オレ、旅立つよ
「ぷっ……ひひひひ……ひゃっひゃっひゃ……ふひははははははっ!」
ラーク達が旅立って数日が経過した。
日が落ちた頃、夕食の席でまた親父が思い出し笑いを始めている。
このままバカ笑いされたら、また苦情がくるんだが。
民家は離れてるはずなのに、親父の笑い声は無駄に遠くまで届く。
「いつまで笑ってるんだよ。もう数日前のことだろ」
「いやいや、だってお前……。さすがに幼馴染にあんな勝ち方するかぁ? ひひひ……」
「誰の子だと思ってるんだよ。親父でもそうしただろ」
「俺ならもっと手早く決めるがな。くひひ……」
クソ親父め。
息子を笑っておいて、自分はもっと非道な手を思いついているときた。
つまりオレがラークとの勝負でした予め握りしめておいた地面の砂での目つぶしなんて生ぬるいってことだ。
更に足を引っかけて転ばしてから二、三発殴った後に剣を首の近くの地面にぶっ刺して終わり。
もちろんブーイングだよ。
汚いだのさすがクソ親父の息子だの、父親が終わってるだの、親子まとめて畑の肥やしにしてやるだの。
大半が親父を絡めた罵倒だった。
だから誰の血が流れているせいだという話だ。
「サナの母親にも罵声を浴びせられたよ。あんたにサナはやらないってさ」
「ほしかったのか?」
「いらない」
「だよな。あれと結婚したら共食いだ」
「どういう意味だよ」
「人生の墓場ってそういうもんだ」
わかるような、わからないような。
オレがヘッドホンでようやく知ったサナの本性を親父はだいぶ前から気づいてたってことかな?
親父はバカの振りして本当にバカだけど、肝心なところでバカじゃない。
だったらオレが意図するところもわかっているかもしれない。
「まぁお前は間違ってねぇよ。あのラークにはいい薬になったんじゃないか?」
「あいつは剣の腕はあるけど真っ直ぐすぎるよ。剣の勝負なんて一言も言ってないのに、バカ正直に剣しか使わないからな」
「剣の勝負じゃお前に勝ち目はないもんな」
「そう、どう考えてもあいつは剣術の天才だ。おかげであいつとの訓練はいい刺激になったけどな」
オレ自身も剣術はそこそこだと思うけど、ラークはオレを圧倒する。
オレだって手を抜いていたわけじゃない。
あくまで剣術の範囲で、本気でやってきた。
だけど今回は望み通り、本当の意味で本気の勝負をしたんだ。
「これから先、オレみたいな奴と戦う機会があるかもしれないだろ。だから最後に教えてやったんだよ」
「ラークはお前に何も言ってこなかったのか?」
「旅立ちの時にしっかり挨拶したの見ただろ。オレの手を握ってくれたよ。あいつがだぞ?」
「オレの手は握ってくれなかったぞ?」
「屁を手に当てて臭いをかいだ直後じゃしょうがないだろ。バッチリ見られていたぞ」
あの時、ラークは心の中でオレに感謝していた。
やっと本気を出したなってさ。最後にようやく認めてもらえた。
「友情がお熱いことだな」
「羨ましいだろ?」
親父は頭から足先まで不浄のような塊だけど、オレは感謝している。
夜に大声で下品な歌を歌って村人から激怒されたり、酔っぱらってトイレと間違って隣の家のドアに小便をかけるような親父だけどさ。
ラークとの勝負だって親父の人生観が影響していると思う。
親父はデタラメな人間だけど、オレに生き方ってやつを教えてくれた。
あれは確かオレが六歳になった頃かな。
親父と二人で山の中に入ったんだ。山菜狩りか何か、目的は忘れたけど。
夜、キャンプをすることになって眠って目が覚めたら親父がいなかった。
近くには「自力で村に戻ってこい。今のお前ならできる」という書置きがあった。
史上最低のクソ親父だ。だけどオレは生還したんだ。
親父の横でサバイバルのやり方を見ていたおかげだった。
村に帰ったら、オレを置いていった親父が木に縛られてボコボコにされてたのもなつかしい。
親父はオレを見てないようで見てくれている。
都合のいい解釈だけど、オレはそう思う。
「……親父。オレも旅に出るよ」
「そうか。達者でな」
「神託の儀が終わったらそうしようと思っていた。このままじゃオレはいつまでも親父の庇護下だからな」
「そりゃいいな。うまいもん食って怖い目にあっていい女を見つけてこい」
ラークに影響されたわけじゃないけど、オレはオレの生き方をしたい。
地位や名誉なんかどうでもいい。生きられる力を見つけたかった。
「親父、育ててくれてありがとう」
「オレはお前を育てた覚えはねーぞ? お前が勝手に育ったんだ」
「そうなのかな?」
「そうだ。オレはお前の近くで息を吸って生きただけだ。お前が勝手に真似したんだよ」
確かに言われてみれば、親父はオレにああしろこうしろとは言ってこなかった。
ろくに畑仕事を手伝わなくても、何も文句を言ってこなかった節がある。
だけどオレは手伝った。親父が言う生きる力を身に着けるためだ。
これから先、人類が滅んでも裸で生きていける力がありゃいい。
何も大きな夢を追わなくてもいい。金持ちにならなくてもいい。
適当に稼いで酒を飲んだくれて楽しく暮らせりゃ人生勝ちだ。
大層な仕事をして、大した人間関係も築けないのに愛想を振りまいてストレスを感じながら生き続けて気がつけば老人。
下手をすれば一人で歩くことすらできなくなり、病気で苦しむことすらある。
そして自分は何のために生きてきたんだろうかと考えながら人生の幕を閉じる。
せっかく一度きりの人生なのに、そんなのはごめんだと親父は酔っぱらった時にいつも言う。
たぶんこれ、通算数百回は聞かされたんじゃないかな。
オレはそんな生き方を本当は尊敬しているんだ。
オレは間違っているとは思わなかったし、いつしかそれでいいと思えるようになった。
さすがに屁の臭いをかいだり、鼻くそを飛ばすような人間にはならなかったけどさ。
「ルオン、その……ヘッドホンっていったか。今はつけないのか?」
「うるさいからな」
「オレがつけてみるわ」
「絶対に盗まれないから無理だよ」
「ゲッ! ピクリとも動かせねぇ。きもいな」
親父がヘッドホンを取ろうとしてもビクともしない。
後で神官が話した内容によると、これが神器の特性らしい。
こういう特性を見る限り、やっぱり神器じゃなくて心器じゃないのかと思う。
心と一体化してるみたいな。よくわからんけど。
「そのヘッドホンって本当に音がよく聞こえるだけか?」
「そうだよ」
「ウソついてないか?」
「オヤジ、酔っぱらってベラベラ喋るだろ?」
「だよな」
親父はニカッと笑った。
読んでいただいてありがとうございます!
ブクマ登録と応援pt、めっちゃ嬉しいです!
主人公は強いというより、こんな感じの人間なのでお付き合いいただける方は
これからもどうか読んでいただけると嬉しいです。
少しでも面白いと感じていただければブクマ登録や応援ptを入れていただけると励みになります。