「……わかったか?」
「うん。なんとなくわかった」
エフィが本当に理解したのかは疑わしい。
なんとなくじゃダメなんだよ。
だけどレイトルさん達が気づいて戻ってきてくれる保証はない。
オレ達が生き残る方法はただ一つ。
ここでこいつを仕留めることだ。
「オレはじっくりとあいつの音を聞く……」
鍛えられたとはいえ、オレとあの化け物の実力差は歴然だ。
格上の音は吐き気と頭痛を引き起こす。
腰に下げていたボトルに口をつけて水を飲んだ。
「ぷはっ……。はぁ、なんでこんな依頼を引き受けてしまったんだか」
「後悔してる?」
「めっちゃしてる」
――君は自分を低く見積もる癖があるな。
――強い奴ほど臆病で用心深い。
頭の中で色々な言葉が反芻した。
あのエルドア公爵はオレを評価している。
出世なんてまっぴらごめんだけど、あれほどの人に言われたならオレに成長の可能性があるってことだ。
だったら成長してやる。
なんたってオレは臆病だからな。
誰が強者にまじってあんな化け物に挑むか。
「シカちゃん、負けそうだよ?」
「まだだ、シカを信じろ。お前は魔力を集中させてくれ」
シカの影操をもってしても止まらないのかよ。
あの化け物一匹だけで国を滅ぼせるんじゃないか?
騎士達も傷つきながらも、ケットシーの回復のおかげでまた粘っている。
あのトカゲ野郎、ずいぶんと楽しそうだな。
自分がオレ達に殺されるなんて微塵も思ってない。
お前、臆病なんじゃなかったのか?
あぁそうか。
オレだって風穴の虎の三人に勝てると確信していたもんな。
同類だったわ。ごめんな。
「はぁ……はぁ……。す、隙がないな……」
「ルオン君、大丈夫?」
エフィに返事をする余裕すらない。
確かに隙がない。いや、違う。
正確には今のオレじゃ、あのレベルの化け物に対する隙なんて見つけられないってことだな。
だからこそ、だ。
だからこそいい。
隙がないなら隙を作るだけだ。
あいつがシカと騎士団を相手にすればするほど、やりやすくなる。
その時だ。
シカがいい一撃をもらってしまった。
「くっ! 影が、捉えきれん……!(レイトルなら善戦できたかもな……私では……)」
シカの心が折れかけているな。
あまり時間はかけられない。
そろそろか?
オレは集中して双尾の侵緑主の音を聞いた。
頭がガンガンと痛くなる中、オレは蛇腹剣を握りしめる。
まずい。このままじゃ作戦の前にへばってしまうな。
やるか。
化け物、お前はオレみたいなクソザコに文字通り足をすくわれるんだよ。
「エフィ、チャンスは一回だ。タイミングを合わせろよ」
「うん、うん……!」
オレは魔力を集中させた。
ちょっと距離は遠いけど、やるしかない。
「トカゲ野郎! こっちだ! バーカ!」
シカと騎士達、双尾の侵緑主がオレ達を見た。
特に双尾の侵緑主は完全にオレとエフィを捉えている。
「ルオン! 何を!」
「オレを信じろ!」
シカに叫ぶ。
双尾の侵緑主が走り出した。
だけどさっきまでシカ達とやり合っていた時のリズムが崩れていない。
これはどういうことか?
レイトルさんがいつか教えてくれたことを思い出す。
――戦いにはリズムがある。
相手の動きを読んで、次の手を読む。
攻撃や防御、回避のタイミング。
お互いが白熱するほど無意識のうちにリズムを刻むんだ。
お前の神器はきっとそいつを掴んでいるんだよ。
そいつのリズムを、より音として捉えろ。
そうすれば、お前に敵はいなくなる。
なんてな。
なんてな、じゃないんだわ。
自信を持ってほしい。
今のオレには、あいつのリズムに合わせて戦うなんて無理だ。
だけどあいつにはシカ達と戦っていた時のリズムがある。
オレはそいつをずっと聞いていた。
だからあいつが次にどの足場を踏むか。
そのタイミングをずっと読んでいた。
そう、たったそれだけでいい。
「アイス!」
双尾の侵緑主の足元にある地面の一部が凍った。
ちょうどそこに双尾の侵緑主の足が置かれた時だ。
オレが読んだあいつのリズムにドンピシャにはまってくれた。
さすがの化け物も、急にリズムを変えるなんて無理だったみたいだな。
「ギギャッ!?」
双尾の侵緑主が見事に仰向けに転んだ。
シカや騎士達と夢中になって戦っていなかったら、あいつもこんな手には引っかからなかっただろう。
あとはエフィ、頼む。
「フリージングアロォーーーーッ!」
エフィが溜めに溜めた魔力で放ったフリージングアローが双尾の侵緑主めがけて一直線に放たれた。
転んだ直後の双尾の侵緑主がさすがに回避できるわけもなく、見事に直撃する。
「ギギャアアァーーーーーーーー!」
冷気に弱いなら、こいつは効いたはずだ。
オレはすかさずあのトカゲ野郎のところに飛び込んで、蛇腹剣を振るう。
冷気でもがいていたトカゲ野郎の首元が綺麗に裂かれた。
「ゲ、ゲ、ゲアァ……!」
「さすがに死んだだろ?」
ぶしゅぶしゅと血を噴き出しながら、双尾の侵緑主が痙攣している。
ダメ押しのもう一発、と思った時だ。
トカゲ野郎が上半身をバウンドさせて起き上がった。
「ウソ、だよな?」
「ゲゲ、ゲ、ゲ、ゲェギギギギギァァ……!」
マジモンの化け物じゃねえか!
こいつの一番の急所は確かに首だ。音が教えてくれたはずだ。
考えられる答えは一つ、こいつが化け物すぎる。
人外なんだから急所を斬られたくらいで即死するわけがなかった。
「やっちまったよ」
オレは死を覚悟した。
手負いとはいえ、オレが手を出していい化け物じゃなかったってわけだ。
オレが死んでも、シカがなんとかしてくれるか。
この傷ならさすがに一斉にかかれば殺せる。
ごめんな、皆。
「ギギャアァーーーー!」
「うるせぇな」
聞き覚えのある声が聞こえた。
まさか。
「ギァアァッ!」
トカゲ野郎の片腕が消えた。
その背後に立つのは槍を構えたレイトルだ。
突きを繰り出したのか?
なんで腕が消えた?
「レイトルさん!」
「謝罪はあとでさせてくれ」
トカゲ野郎がレイトルさんに向き直ると、飛びかかった。
お? あっちに向かっていくのか?
あぁ、わかった。
怒りで我を忘れているんだな。
訂正しよう。お前は臆病なんかじゃないよ。
結局、ただの怪物だよ。
「手負いで俺を殺しにかかるとか危機感ねぇなぁ」
レイトルさんが息を吸い込んだ後、突きを繰り出した。
トカゲ野郎のもう片方の腕が消し飛ぶ。
更にもう一発。
今度は片足だ。
「ギ、ギ、アァ……」
「んじゃ、そろそろ死ぬか?」
レイトルさんが槍を振るとトカゲ野郎の首が切断された。
ごとりと転がったトカゲ野郎の頭が、よりによってオレの足元に転がる。
ちょ、これ頭だけで噛みついてきたらやばくない?
「ギ、ァ……」
「生きてるし!」
思わずその場から離れた。
だけどそれっきりトカゲ野郎の頭は沈黙した。
死んでる? 死んでるよな? 信じるぞ?
「よう、苦労かけちまったな(胸騒ぎがしたからな。急いで戻ってよかったぜ)」
「レイトルさぁーーーん!」
「うぉ! ルオン! だ、抱き着くな!(き、気色わりぃ! 蕁麻疹がでてきた!)」
「マジで死ぬかと思った! 終わったと思った!」
「わかった! わかったから離れろ! やめろぉぉ!(せめてここに綺麗な女性がいればぁ!)」
オレを引きはがしたレイトルさんがめっちゃ距離を置いてきた。
命の恩人にそういうことされると悲しいな。
この際、男だっていいじゃないか。
オレは気にしてないぞ。
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