ラークの憂鬱
「あいつ、ムカつくんだよ」
俺、ラークは王都に来てから度々サナと会って話をしていた。
場所は王都の飲食店。
オレは会う気はなかったんだが、最近はこいつからのアプローチが激しい。
断ろうかと思うが一応、同郷の人間だ。
無下に扱うのも気が引けて結局、こうして食事をしている。
俺はエクスカリバーの有用性を認められて王国騎士団入りした。
この歳で王様と謁見したんだから、さすがの俺も緊張したさ。
王様なんて話の中でしか知らなかったけど、いざ会ってみるとオーラというか圧が凄まじい。
考えていた言葉がまったく出てこなくて、王様の言葉にひたすら返事をするしかなかった。
よく覚えてないが、とにかく褒められた気がする。
その点、サナは優秀だった。
王様相手に物怖じしないどころか、自分をこれでもかってくらいアピールしたんだからな。
何せ王様の隣には王子達がいたんだから、そりゃ張り切るか。
可憐な子だね、なんてお世辞で舞い上がってんだからなんだかんだでまだガキだよ。
そのサナは騎士団の後方支援部隊の衛生班に配属された。
後方支援部隊は救護や伝令、補給物資の運搬などを行うところらしい。
「またルオンのこと? 会うたびに同じこと言ってるわね」
「今頃どうしてるのかと思ってな。あの下品な父親と一緒に畑でも耕してるのかな」
「さぁ? もうどうでもよくない?」
「お前はお前でわかりやすいな」
村を出てから、サナはすっかりルオンに興味をなくしたみたいだ。
ドリンクの氷をつまらなそうにつっついて、今も話半分で聞いている。
「だって神器がヘッドホンでしょ? ひどすぎるわよ」
「神器一つですべてが決まるわけじゃないだろ。あいつなら鼻でメシを食うスキルだったとしてもうまく生きるぞ」
「そうだけど、私とラークはこうして騎士団入りしたじゃない」
「騎士団入りしたからすべてがうまくいくわけじゃない。正直な、訓練がめちゃきついんだよ……」
そう、浮かれていたのも最初だけだ。
訓練がある日は早朝から日が落ちるまで、ほとんど体を休ませる暇がない。
エクスカリバーがあるからといって、騎士団の先輩達は俺を特別扱いしなかった。
体力トレーニングだけでも吐きそうになるし、昼食が喉を通らない。
かといって食わなかったら午後からの訓練がもたないんだ。
エクスカリバーの使用を禁じられた上にひたすら模擬戦をするんだけど、もうボッコボコよ。
村ではバンさんに褒められて、ルオンを圧倒していたオレが倒れるたびに罵声を浴びせられるんだからな。
どいつもこいつもオレなんかより遥かに強い。
特に俺が配属された部隊の隊長は尋常じゃない強さだ。
「ちょっと村に帰りたくなっちまったよ……」
「あら、情けないわね。私だって班長のお局みたいなババアにいびられるけど、怒鳴っていつもケンカしてるわよ」
「お前、強すぎだろ。ていうかババアとかいるのかよ」
「旦那が騎士団の部隊長とか言ってたわね。確かビルクとかいう名前だったかな?」
「俺の部隊長じゃん」
こんなに気が強い女だとは思わなかった。
逆にルオンは興味をなくされて助かったかもな。
そのかわりにオレにすり寄られている感は否めないが。
「私はあんなババアにいびられて終わるつもりはないわ。自分のスキルが【気つけ】だからって調子に乗ってるのよ」
「なんだよ、そりゃ」
「意識を失った人の目を覚まさせるスキルらしいわ。これで何人も戦線に復帰させたと自慢してるわ」
「すげぇスキルだな。そりゃ偉そうにするわ」
ババアにいびられるなんてオレならごめんだ。
とはいえ、さすがにオレもここ最近はマジできつい。
ちょっとだけ村に帰りたくなっていた。
「私もババアに負けないようにがんばるからさ。ラーク、あんたもがんばりなさいよ」
「言われなくてもそうするつもりだ」
「私、あんたを応援してるんだからね」
「……そうか」
ついこの前までルオンにべったりだった奴の言葉とは思えないな。
こいつだってそのつもりだっただろうに、この手の平返しはさすがに引く。
それにあまりあいつを悪く言われると、むかっ腹が立つ。
「お前、ルオンのことはもういいのかよ」
「ヘッドホンだからね。将来性もないし、今ならあんたのほうが私の結婚相手に相応しいわ」
「ハッ、おめでたいな」
「なによ?」
俺も疲れてるんだろうな。
こいつに当たり散らしても意味なんかないのに。
いや、それでも。
村にいた時は感じる機会がなかったけど、こうも俺以外の奴にルオンを悪く言われてムカつくとは思わなかった。
何よりあのヘッドホンを授かってしまったのはあいつのせいじゃない。
「お前、あいつのこと何も知らないんだな」
「冴えない顔をしてあんたより弱くていつもいじめられていたルオンでしょ?」
「俺はそのルオンに負けたんだけどな」
「あんなの負けたうちに入らないわよ! 悔しいからって最後にあんな卑怯な手を使ってきたのよ!」
「違うな。あれがあいつの本気さ」
やられた時はムカついたさ。
でも憤慨するオレのところにバンさんがやってきて話をしてくれた。
ルオンは剣の腕だとか、そんなところを見据えていない。
生きられるかどうかでしか考えていない。
訓練の模擬戦だって負けても命をとられるわけじゃない。
だからあくまで剣術の範囲で戦っていただけだってな。
「あいつは利がない戦いに興味がないのさ。もっと言えば、生き残るなら手段なんかなんでもいいと思っている」
「そ、それは言い訳よ。だったらなんで毎回、あいつはあんたとの模擬戦で負けていたのよ」
「模擬戦で勝っても何の意味もないからな。それにあんなやり方、さすがに二回目は通用しない。だからいざという時のためにとっておいたんだろう」
「じゃあ、なんで最後はあんなやり方……」
「極論だが、あいつが俺を殺すだけならいくらでも手段はあるってことさ。それを教えてくれたんだよ」
それだけにやっぱりムカつくけどな。
あいつはその気になれば、なんだってやる。
地位や肩書きなんて必要がない場所で生きていける。
俺は最初からあいつに負けていたんだ。
それくらいの実力があるのに、あいつには何の夢もない。
だからムカつくんだよ。
「ふ、ふん! やっぱりあんな奴、振って正解だったわ!」
「振っても何もお前、あいつに告白してないだろ」
「でもルオンはきっと私のことが好きだったと思うわ」
「ぷっ……」
「なに? さっきから腹立つんだけど?」
それはオレのセリフだ。
貴重な休日になんでこんなやり取りをしなきゃいけない。
挙句の果てに俺と結婚するだと?
舐めるのも大概にしろ。
「お前、俺がルオンに絡んでる時にさ。いっつもあいつを庇ったよな」
「それがなによ? あなたが弱い者いじめをしてるんだから庇うでしょ」
「あいつがお前に『ありがとう』と一度でも言ったか?」
「そ、それは……」
サナが口を噤んだ。やっと気づいたか。
「あいつ、俺達が村を出る時、お前にだけ一言『元気でな』としか言わなかっただろ? あいつなりのメッセージだよ」
「ル、ルオンのくせに! 会ったら引っぱたいてやる!」
「これ以上、俺の前であいつを侮辱するな」
「なっ……!」
「ここのメシ代は俺が払っておく。じゃあな」
俺は席を立って会計を済ませに行く。
サナは何も言えずに顔を真っ赤にしていた。
「もしあのヘッドホンがとんでもないものだったら、あいつは化け物になるかもな」
俺はそう言い残して店を出た。
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