人生は打算的でよし
ガントムさんの鍛冶屋まで行くと、人だかりができていた。
場所を間違えたかな?
ボロボロの看板、言われなきゃ営業していると思えない建物。
それがこの鍛冶屋だったはずだ。
一人でこなくてよかった。何せ確認する相手がいないと困る。
「ネリーシャ、エフィ。ここってガントムさんの鍛冶屋だよな?」
「え、えぇ。場所を間違えたのかな?」
「じゃあ、違うんだな。帰ろう」
「ま、待ちなさいって! 間違いなくここがガントムさんの鍛冶屋よ!(本当に帰ろうとした!?)」
いや、だって信じられない。
オレが初めて訪れた時も客なんかいなかった。
ネリーシャによれば、ガントムさんはとっつきにくい性格が災いしてあまり客がいないって話だった。
頑固な鍛冶屋なんて演じてるからそうなるんだ。
人だかりを見ると客は冒険者達だ。
「あの刃速の巨王蛇を討伐した冒険者達はここで武器を作ってもらったって?」
「しかも一人はルーキーのガキらしいぜ」
「まさか冒険者ギルドの前の受付嬢がやめた原因とか言われてるガキじゃないよな?」
「さぁ、そこまでは……」
お前らはミーハーか。
オレの村でも、やってきた行商人が一言「うちの製品は王国騎士団の団長も気に入っている」と言っただけで殺到したもんな。
しかも今回は受付嬢を辞めさせたガキとかいう、訳の分からない情報に踊らされている。
そんなガキがいたとして、だからなんだって言うんだ。
結局、こういうのは田舎も町も変わらないのか。
「困ったわね。これ並んでるのかしら?(でもあの偏屈おじさんが素直に仕事するかしら?)」
「さっきからまったく行列が減ってないぞ。出直すか」
「出直しても大して変わらないと思うけど……(なんですぐに帰ろうとするの!)」
「じゃあ、どこかで時間でも潰すか」
オレが本気で帰ろうとした時、鍛冶屋から冒険者が飛び出してきた。
「たかが鍛冶で銀貨二枚ってぼったくりだろ!」
「たかがだぁ! その姿勢が気に入らねぇんだよ! お前らなんぞに打つ武器はねぇ!(頑固な鍛冶屋その八! 半端な客には怒鳴りつけて追い出せ!)」
「こ、こっちは客だぞ!(意味がわからん!)」
「なーにが、とにかく強い武器を打ってくれだ! お前らなんぞには、その腰の鞘に収まってるナマクラすらもったいねぇ!(その剣を打ったのは誰だ!)」
「な、な、ナマクラだぁ!」
穏やかじゃないな。
これはもう日を改める他はない。
「おい、ネリーシャにルオンか(頑固な鍛冶屋その九。気に入った客でも不愛想に反応しろ)」
「なんか機嫌が悪そうなんで帰ります」
「あぁコラ! 仕事の依頼ならとっとと言いやがれ!(頑固な鍛冶屋その五! 万が一、帰りそうになったら強気で引き止めろ!)」
「やっぱり機嫌悪そうなんで」
「……今、こいつらの仕事を済ませるから待ってろ(頑固な鍛冶屋その十! どうにもならなくなったらストレートに伝えろ! 頼むぅぅ!)」
ガントムさんが冒険者の武器を一人ずつ、見ていく。
そこからは壮絶だった。
まずこの鍛冶屋は基本的に高い。
最低でも銀貨一枚からが相場だから、払えない人も当然でてくる。
料金に悪態をついて帰っていく人。
経験が足りてないから武器以前だと突き返される人。
将来性がないから田舎に帰って親孝行しろと説教された人。
このまま冒険者を続けたところで近いうちに死ぬとまで言い切られていた。
言葉は荒々しいけど、もしそれが本当ならその人のためなんじゃないかな?
オレは他人の生き方に口を出せるほど偉くないし、ナンセンスだと思ってる。
ただ命を大事にってのは紛れもない優しさだから、それ自体は否定しない。
冒険者もまさか鍛冶屋に説教されると思ってなかっただろうな。
中には納得した様子で帰っていった人もいた。
武器を見ただけでそこまでわかるってことは、何らかのスキルのおかげかもしれない。
そしてついに最後の三人になった。
「お前らはさっきの連中と違って見所はある。だが鍛冶屋一鉄の相場は銀貨一枚からなんだが、払えるか?」
「は、はぁ!? そんなもん無理に決まってんだろ! ぼったくりじゃねえか!」
「……なんで俺が仕事と相手を選ぶのか、わかるか?」
「知るかよ!」
ガントムさんが語りだしそうな雰囲気だよ。
これ聞かなきゃいけない流れ?
「昔、とある青年がいてな。そいつは病気がちの母親を救うために日夜、働いていたんだが治療費どころか生活費すらままならない。そこで何を思ったのか、冒険者になったんだ」
その青年は意外にも成果を上げて、瞬く間に名を上げていく。
将来を有望視されていたし、母親と面識があったガントムさんは青年に武器を作ってやった。
ガントムさんの武器を手にした青年はより成果を上げるようになり、騎士団からも声がかかるほどだ。
青年はガントムさんに感謝した。この武器のおかげで誰にも負けなくなった、と。
舞い上がった青年は分不相応の魔物に挑んで、数日後に他の冒険者によって死体で発見された。
見るも無残に食い散らかされて、ひどい有様だったとガントムさんは心の中で言っていた。
先回りして知ってしまったから、あとはガントムさんが語り終えるのを待つだけだ。
ネリーシャ、エフィ、冒険者達。皆、真剣に聞いている。
「……数日後に他の冒険者によって死体で発見された」
「そ、そんな……」
ようやく語りが終わって、ネリーシャがかなり感情移入をしていた。
ガントムさんが何を言いたいかと、自分の武器のせいで青年を死なせてしまったことを後悔しているということ。
うん。悲壮なエピソードだけど、その前提があってなんでオレに武器を作ったのか。
これがわからない。
「それ以来、俺は人をよく見るようになった。いや、見えるようになっちまったといったほうが正しいか。お前ら三人はあの青年と同じように見える。今、自分達の力を過信してる。悪いことは言わねぇ。冒険者なんかやめて、他の仕事をして生きろ」
「ずいぶん言ってくれるな。オレ達がそいつと同じように死ぬとでも?」
「あぁ、そう言ってる」
「はっ! オレ達をそんな無様に殺されたザコと一緒にするなよ!」
「……あぁ?」
うわああ、すっごい!
よく今の話を聞いた後でそのセリフを言えるな!
さすがにオレでも引くわ!
「お前らは自分達がザコじゃねぇとでも言えるってのか。あぁ?」
「オレ達は三人でブラストベアーを討伐した実績がある。風穴の虎って言えばわかるだろ?」
「風穴だか不潔だか知らねぇが、ますます今のお前らに作る武器はねぇ! とっとと消え失せろ!」
「あんた、さっきからそこのガキどもを贔屓にしているけどよ! あいつらがオレ達より強いってのか!」
なんでそこでオレにとばっちりが来る?
ガントムさん、無言のしたり顔で応えないでよ。
「そこのルオンはお前らより、よく考えている。ちっとばかし捻くれてるけどな」
「さすがにガキ以下の扱いされて黙ってられねぇよ。おい、そこのガキ」
オレは黙って身を引いてからネリーシャを冒険者達に差し出した。
「あ? いや、そこのクソみたいな兜をかぶったガキ。お前だよ、お前」
「ガントムさん。ここはどうやらクソみたいな兜をかぶった冒険者の霊が出るみたいだよ」
「東通りの路地裏に全裸兜の冒険者の霊が出るって噂なら聞いてるがな」
いや、そんな新情報はいらない。
「お前だよ、お前。舐めてんのか、コラ」
「やめてください。人を呼びますよ」
「ふざけたガキだな。さっきから納得いかねぇからお前、オレ達と勝負しろ」
「それが人にものを頼む態度ですか」
風穴の方々が青筋を立てておキレになられている。
普通に考えて、なんでオレにメリットがないのにそんなもん受けなきゃいけないんだ。
まともな教育を受けていればわかるだろうに。
オレは受けてないけど。
「ルオン。あいつらと戦って勝ったら無料にしてやるって言ったらやるか?」
「え? じゃあ、やるよ。無料にしてくれるならやる」
「話が早いな。断ると思ったんだが……」
そりゃオレだってもう一度ネリーシャと戦えって言われたら断るよ。
でもこの風穴の三人はオレより弱い。
呼吸音や心臓音、所作で発生する風の音でわかる。
まったく怖くない。
「よし。じゃあオレ達が勝ったら、こっちの鍛冶代を無料にしろ」
「あぁ、それでいい」
ここの鍛冶代の無料はかなり大きい。
冒険者の仕事で換算すれば何日分、儲かったことになるんだろうか。
お金をガツガツ稼ぐ必要はないと思ってるけど、生活する上では切っても切り離せないからな。
それに今のオレはお金がないと生きられない。
何があるかわからない以上は、節約できるうちにしておいたほうがいいと思った。
ましてや相手が今のオレより弱いんだからな。
「ル、ルオン君。平気なの?」
「エフィ、問題ない。俺は勝てる戦いしかしないからな」
「かっこ悪い」
「格好だけで生きていけるほどオレは強くない」
強者との戦いだの上を目指すだの、そういうのはどこかの幼馴染が担当している。
オレは楽しく過ごせる人生担当だ。
勝てるケンカ、上等。さぁかかってこい。
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