リザベスを求めて
王国軍事機関ヒドラ。
その実体は総司令の屋敷を本部とするアットホームな組織だ。
俺の部屋は屋敷内に割り当てられて、出入りと門限の制限はなし。
食事は屋敷内にある食堂で朝昼晩と深夜、自由に食べられる。
料金はエルドア公爵持ち。待遇よすぎない?
構成員の人数なんかの詳細は不明。
というのもこの屋敷、一見して組織の本部に見えないからどこに何があるのかさっぱりわからない。
例えば諜報部というものがあるらしいんだけど、目印や表札みたいなのがないから場所が不明だ。
これはわざとやっているみたいで、来客なんかに悟られないようにするためらしい。
つまりこの組織でやっていくには最低限、どこに何があるのかを把握しなきゃいけないというわけだ。
「まず軽い訓練にしよう。私からの課題、この屋敷内を探索せよ(それだけ? そう思っているんだろう?)」
「それだけですか?」
「そうだ。前も言ったけどここは私の屋敷兼ヒドラの本部。がんばって彼らと接触してみたまえ(よし! そのセリフが聞きたかった!)」
「わかりました」
たまには喜ばせてあげないとね。
オレは一日かけて屋敷内を探索した。
当然、案内なんかなくて自力で色々と見つけ出せとのこと。
これも訓練のうちらしい。
屋敷の中には使用人もいるけど、中にはヒドラの人間もいるんだろうな。
オレのことはエルドア公爵から伝わっているらしく、まったく怪しまれない。
ひとまず適当な部屋のドアをノックしてみた。
「こんにちはー」
「来たか……は? 男? いやいや、チェンジで(なんだよ、こいつ!)」
半裸の男が出てきたと思ったらドアを閉められた。
なんだよ、チェンジって。
どの部屋に誰が住んでいて、どの部門かもわからない。
探索すればするほど訳がわからなくなる。
これも訓練だと思って俺はひたすら探索を続けた。
そして三日目、オレは自力で屋敷内の見取り図を書いた。
一階、二階、三階。それぞれどういう人間がどこに住んでいるのか。
チェンジ男の部屋は一階の奥、その隣は使用人達の部屋。
大浴場やトレーニング室なんてのもあって驚く。
更には食堂や会議室らしき部屋。
二階も部屋数がひたすら多い。トイレ、風呂あり。
三階も同じ。特に代わり映えはしない。
「エルドア公爵がオレに何をやらせたいのかわかったよ」
「ルオン君、一階の部屋のドアをノックしたら変な人が出てきてね。『チェンジ』って言われたの。どういうことかな?」
「よくわからんが、ろくでもなさそうだから近づくな」
「なんか気持ち悪いもんね」
四日目、すれ違う使用人の心の声を聞いて大体把握した。
使用人の中にヒドラの人間が普通に紛れている。
大半が諜報部門で、オレが質問しても平気でウソをつく。
エルドア公爵から、本当のことを教えるなとでも言われているんだろう。
例えば使用人の一人に話しかけたら、こうだ。
「ヒドラの人達はどこにいるんですか?」
「え? ぷっ! うふふふ……まさかそれ信じちゃってる?(聞いたら教えてもらえるかもしれないなんて甘いわ)」
「どういうことですか?」
「まさかここがヒドラの本部って聞いてる? あのエルドア公爵はそうやって客を招いていつもからかってるのよ(ヒドラはそう簡単に頭を出さないのよ)」
「えー! そうなんですか?」
「あの人の悪い癖よね。特に君みたいな子どもを見ると、すぐそうなのよ(はい、これで延々と迷ってね)」
こうやって心の中では舌を出して笑っているわけだ。
「えぇー……。ところで、あなたはずっとここで働いてるんですか?」
「私は七年前からイスカ村……と言ってもわからないか。村から出稼ぎにきているの(純朴そうな子ね。簡単に騙せそう)」
「そうだったんですか。いやー、俺も田舎の村から出てきて大変ですよ」
「慣れない王都はつらいだろうけど、すぐに慣れるわ。わからないことがあったら、何でも聞いてね(ヒドラのこと以外はね)」
とりあえずその場では立ち去ってから後日、一人ずつ動きを探る。
たぶんオレなんかが尾行しても一瞬で見つかるからな。
何食わぬ顔をして生活をしながら、行先なんかを把握していった。
普段から尾行されないように訓練しているんだろうな。
あっちも気取られないように動いているのがわかる。
ヘッドホンがなかったら完全に詰んでいたかもな。
まぁヘッドホンがあっても苦労する。
当たり前だけど人間、常に仕事のことばかり考えて行動してるわけじゃない。
大半が関係ないことばかり考えている。
だから屋敷内の人間の行動をよく見て、何かしら見つけないといけない。
そんな日々を過ごして、オレは地道に情報を収集していった。
「諜報部の場所はわかった。後は戦闘・暗殺部か」
翌日、ヒドラには諜報部と戦闘・暗殺部があるとわかった。
更に辿りつくのに必要な合言葉と行動、心の声を聞いてようやくわかったよ。
まずは諜報部を訪ねるとしよう。
場所は屋敷の厨房だ。
「さっきそこでリザベスからバフォロステーキを届けるように頼まれました」
「はい、バフォロステーキね。リザベスの部屋はわかってるよな?(しょうがない、これを渡すか)」
「あ、はい。ここを出て突き当りを右に曲がったところの奥にある部屋でいいんですよね?」
「おう、その通りだ」
厨房の料理人ホーさんから渡されたのは料理が入っているという設定のボックスだ。
案内通りに進むとそこにあったのは部屋のドア。
ノックすると一人の女性が出てきた。
髪がボサボサで一見してだらしないと思える。
「……なに?(まさか辿りついた? でもここからよ)」
「厨房のホーさんから、こちらにバフォロステーキを届けるように言われました」
「入って(完璧ね)」
部屋の中に通されると、女性がニッコリとほほ笑んだ。
「ヒドラ諜報部へようこそ。エルドア公爵から聞いていたけど、まさかこんなに早く辿りつくなんてね(こんな子どもが……)」
部屋は案外広くて、デスクが並んでいて二十人くらいが書類に目を通したり書き物をしていた。
服装はそれぞれ違っていて使用人や冒険者、商人風と様々だ。
その人達がその手をピタリと止めて俺を見る。
「おいおい、こんなに簡単に見つかっちまうのかよ」
「もっと難しくしたほうがいいんじゃないか?」
「俺の試験でも同じことやったけど、屋敷に半年くらい滞在するはめになったぞ」
なるほど。
諜報部員になる時のための試験でもあるのか。
オレはヘッドホンで楽に攻略できたけど、そうじゃないなら普通は帰る。
諜報部の人達の中に見知った人がいた。
「あ、ウソついた使用人さんだ」
「ごめんね。君だけじゃなくて、外から来た人に簡単にバレないようにこうしてるの」
「だったら屋敷を本部にしなければいいんじゃ?」
「そうなんだけど、代々これだから……」
ご先祖達が面倒だからという理由で屋敷と一体化させたんだったか。
ヒドラの成り立ちはよくわからないけど、それで通るのがすごいな。
まずは【さっきそこでリザベスからバフォロステーキを届けるよう頼まれた】が第一の合言葉だ。
ちなみにこの屋敷にリザベスという名前の人間はいない。
次にリザベスの部屋の場所を聞いてくるから、【リザベスの部屋への行き方】を話す。
合っていれば、その通りだとか答えてくれる。
そして行き着いたのがこの諜報部の部屋だ。
しかもこれ、何がひどいかって日によって聞くべき人間と目印のアイテムが違うらしい。
今日は食堂の厨房にいるホーさんに第一の合言葉を告げると目印の空のボックスを渡される。
届けた先で伝える時はちゃんと空のボックスを見せて「厨房のホーさんから言われてバフォロステーキを届けに来た」と言わないとダメ。
昨日はトレーニング室長のマソルさん。
【さっきそこでリザベスから、貸したものを返してくれるように頼まれました】が第一の合言葉だ。
そうするとトイレのスッポンを届けてくれとマソルさんに言われて渡される。
届けた先で伝える時はちゃんとトイレのスッポンを見せて「トレーニング室のマソルさんから、こちらのトイレのスッポンを返すように言われた」と言わないとダメ。
なに借りてんだよ。設定にしてもひどすぎるわ。逆に怪しいだろ。
「すごいね。まずリザベスの名前を知るのが困難だってのにさ」
「リザベスってこの屋敷にはいないんですよね?」
「昔、エルドア公爵が飼っていた猫の名前らしいよ(酔うといつも聞かされるんだよなぁ。終いには泣くし……)」
「猫かい」
めちゃくちゃかわいがっていたリザベスの死が忘れられなくて、合言葉にしたらしい。
こうすることでいつまでも心に残り続けるんだってさ。
別にオレ達の心に残す必要はないと思うんだけど。
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