生活がかかってるんで
場所は冒険者ギルドの訓練場だ。
ガントムさんが腕を組んで見守ってくれている。
ネリーシャとエフィは行儀よくベンチに座って、観客としてのポジションを確保していた。
他の冒険者達も野次馬感覚で集まっているな。
オレはというと、風穴の虎の三人と対峙している。
普通ならこんな勝負は絶対受けないけど、勝てるケンカなら話は別だ。
ガントムさんに聞いたところ、鍛冶代は銀貨一枚とのこと。
つまり勝てば銀貨一枚分、儲かるわけだ。
悪いけどこっちには生活がかかっている。
「おい、勝負ってまさかお前一人で俺達の相手をする気か?(クソガキが……)」
「そうだよ。そのほうが力関係が明確になるからな」
相手の本気を挫いてやれば、変に復讐されることもないだろう。
「お前、冒険者になったのがつい最近だよな。一応、心配してやるが怪我どころじゃすまんぞ?(大怪我よ、大怪我。二度と剣を握れない体になるかもな)」
「あぁ、お互い恨みっこなしでやろう」
きっかけはガントムさんだけど、オレがケンカを売ったようなものだ。
すまない。オレとしても極力トラブルは避けたい。
だけど鍛冶代無料には抗えなかった。
さぁやるぞと意気込んだ時だ。
ふと視界の端に見慣れない中年の男と女の子が見えた。
いつの間に?
紳士風のスーツを着込んだ上品そうな人だ。
あれ、誰だ? 心の声も聞こえてこないな。
女の子のほうは黒装束に身を包んでいて、只ならぬ雰囲気だ。
たぶん強いぞ。なんだ、あれ?
ネリーシャ達は気づいていないみたいだ。
「ガキ一人をヘコませるだけで鍛冶代が無料なんてついてるな」
「あぁ、何の箔にもならんけど軽い運動だと思って気楽にやろうぜ」
「偏屈な鍛冶師とバカなガキで助かったぜ」
これから戦うってのにヘラヘラと笑ってずいぶんと余裕だな。
こういうところも含めて大したことがないんだろう。
ネリーシャもオレ相手に油断したとはいえ、しっかりと圧を感じたからな。
「じゃあ、いくぜ! お前ら、囲め!」
「おう!」
「あぁ!」
三人が三方向に散った。
一体多数の場合、これをやられるとオレに逃げ場がなくなる。
三方向から一気に攻めて終わらせる気か。
だけどオレは蛇腹剣を三人の足元にぶつけた。
「うぉっ!」
三人同時にバランスを崩した。
訓練場の床の破片が散った際にオレはそれを取る。
蛇腹剣で三人を斬りつけるように水平に振った。
「な、なんだこれ!」
「うあぁっ!」
「ちっ! なめるな!」
全員が剣で防いで、一人だけ態勢を立て直す。
だけどそこで蛇腹剣は終わらない。
蛇みたいにうねった刃が続け様に三人を攻め立てる。
高速の連撃を浴びるように受けて、三人は蛇腹剣を防ぐので精いっぱいだった。
ネリーシャ達や刃速の巨王蛇と比べたら、この三人の音は単調で迫力がない。
攻撃の軌道がガバガバだし、隙だらけの箇所が常にいくつかある。
「引くぞ!」
一人の指示で三人が引いた。
それから更にオレの周囲を走り出したと思ったら、それぞれ間隔をあけて迫ってきた。
時間差攻撃か。
一人が一気に距離を詰めてくる。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「ぺっ!」
「いぎっ!?」
接近してきた一人の目に唾を吐きかけた。
怯んだそいつに思いっきり蹴りを入れてから、残り二人に蛇腹剣を放つ。
「ぎゃあッ!」
「う、腕が……!」
蛇腹剣は普通の剣とは違ったダメージを与えられる。
傷口に数ヒットしてしまえば、痛みも尋常じゃないはずだ。
一人が痛みで悶えて戦闘不能、蹴りを入れた一人が復帰してまた迫る。
オレは蛇腹剣でまた床を打った。
床の破片がちょうど二人の目にヒットする。
「いぎゃああぁぁ!」
「あぐぐぐ……! さ、さっきから汚ねぇぞ! このガキがッ!」
「三人もいて何を言ってんだよ」
三人相手だからオレも手段を選ばない、というわけじゃない。
常にやれることをやっているだけだ。
蛇腹剣で迫っていた二人を死なない程度になでつけた。
二人の体に細かい無数の傷が一瞬でできあがる。
「う、い、いてぇ……(戦うんじゃなかった、痛い、苦しい……)」
「も、もう、勘弁してくれ……(助けてくれぇ、田舎に帰りたい)」
痛みで心が折れたみたいだ。
これはオレの勝ちってことでいいのかな?
蛇腹剣で斬られた時の痛みは尋常じゃないらしい。
ところが遠くで腕を痛めていた一人が、道具袋から何かを取り出そうとしている。
オレはそいつに向けて、予め握りしめておいた床の破片を投げつけた。
「づあぁッ!」
「降参するか?」
「す、するわけねぇだろッ!」
いきり立って男が突きを繰り出す。
蛇腹剣を少し揺らして、オレはその剣を弾いた。
そして男にマウントポジションをとってひたすら殴る。
それから蛇腹剣を頭すれすれの床に叩きつけた。
「これ以上続けるなら殺すけど、やるか? あんたも殺しにかかってきたんだから恨みっこなしな」
「や、やめてくれ……わかった、負けを認める(なんだ、こいつ……こ、殺される……)」
オレは男から離れてガントムさんのところへ行く。
ガントムさんは無言で頷いた。
「悪かったな、ルオン。俺の気まぐれに付き合わせてよ」
「鍛冶代無料がかかってるからな」
「約束通り、無料で強化してやる。何よりその蛇腹剣の動きを生で見られてよかった」
「まさかそれが目的じゃないよな?」
「俺を誰だと思ってやがる(バレたか)」
いや、わかってるんだろみたいなノリで言われても。
観客席がざわついてるけど、たぶんオレの悪口でも言ってるんだろうな。
(あの武器、何なんだよ)
(見てるだけでなにかが縮む……)
(まるですべてを読んでいるかのように動きやがる。あんなのどう対応しろってんだ?)
(風穴の虎が三人がかりで手も足も出ないって……)
蛇腹剣の印象が強すぎて、唾吐きや投石がどうでもよくなっているみたいだ。
ガントムさんが項垂れている風穴の虎の三人のところへ向かっていく。
「お前らにも武器を作ってやる(その気はなかったんだがな)」
「……本当か?」
ガントムさんが意外なことを言い出した。
ちょっとそれじゃ話が違うよと思ったけど、オレに損があるわけじゃないから別にいいか。
「伸びきった鼻っ柱は折れただろ? お前らの武器の消耗具合を見れば、てめぇの力を過信しているってよくわかった。戦いってのはこういうこともある。てめぇより弱そうな相手に負けることだってあるだろうよ。その度に落ち込んでちゃ生き残れねぇ」
「まさかそれを教えるために?」
「まぁな(さすがにフォローしないとかわいそうになってきたから、なんて言えねーわ)」
「……少し時間をくれ」
頑固な鍛冶屋その十一、最後にはそれっぽいことを言って認めてやる。
これで威厳たっぷりな鍛冶屋になるんだもんな。
ふとさっきの中年男と女の子のほうを見ると、いつの間にかいなくなっていた。
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