オレのことはオレも知らない
「ルオン君。よく来てくれたね。シカとは仲良くやっているようだね」
「何がどう見えてるんですか、エルドア公爵」
オレの冗談のせいでシカの形相がずっと変化ない。
完全に睨みで固定されてるじゃん。
あんなことでいちいち怒ってストレスを溜めていたら、いい人生を送れないぞ。
と、アドバイスをしようと思ったけど悪化する未来しか見えないからやめた。
(殺す)
こんな感じでシンプルにやばいからね。
せっかく尊敬していると言葉にして伝えようと思ったのに、どうしてこうなった。
解決は時間にお願いして、エルドア公爵の依頼とやらを聞こう。
オレがこの屋敷に来た時とは比べ物にならないくらい強くなれたのは、この人のおかげだ。
内容次第だけど引き受けて――ん?
あれ? これってオレが断りにくい状況が成立している?
実質、ヒドラに入ったようなものじゃ?
公爵様?
「少し見ないうちに見違えたね。あのレイトルも会うたびに君の話ばかりしているよ(ルオンが付き合うならエフィ君だが、結婚するならシカと言っていたな)」
「そうですか。あの人にはお世話になってます」
「将来有望だと褒めていたよ(エフィ君とシカ、どちらも可能性があるのは確かに将来有望だよ)」
「すみません。本題にいきませんか?」
常に何を吹き込んでいるんだよ、あのレイトルさんは。
上司とすら、そんな話しかしないのか。
「そうだったね。現在、サルクト森林で騎士団の第四部隊がリザードマン討伐に当たっている。そこに加勢してもらいたい」
「リザードマンですか。トカゲ人間みたいなものですかね?」
「知能と身体能力が高い厄介なモンスターだよ。歴史を紐解けば小国を滅ぼしたこともあるほどだ」
「そんなのにオレが加勢しても力になれるとは思えません」
「いや、君達だけではない。今回はシカを派遣する。それにエフィ君やレイトルもいる」
だったら尚更、オレ達が出る幕じゃないような気がするんだけど。
まぁなんとなくこの人がオレに何をさせたいのかは想像がつく。
「ヒドラに相応しい相手ってわけですね」
「そうだ。特に統率している双尾の侵緑主は過去に騎士団第八部隊を半壊させている」
「そんなに?」
「そんな時のためのヒドラだ。報酬は成果次第だが参加した段階で銀貨二十枚だが、どうかね?(少し多く見積ったがどうだ?)」
「……なんでオレをそこまで買ってくれるんです?」
仕事を引き受けるのは構わない。
オレを評価してくれているのも悪い気はしない。
これからの時代にオレみたいなのが必要というのも一応納得した。
だけどそれは戦力とは別の問題だ。
報酬を貰えるのはいいけど、オレは人生においてそこまでお金を重要視していない。
確かにお金は大切だけど、これだって国が滅んだら何一つ意味がないものになる。
オレの人生の目標は裸一つでも生きていける力を身に着けること。
エルドア公爵やレイトルさん達には感謝しているけど、これ以上の深入りは少し考えさせてほしい。
「……以前、話した内容では足りないかね?(さすがに少し疑問を抱くか)」
「オレの生き方に共感していただけているのはわかりますよ。だけど自分自身、戦力として役立てるとは思えません」
「君は自分を低く見積もる癖があるな。君の長所でもあるが、私は強さというものを単純な形で捉えていない(臆病な人間ほど生き残る、君はそのままでいい)」
「と、言いますと?」
エルドア公爵が席から立って窓を眺める。
背中を向けているこの状況でも、オレが奇襲をしても勝てる気がしない。
それほどの人が、オレみたいな田舎者を評価する意味が知りたかった。
答え次第じゃこの依頼は断るつもりだ。
「単純な話、レイトルは今の君より遥かに強い。そして今は遠征中だが、ヒドラの中には彼より強い者はいる。これは慢心ではなく、単身でヒドラの一人と戦って勝てる者はほぼいないと思っている」
「となれば名実ともに国内最強ですね。尚更、その中にオレがいる意味がわかりません」
「ここだけの話にしておいてほしい。私は彼らを強いと思っているが、怖いとは思っていないのだ」
「怖くない? 強いのに?」
エルドア公爵が目を細めてオレを見た。
オレはゾッとして、思わず二の腕をさする。
「今、怖いと思っただろう? それは私が君にほんの少しだけ殺気を向けたからだ。あ、怒ったわけではないので誤解しないでほしい」
「寿命が縮むのでやめてください。漏らすかと思いました」
「ハッハッハッ! 君は大袈裟だな。私が本気で君を殺すわけがない。それがわかっているからまだここにいるのだろう?」
「確かに……」
エルドア公爵が本気で殺意を抱いたならオレは全力で逃げてる。
そして逃げきれずに殺される。
だったらどうするか。オレはそこまで考えていたはずだ。
「このように、君は私を本当の意味で恐れていない。そういう意味でヒドラの連中は怖くないのだよ。強いが、社会の中で良識に従って生きているのだからな」
「オレは違うっていうんですか?」
「誤解を承知で言うが、君はいざとなったら社会の常識を簡単に破る。自分の幸せや生活を誰よりも優先しているのだからね」
「そんな人間だと思われていたなんて……」
「フーレの町で君は自分の利益を優先して、外面を気にせずあのような手を使った。わからないかもしれないが、普通の人間はまずできないのだよ」
そんなわけないだろ、と言いかけたけどラークを思い出す。
あいつも強いけど、あの冒険者達と同じく対応できずにオレに負けた。
あれはラークのためを思ってやったし、冒険者達に関しては鍛冶代が無料になるというメリットがあったからだ。
大金持ちになる必要はないけど、お金は現時点で必要だからね。
「逆になんでできないのかがわかりませんね」
「世間的評価や相手への敬意、自身のプライド、色々なものが邪魔をするものだよ。だが君はおそらく迷わずにあらゆる手を使っただろう」
「そういうもんですかね」
「一番敵に回してはいけない人間は強い人間じゃない。君みたいな怖い人間なのだ。敵に回すとどんな手を使って殺しにくるか……。平然と寝込みを襲いかねない怖さがある、それが君だ」
「えらい言われようですね」
オレ自身、自分をそこまで凶悪な人間だと思っていなかった。
まだ自覚ができていないだけで、エルドア公爵の言うことが正しいのかもしれない。
そうじゃないのかもしれない。
うん、よくわからん。
「私が考える強さとはそういうことなのだよ。だから君は間違いなく強い。何度も言うが私は君を買っている。だからできるだけ君に自分を磨く機会を与えたいのだ」
「レイトルさんの時点で十分強いですけどね」
「彼は強いが、ああ見えて真面目だからね。自分の技のみを信じて戦うタイプだ」
「なるほど。ああ見えてかっこいいんですね」
オレのことを知る必要があるのはオレだけだ。
だとしたらこの依頼、その意味でも引き受けるべきかもしれない。
いろんな経験をして、オレがどういう人間なのか。
確かめるべきだ。
「エルドア公爵。依頼を引き受けます」
「ありがとう。これでエフィ君と揃って引き受けてもらえたな」
「エフィのことも買ってるんですね」
「うむ。サモンブックに関しても気になる点があるのでね」
ふと見ると、エフィが立ったまま寝そうになっている。
後ろから膝をかっくんしてみたくなるけど、恐ろしい形相の奴が支えているから無理だ。
ていうかまだ怒ってるの?
「急で申し訳ないが明日、すぐに出立してほしい。必要なものはこちらで手配する」
いつも急だな!
この分だと、すでに荷物なんかも用意しているんだろうな。
オレが本気で断ったらどうなっていたんだ?
あまり考えないようにしよう。
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