魔法という新たな可能性
この屋敷にきてからオレは危機感を抱いていた。
来た時よりマシな動きができるようになったし、レイトルさんとの木偶訓練も日増しに戦闘の継続時間が増えている。
訓練を始めて二ヵ月、未だかすらせることもできないのはまだいい。
大切なのは自分がどう成長したかだ。
何が問題かって、ここのメシがうますぎる。
厨房のホーさんを初めとして、腕がいい料理人を雇っているみたいだからね。
用を足した後、小便がかかった手で食事当番をする親父みたいな腐れはいないはずだ。
風呂は蛇口を捻れば、なんとお湯が出てくる。
トイレも蛇口をくいっと捻れば水が流れる。
魔道馬車に完備されていたものが屋敷にもある。
これ以上、快適なことはないだろう。
じゃあ、何が問題か?
快適すぎるんだ。
この環境に慣れすぎるのが怖い。
オレが何もしなくても食堂に行けばメシが食えるし、部屋に戻ればベッドメイクが終わっている。
これに慣れてしまったら例えば邪神竜か何かが王都を襲って破壊された時に、快適な環境を思い出すだろう。
と、食堂で食事をしている時にレイトルさんに話したんだけど――
「バカじゃねえの?」
「ストレートすぎる」
そうなったらまず命の心配をしろという至極まともな意見をいただいた。
レイトルさんのくせにちゃんとまともなことを言うんだな。
確かに起こってないことを心配するなんてオレの柄じゃない。
そんな無用のストレスを感じてしまったら、オレの人生にとって本末転倒だ。
というわけで快適な環境を経験しておくのも悪くない。
「お前がそんな下らない妄想に浸っている間に、ガールフレンドはメキメキと強くなってるぞ」
「ガールフレンド?」
「エフィって子だよ。ドドネアの奴が指導してから、魔法の腕を上げている」
「そういえばあいつ、魔法が使えるとか言っていたような気がする」
どさくさに紛れてオレについてきただけのエフィの面倒まで見てくれているのか。
ドドネアというのはレイトルさんと同じヒドラの戦闘部隊の一人だ。
魔法専門の人らしいけど、オレも概要しか知らない。
魔法か。
できればそっちも身に着けたかったけど、残念ながらオレには魔力がほとんどないらしい。
それでも何かできると思うんだよな。
確かに派手な攻撃魔法は使えないけど、別にそれだけが魔法じゃないはずだ。
うん。決めた。
「レイトルさん。ドドネアさんを紹介してほしい」
「へ? お前、魔法を使いたいの? 半月前に魔力検査をやったけど見るも無残な結果だっただろ?(あんなひっでぇ魔力値、初めて見たわ。お、思い出したら笑いそうになるぜ)」
「何ができるか、できないかはオレが決めるよ」
「わかった。じゃあ、メシを食ったら紹介してやるよ(まぁこいつなら大丈夫だろ……たぶん)」
おい、なんか不穏な心の声が聞こえたんだが?
何が大丈夫なんだ?
エフィは大丈夫じゃないのか?
* * *
「ねるねるねるねる……ねればねるほど色が変わってぇ……うっまぁいっ!」
「失礼しました」
どうもレイトルさんが案内する部屋を間違えたみたいだ。
変な女がブツブツ言いながらなんかやってるだけじゃん。
レイトルさんも疲れているのかな?
「おい、コラ! せっかく案内してやったのに何してんだ!?」
「いやだって、ここたぶん霊障が多発している部屋ですよ」
「怪奇現象扱いするな! あれがドドネアだ!」
黒い魔女帽子に黒いローブ。
暗い室内でロウソクの明かりが照らしている女の顔が怖くて泣きそう。
レイトルさんは一体何を紹介したんだ?
「よし、もう少しで魔法菓子が……ん? 来客かな?」
女がオレ達に気づいた。
魔法菓子ってなんだ。
「レイトル、お前がくるなんて珍しいな。私を誘惑するんなら、あと数百倍の魔力と固有魔法を用意してきな」
「俺の槍は魔法にも劣らないんだぜ?」
「あんたが言うと、いやらしいね」
ドドネアさんが帽子をとって、黒いローブの胸元をばたつかせた。
暑いなら着替えればいいのに。
服装とは裏腹に男勝りな雰囲気で、吊り目がややきつい印象だ。
「そこにいるのは例の少年か?(うーむ、この清々しいまでの低魔力。逆に面白いかもな)」
「こいつがルオンだ。お前に魔法を教わりたいってよ(おー、いい感じで足を開いてくれてんなぁ。あと少し!)」
「その少年が? ほう……(ふむ、もしかしたらその少年はわかっているかもな)」
「よろしくしてやってくれ」
ドドネアさんがオレを値踏みするようにして観察している。
なんだろうな、この感覚。
見透かされるようで、あまり心地よくはない。
例えるなら他人が家に上がり込んできて、食糧庫を覗き込むみたいな些細な不快感だ。
他人の心の声を聞いているオレが言えた口じゃないけどさ。
「ルオン少年。君は魔法で何ができると思う?」
「そうですね。ほんの少し戦闘や日常で役立てたいかな」
「その魔力なら、それでいい。だが君が魔法で実現できるのは基礎の基礎だ(敵を倒したいなどとほざいたら、そのまま帰ってもらっていたところだ)」
「水鉄砲みたいなのしか使えないってことですか?」
「いや、それ以下だ」
ドドネアさんがオレを意地悪そうに見据えた。
オレを試しているのはわかっている。
誰だって自分が培った技術を簡単に渡そうとは思わない。
そこを考えると、訓練を頼んでおいて逃げた奴は人間の風上にも置けないな。
反省してる。
ドドネアさんがボトルを傾けて、コップに水を注いだ。
「このコップ一杯の水が君のすべてだ(絶望するか?)」
「十分ですね」
「即答は偉い。褒美として、この水を飲んでいいぞ(そのコップは使用済みだ。か、間接キス!? ってうろたえろ、少年)」
「その水が入ってたボトルって口つけてません? だったら遠慮します」
「さすがに傷つくぞ、少年(まだまだ子どもか)」
そういうのはレイトルさんに譲ってくれ。
喜んで飲むと思うぞ。
オレの魔力で出来ること。
水ならコップ一杯、地なら石ころ、火ならロウソクに灯す程度。
風ならそよ風。オレが思っていたよりはマシかもしれない。
「少年がよければ教えてやってもいいが?」
「お願いします」
「よろしい。ではこちらで予定を組んでおこう。ちなみに君の彼女のエフィは将来有望だぞ。嫉妬しないようにな」
「ないものをねだるつもりはありません。あと彼女じゃないんで、そこんとこよろしく」
魔法は村に使い手がいなかったし、まったくの未知の世界だ。
不安がないこともないけど、オレみたいな奴はとにかく色々と試すしかない。
今のままじゃレイトルさんにかすり傷を負わせるなんて出来やしないからな。
と、そのレイトルさんがなんかコップの水を飲んでいた。
「ぷはーっ! あれ? もしかしてこりゃドドネアとの間接キスかぁ?」
「うむ、コップとボトルは処分しよう」
「ボトルも!?」
レイトルさんからは色々と教わっている。
こういう大人にだけはならないようにしようと強く決意させてくれるからね。
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