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とある映画鑑賞会

作者: そー

明かりに惹かれ、目覚めるとそこは映画館であった。なぜ男は映画館にいるのか、どうやって映画館に来たのか、これらの答えを持ち合わせていなかった。記憶が曖昧で、自分の状況を説明できる言葉が思いつかなかった。まずはここがどこか見てみることにしよう。そう思い立ち、あたりを見渡すと、中央の席に一人の少女、最後尾には人とは思えないほどの大男が座っていた。男はどうしたものか迷っていると、少女に呼ばれ、隣の席へ着くことになった。断る理由もないので、男は少女の提案を受け入れた。


「私ね、この映画を観る時を、ずっと楽しみにしていたの。本当なら、私はここに入ってはいけないのだけど、後ろの優しいおじさんに無理を言って、入れてもらったのよ。」

少女が無理を言っても観たいという映画に、男は期待を膨らませていく。すると、照明が消えて映画が始まった。


映画はある人物の成長を描いたドキュメンタリー作品だった。

ドキュメンタリーは好きではない。何が悲しくて成功者の話を観なければいけないのか。どうせ映画の最後に、長いエンドロールを垂れ流すに違いない。この奇妙な現実を忘れさせてくれるような笑えるフィクションであって欲しかった。


男は興味を失い、眠りについていたが、突然の大きな音に驚いて目を覚ました。映画を観てみると自動車事故の場面だった。男は、急にデジャブを感じた。大きな音で眠りから覚め、周りを見ると取り返しのつかない事故を起こしている。なけなしの勇気を振り絞りもう一度映画を見てみると、男はすべてを思い出した。映画で描写されている自動車事故は、自分が過去に起こしてしまったものと全く同じだった。

 男は29歳の夏の夜、運転中に寝てしまい、ハンドル操作がおろそかになった結果、事故を起こしてしまった。歩行者に反応できず、横断歩道を歩く人を殺めてしまったのだ。その事故が男の将来を決定づけた。それ以来、職も友人も家族も失い、たった一度の失敗で人々から否定されるようになった。人の命を奪った代償として、彼の人生はひどく虚ろなものになってしまった。男は、自分の不幸と不運を呪いながら、独りでその生涯を終えた。病に侵されても、見舞いに来る者もおらず、その死は誰の心にも残ることはなかった。


 (「そうだ、私は死んだ。ならばここは一体どこなんだ。なぜ自分の人生の映画なんてものがあるんだ!?」)男は次から次へと湧き上がる疑問に、パニック寸前であった。

「貴様は罪を償わねばならん。」

最後尾の大男がそう言い放つと、男はすべてがつながったような気がした。これは死後の審判なのだ。人は死んだ後、自分の人生を評価され、地獄行きか天国行きかを審判される。自分を主人公にした映画は、その判断材料なのだ。映画館にいた大男は、おそらく死後の審判者。隣の少女の役割は、その補佐といったところだろう。

 そんなの今はどうでもいい!そんなことより、このままでは自分は地獄へ連れていかれる。あんな事故のせいで、死後まで苦しむなんて御免だ。男は懇願した。

「罪はもう償ったはずだ。あの事故の後、私はすべてを失った。友人は連絡を取ってくれなくなったし、家族からは縁を切られた。独りでいる間に、自分が殺めてしまったひとにも謝罪を続けた。あの事故のせいで不幸のどん底に落ちたっていうのに、あんたはそれでも罪を償えというのか。」

すると大男は言った

「隣の少女をもう一度よく見てみろ。」

言われたとおりに、少女をもう一度見ると男は絶叫した。そして自分の嘘が見抜かれたことを悟った。本当に自分の罪と向き合ったのなら、自分が殺めた少女の顔を見て気づかないはずがない。

「結局、お前は変わらない。逃れられぬ罪を背負った貴様は、反省するわけでも、償いをするわけでもなかった。体裁だけを整え、自らの不幸を嘆き、自分が殺めた少女を憎む。貴様にあるのは、歪んだ自己愛だけだ。そんな貴様には、地獄の道が相応しい。」

 そう言い放つと大男は懐から大きなペンチのようなものを取り出し、絶叫する男の口に器具を突っ込むと力の限り引き抜いた。ぶちぶちと嫌な音を立てながら、男は何かが自分からはがれていくのを他人のように見つめることしかできなかった。

「              !!!!!!???????」

 声が出ない。叫び、嘆き、怒り。どのような感情を載せようとも、自分の口から出るのは声帯を失った犬のようなどこにも行けない空白だけ。自分が一体何を奪われたのか、大男に目をやると確かに大男はそれを持っていた。それはペンチのような器具の先に挟まれている。赤くて、湿った…………

「  」


空白をつぶやいて恐怖で固まった男を、大男は地下へと連れていく。少女には上の階へ移動するように伝えると、映画館には少女のみが残された。

かくして、男の人生を描いた映画は完結した。映画のエンドロールは男の孤独を表すかのように、ひどく短いものとなっていた。少女は晴れやかな表情で、エンドロールを見つめていた。少しした後、満足したのか映画館を出て、上へと歩いて行った。

そうして映画館は静けさを取り戻した。ここは地獄と天国の間にある映画館。人が死後の審判を受ける場所であり、今も新しい観客を歓迎している。



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