人は見かけによらない
「こんにちは、チェンジマン」
「誰がチェンジマンだコラァ!」
オレが訪ねたのは初日でチェンジとか意味不明なことを言ってきた男の部屋だ。
相変わらず半裸でがさつそうな男が、青筋を立てている。
年齢は二十代半ばくらい、よく見たらかなり体が出来上がっていた。
調べはついてるんですよ、チェンジマン。
「まーたお前か! チェンジだ、チェンジ!(フランシスちゃんはまだかよ!?)」
「ヒドラ戦闘部隊の一人レイトルさんだよね?」
「……なに?(あ? こいつってまさかエルドア公爵が言っていたガキか?)」
「無類の女とギャンブル好き。給料の大半をそれにつぎ込んで、借金までしてるろくでなしともっぱらの噂だよ」
「お、お前、そ、そこまで!(こいつ、ただのガキじゃないのか!)」
これもそれなりに情報収集をしてわかったことだ。
使用人の女性が毛嫌いしているから、名前だけはすぐに判明したんだけどね。
この男がヒドラ戦闘部隊所属とわかったのは、毛嫌いしてない女性もいるからだ。
こんなのでも意外ともてるようで、いわゆるダメ男好きに評判がいい。
ヒドラの給料にものを言わせて、女に金を費やすような奴だ。
中にはころっと惹かれるのがいても不思議じゃない。
何にせよ、オレにはよくわからない世界だ。
「レイトルさん。戦闘・暗殺部の訓練をしてほしい」
「お前、マジか。話には聞いていたが、まさかこんなガキとはなぁ(十代前半ってところか? 毛も生えてなさそうだな)」
「ダメかな?」
「わかった、わかった。そういう約束だからな。クソッ、フランシスちゃんどうして……(金返せや!)」
心の声が過去最高に汚れ切っているからあまり聞きたくないな。
親父が快晴下品だとしたら、レイトルは雨天下品だ。
こうジメッとした気持ち悪さがある。
そのレイトルが渋々といった感じで着替えを始めた。
「ルオン君、この人って強いのかな?」
「エフィ、はちゃめちゃに強いと思うぞ。たぶんオレとネリーシャが二人がかりで戦っても勝てない」
「えぇーー!? クソ化け物じゃん!」
「最初に訪ねた時は一瞬でドアを閉められたから気づかなかったよ」
着替えを終えたレイトルが背中に背負っていたのは大槍だ。
青色の前髪を綺麗に上げて正装したレイトルはそれなりに整ったイケメンだった。
「今日はオフだったんだがなー。あーあ、今日はオフだったのになー」
「あ、じゃあ後日でいい」
「オイオイ! そこは『すみません! 今日はお願いします!』だろうが! 覇気がねぇな!?(なんだこいつ!)」
「いや、だって。確かにオレのワガママだし」
オレはそんな熱血キャラじゃないんだ。
それに今のところ接触できるヒドラ戦闘部隊の人間がこのレイトルさんしかいない。
シカはエルドア公爵の護衛で忙しいし、どうせ頼んでも断られるのがオチだ。
そしてこのレイトルさん、シカとは比較にならないほど強い。
でたらめな生活を送ってそうな割に心臓の鼓動、息遣い、足音、すべてをとっても落ち着きすぎている。
仮にオレが背後から殺しにかかっても絶対に失敗するだろうな。
「お前、俺を殺そうと考えなかったか?」
「……ッ!」
「ハハハ! 将来性しかないわ! そういうチャレンジ精神、買うぜ! もちろん無料でな!」
「無料かぁ」
無料でも買ってもらえるだけありがたいんだろうか。
ていうかなんでバレた?
スキルか? 神器だとしたらあの槍?
いや、たぶんどれでもない気がする。
これまでの経験に裏打ちされた技術と勘によるものだろうな。
戦争を止めただのヒドラを恐れて侵略を躊躇している国があるだの、言われるだけある。
オレはとんでもない人間に教えを乞うているわけだ。
案内された場所はトレーニング室だった。
「マソルさん、奥いいか?」
「おや、今日はオフじゃなかったのか?」
「ちょっとこの将来性大のチビっ子がお盛んみたいでな。スッキリさせてやろうと思う」
「お前が男に入れ込むなんて珍しいな。奥へ行きな」
小鹿くらいのサイズのダンベルでトレーニングしているマソルさんが爽やかに答える。
ここは屋敷で働いている人向けのトレーニング室みたいだ。
ちらほらとそういうライトな人達が様々なトレーニングに勤しんでいる。
レイトルさんが奥にある扉を開けて、オレもついていく。
「ここは勝手に入るなよ。あのおっかない筋肉お化けにぶっ殺されるからな(マッスル抱擁は死ねるぞ)」
「あの人はヒドラの戦闘員じゃないのか?」
「雇われのパーソナルトレーナーだ。昔は海賊の船長をやっていたらしいから、絶対に怒らせるなよ(戦闘部隊にいても違和感ない強さだぜ)」
「海賊……」
なかなかの事情をお持ちの方々がいらっしゃる。
歩いた先はだだっ広い空間だった。何もない。
「ここが俺達の訓練場だ。何もないだろ? だがこれがいい(一度、ここでアレしたいんだがたぶん殺されるよなぁ)」
「思いっきり暴れても問題ないって感じだね」
「察しがいいな。魔術だろうがドラゴンのブレスだろうが、ここが損壊したことはほとんどない」
レイトルさんが軽く準備運動をしてからオレを見た。
いざ対面すると足がすくむ。
これがあのチェンジマン?
「お、びびったな? 思ったより見所あるじゃないか」
「びびったのに?」
「お前みたいな危機に敏感で臆病な奴ほど強い」
「オレが強い、ねぇ」
レイトルさんが背中の槍を両手に持って構える。
その瞬間、オレは背筋が凍る思いをした。
え? これ、戦う流れ?
いや、確かに訓練をお願いしたけどさ。
「ちまちまやるのは時間がもったいない。俺にかすり傷でも負わせてみろ(無理だろうがな)」
ふぅ、と息を吐いて俺も蛇腹剣を取り出す。
軽く振るうと、見事に床が傷一つついていない。
さすがの硬度だ。
「さぁ、こいよ」
レイトルさんが挑発する。
俺は心臓が高鳴った。
蛇腹剣を握る手が汗でまみれていく。
呼吸も乱れていった。
「さぁ……来いよ」
オレはどうすればこの人にかすり傷を負わせられるか。
考えた末に行動に出た。
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