双尾の侵緑主 1
オレ達がリザードマン討伐を始めてから四日が経過した。
あれから指定されたポイントでリザードマン討伐をして、三人で合計四十七匹討伐。
各小隊は平均十匹。
レイトルさんは単独で百匹以上。
一人だけ格が違う。
レイトルさんの場合、他に仲間がいるほうが戦いにくい。
例えるならドラゴンがお供にゴブリンをつれているようなものだ。
逆に邪魔だから、それなら最初から一人で戦ったほうが効率がいい。
オレとしてはレイトルさんの戦いを見たいけど、足手まといになるのはわかっている。
全員がヘトヘトで、下手したら食事を口にできないほど疲労しているのにあの人だけ平気で平らげるからな。
見ているこっちの食欲まで下がる。
「この四日間で多くのリザードマンを討伐できた。が、しかし。肝心の双尾の侵緑主が未だ発見できていない」
「マークマン隊長。強い奴ほど臆病で用心深い。逃げられる前に手を打とうぜ」
「と、言うと?」
「少しずつこちらの数を減らす。戦力が少なくなれば、勝てると踏んで奴も尻尾を出すはずだ」
リザードマンの戦力も大半が削がれているからこそ、やるしかない。
そんな風にレイトルさんが熱弁した結果、一日ごとに数を減らしていくことにした。
双尾の侵緑主だけじゃない。
他のリザードマンだって勝ち目がないとわかれば逃げるはずだ。
オレだったら初日で逃げている。
それに各騎士の疲労や怪我もあるから、休ませるのも重要だという。
今日から小隊を減らして、オレ達は待機を命じられた。
レイトルさんの配慮だと思う。
それならそれでありがたい。
と、思っているのはオレだけだったみたいだ。
「レイトルはいつも私の力をみくびっている(敵わないのは事実だが解せん)」
「違うだろ、シカ。認めているからこそ温存している。いざという時のために動いてもらうためだ」
「む、それは……。貴様の分際にしてはなかなかの着眼点だ(少しはわかっているようだな)」
「普通に生きてたら、貴様の分際とか言われる機会ってそうそうないよ」
案外、扱いやすくて面白い。
あまりからかいすぎると面倒だから、加減が難しいんだけどね。
待機といっても、ただジッとして過ごしているわけじゃない。
野営地でもオレは自主訓練を欠かさなかった。
といっても体力を消耗するようなものはNGだ。
今はいざという時に動けないとまずい状況だから、瞑想をして少しでも魔法の効果を高めようとしている。
他にも騎士達から野営に必要な技術や場所なんかを聞くことができた。
相手は歴戦のプロ、色々なところで戦ってきた経験がある。
中には極寒の地で戦い抜いた話があって、そんな場所でも野営をするみたいで感心した。
そんな話を聞くのもいい訓練になる。
それこそがオレが求めていたものだ。
いざとなったら極力、人の文明に頼らずに生きていける方法。
こういうものはオレ一人じゃなかなか答えは出ないからな。
「チッ、今日も逃げられたみたいだ」
レイトルさん達が帰ってくるたびにいい成果を期待したけど、相変わらずみたいだ。
もしかしたら双尾の侵緑主はとっくにどこかへ逃げたんじゃないかという話すら出る。
強い奴ほど臆病。
もしそうだとしたら、双尾の侵緑主とオレは似ているかもしれない。
いや、オレは強くないけどさ。
仮にオレが双尾の侵緑主ならどうするかな?
レイトルさんみたいなのとは戦いたくないから逃げる。
だけどあいつらが住める環境が限られているから、簡単にここを手放さないはずだ。
じゃあ、どうするか?
隙を見て向かってくるだろうな。
オレは少しだけ警戒した。
夜、寝る時もヘッドホンを外さない。
更に数日が経過していつものようにレイトルさん達が森に入った頃だった。
「シカ、何かおかしくないか? 森の木々がざわついている」
「……何か来るというのか?(ふざけた奴だが、こんな時にふざけたことは言わん。どういうことだ?)」
遠くから聞こえる爪が木や土に食い込む音。
その音があまりに鋭く、明らかに他のリザードマンとは違う。
それも一目散にここを目指しているとわかった。
「シカ、お前の口から野営地を警戒してくれと騎士達に伝えてくれ」
「……わかった」
意外にもシカが言う通りにしてくれた。
少し前のオレの言葉なら信用してくれなかったと思う。
「エフィ、ケットシーを呼び出しておいてくれ。少なくとも怪我人が出る」
「ど、どーして?」
「奴が来る」
オレが双尾の侵緑主だったらどうする?
少なくともレイトルさんとは戦わない。
かといって、この場所を手放すのは嫌だ。
じゃあ、オレだったらまずは様子見をするな。
どういう奴らがいるのか。
誰が一番強くて、どういう動きをするのか。
観察すれば弱点が見えてくる。
誰が一番強いのかがわかれば、一番弱い奴がわかる。
何も一度に全員を殺す必要はない。
まずはこちらから動きを見せずに泳がせる。
泳ぎを見て全体の動きを把握すれば、隙が見えてくる。
その隙が今だとしたら?
レイトルさん達が森に入って三時間、簡単に戻ってこられるような場所にいないだろう。
「来やがった! 皆! 双尾の侵緑主が来る!」
シカが予め呼び掛けておいてくれたおかげで、騎士達は警戒態勢だ。
奴が来る方向を指し示すと、騎士達は武器を構える。
「来る! やばいのが来る! 帰りたい!」
そう叫んだところで相手は待ってくれるわけない。
野営地に何かが飛び込んできた。
太陽の光に照らされたそいつは一瞬だけ悪魔のシルエットに見える。
クソ長い爪と二つの尾。細く長い舌だけがくっきりと印象的だ。
「で、出たぞぉ!」
着地したそいつは黄色の目をぎょろりと動かす。
その大きさは成人男性の約二倍、オレ達が今まで討伐してきたリザードと同じ種とは思えない。
緑というよりドス黒い鱗に覆われたそいつは、見た目だけで命の終わりを感じさせてくれた。
冗談じゃない。
エルドア公爵はなんでこんな化け物がいると知ってオレに依頼した?
「撃てぇーー!」
騎士達が双尾の侵緑主に矢を放った。
四方八方からの矢の嵐だ。
そんな逃げ場がない状態で、双尾の侵緑主はいとも簡単に長い爪で矢を叩き落す。
おいおい、化け物ってレベルじゃないぞ。
ヘッドホンで音を聞いても、隙なんかまったくない。
少なくとも今のオレじゃ無理だ。
「はぁぁぁぁッ!」
シカが率先して双尾の侵緑主に挑んだ。
あまりに激しいその攻防はとても入り込む余地がない。
あれと互角にやり合うって、シカもやっぱりヒドラだな。
「ル、ルオン君! どーーしよぉぉ!」
「さて、どうするかね」
迂闊に攻撃しようものなら、あのトカゲはオレに向かってくる。
その時点でオレは死んだも同然だ。
つまりチャンスは一回、シカがもたせているうちに打開策を考えないと。
「かかれぇーーー!」
騎士達も一斉に双尾の侵緑主に挑んだ。
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