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ベイロンドの魔女  作者: 路地裏の喫茶店
31/31

外伝 林檎を集めて…




 最近、コリネロスの機嫌がいい。



 いつもは私を見かけると相変わらずチビチビ文句を言う、このベイロンドの魔女の塔の老塔主は、最近秘薬の調合をしている時や魔女の釜をかき混ぜている時とか、なんと鼻歌を歌っているのだ。

 実に、機嫌が良く楽しそうに。


 「運命の家族」とも言うべき私にとってのお婆ちゃん魔女がご機嫌なのは、それは私にとっても嬉しいことだ。


 だけど、だけど。

 この塔に来てから一年と半年あまりの私にとっては、そんなコリネロスを見るのは本当に初めてだったから、最初私は驚いてしまったのだ。

 何か彼女にいい事があるのかしら……。



「ラン、屋上に行って林檎を収穫しましょう」


 コリネロスを見ながら考え事をしていると、もう一人の「運命の家族」と言うべき私のお姉さんのリィディが声をかけた。


 この間も言ったけれど、最近彼女は元々長く綺麗な濡れ羽色の黒髪を下ろしてロングにしてきたのを、一括りにまとめてポニーテールにしている。

 それが、すっごく似合っているのだ。


 まあ、元々が端正とか、美麗とか、そう言った言葉の似合う彼女である。どんな髪型でも似合ってしまうのだと思うけども。


 ……実は私は、このお姉さんの髪型に密かに憧れを抱いていて、ちょっと真似したいなとか思っている……。

 私も肩くらいまでの赤髪を一つに縛っているけれども、内緒で最近伸ばしているのだ!

 目指せ背中まで!……って、そりゃ私とリィディでは、顔の作りが違うかもしれないけれどもさ。



「――うん、でも最近こんなに林檎を集めて、どうするの?」

 私はリィディに聞いてみると。


「……ふふ、内緒。さあさあ行きましょう!」

 と、リィディは形の良い唇を微笑ませて私の背中を押していった。

「もう!何なの一体……」

「いいからいいから」


 そう言いながら私達は塔の石の階段を登って行った。

 リィディは最近、私にこんな悪戯めいた顔をする時が増えたような気がする。あの一件――シェナの二シェランの事件がひと段落してから、しばらくしてのことだ。


 それまでは、リィディは今と変わらず綺麗で大人びた表情をしていたのだけれど、どこか憂いを帯びたようなところがあったように思う。

 私がシェナの一件で色々と思うところや考え方に変化が現れたように、私のお姉さんにも何か変化があったのかもしれない。


 でも、私はリィディのそんな表情が実は好きだった。

決して頻度は多くはないけれども、いつも大人で私の憧れるリィディが悪戯っぽく笑ったり、冗談を言うとき。

 何だか本当の血の繋がりのあるお姉さんのような――元々私は彼女に本当のお姉さんの、妹のように接してもらっていたけども、そんな顔したリィディは、前よりもずっと距離を近く感じて嬉しかった。


 だから、ニコニコと楽しそうに私の背中を押してくれるリィディの、ワンピースごしに触れる掌の暖かさに、私は知らず口元が緩んでしまうのだ。





 冬空の屋上は厳しい寒気にさらされていた。私は思わず二の腕をさする。


「今日は十個くらいかしら。形が良くて香りの良さそうなのを選ぼう」

「十個!そんなに取っていいの?」


 塔の屋上のブロックに囲まれた花壇に、一本の小ぶりな林檎の木がある。

 この林檎の木は、ちょっとした魔法の木なのだ。

通年林檎の実がなっていて、しかも実を取っても次の日には元通りの数実が戻っている。食べると甘くて美味しいし、普通の林檎よりも日持ちがする。


 だけど林檎の木がそうなっているのは魔法もかかっているけれども木の精霊――例えばドライアドなどの精霊力が働いているからで、私達精霊に語りかけ力を感じ取れる魔女としては、必要以上に林檎を取りすぎることは禁じられていた。


 だからいつもは取ってよいのは二~三個と言ったところで、いちどきに十個も取るなんてことはなかったのだ。


「何に使うの?そんなに食べるわけじゃないだろうし」

「ええ?さあ、何かしらねえ」

「もうーっ、リィディ、いい加減に教えてってば!」


 昨日もいつもよりも多く林檎を収穫した。今日も十個とはいよいよもって食べるのではないと思う。

 私はついに焦ったくなってリィディの袖を引っ張って抗議した。


「ふふふ、本当は当日まで内緒にして驚かせようと思ったのに」リィディは笑いながらそう言った。

「驚くよりも今聞きたいわ!」

「はいはい……あのね……」



 *



 我等がベイロンドの魔女の塔には、一つ誇れるものがある。

 何度実をもいでも無くならない林檎の木?それもすごいけれどもそうではなくって。


 塔の一階のホールの奥にある、浴室が立派なのだ。

 白と濃紺のモザイクタイル貼りの床や壁、そこかしこにヴィヒタ(白樺の葉をブーケ状に束ねた物)が吊るされており、そして極め付けは浴槽が広いのだ。

 女三人で暮らす塔の浴室がどうしてそんなに広くて立派かって?

 それはこの塔の塔主コリネロスが、塔を設計する時にそう決めたからだ。

 お婆ちゃん魔女のコリネロスは、人一倍お風呂にはこだわりがあるらしい。大変なことも多々ある魔女という生活、仕事の中で、癒しの場所は大事だと考えていたらしい。


 もちろん私もお風呂に入る時はその恩恵を十分に受けている。疲れた体を湯船で癒す時間は私にとっても最も心落ち着く時間の一つなのだ。

 で、明日、その浴槽の湯船を『林檎風呂』にするのだという。


「うわぁっ……!」


 私はそれを聞いて、浴室中に広がる塔の林檎の香りが充満するのを想像してみた。素晴らしい想像だった。私も是非入ってみたい!


 どうして私がその事を知らなかったかって?

 それはこういう事なのだ。

 自然の中のあらゆるものに宿る精霊の声を聞ける私たち魔女は、もちろん屋上の林檎の木に宿る精霊にも感謝をいつもしている。だから先程言ったように食べる時や仕事に使う時以外、不必要にとる事はできないのだけれども。

 二年に一度、この時期にドライアドが屋上の林檎の木の世話をしてくれている魔女に、一杯実をとって林檎のお風呂にして疲れを取りなさい。って勧めてくれるんだって。だから、私がこの塔に来てからは今回が初めてだったのだ。リィディは何度か入った経験があるらしい。とても香り高くて良いお風呂だったと思い出しながら教えてくれた。


 いいなぁっ……!私も早く入りたい!明日が今から楽しみになってしまった。


「そっかぁ……コリネロスお風呂大好きだものね。だからあんなに機嫌が良かったんだ」

 私はようやく合点がいった。

「ふふ、そうだね。ランもきっと気にいるわ。ただね……」

 一つだけリィディが注意点を付け加えたのだった。



 *



 はたして、林檎風呂当日の夜――。


 

「いいかい、リィディ、ラン、今日ばっかりは私が一番風呂をもらうよ」

二階の食堂でコリネロスが帽子を脱ぎ髪をアップにまとめて、風呂道具を小脇に抱えてそう言った。


「はいはい、わかっていますよコリネロス。どうぞごゆっくりしてね」


 リィディが微笑みながらそう言うと、コリネロスはふんと言って階段を降りていった。小さく鼻歌が聞こえる。

 注意点というのはつまり、これなのだ。

 ベイロンドの塔ではお風呂の順番はローテーションで順番を変えていた。コリネロスが一番の日、リィディが一番の日、私が一番の日、というように。だけど今日この日、林檎風呂の時はコリネロスが一番風呂を主張するのだという。それくらい楽しみにしていたという事なのだろう。

 私もリィディも、暖炉のある食堂で自分の番を楽しみにしていた。


 

 ところが、その日はこの冬一番の冷え込みの日だった。

「さ、寒い――!」

 私は思わずくしゃみをしてしまう。

 暖炉のある食堂だけど、やっぱり少し寒い。食堂の窓が最近少し立て付けが悪くて隙間風が入るのと、お風呂のお湯を沸かすのに集中しているせいで暖炉の火の精霊力がやや落ちている為だ。


 私達魔女の生活というのは精霊の力を使役するのではなく、彼等の協力を得て成り立っている。助けてもらっているのだ。

 だから無闇にどこもかしこも精霊力を使いすぎる訳にはいかないのだ。

 暖炉の小さな火に目を凝らす。一匹の火の精霊、サラマンダーが火の中で踊っていた。


 サラマンダー……。

 シェナの二シェランの事件では、彼等に怖い思いもさせられた。

 でも今サラマンダー達はこうして私達の暖炉や浴室の為に力を貸してくれている。

 ――セラノやアバンテ、マーカントさん、セラノのお父さん、そして二シェラン、元気かな。

 暖炉を見ていると、ふとそんな事を考えた――。

 し、しかし――。


「本当に今日寒いよねぇ、リィディは寒くないの?は……ハクション!」

「んん……そうねぇ……」

 お姉さんは曖昧な顔をしていたけれど、私が再度くしゃみをするとつられて彼女もくしゃみをした。


「やっぱり寒いわね!」

「あはは!」

 私達は口元をさすりながら笑い合った。


「コリネロスがさ、嬉しそうにしているのはいいんだけど、コリネロスお風呂長いからなぁ~」

「そうねぇ、お婆ちゃんだからねぇ」

「後三十~四十分位入ってそう」

「ううん、前の林檎風呂の時は一時間は入っていたわよ」

「え――っ!……私風邪引くわ、きっと……」鼻をすすってそう言った。

「もう少し厚着しなさいな。服取ってきてあげる――!」

「う、うん――」


 私はリィディの厚意に甘えることにした。

 けれども、そう言ったリィディがハッと何か気づいたような顔をして部屋を出て行ったのが印象的だった。


 *


「リィディ、服取ってきてくれたんじゃ……」


 私の目の前、テーブルに彼女が置いたのは上着ではなく、私とリィディの風呂道具やタオルだった……。


「リィディ?」


 戻ってきたリィディは、あの悪戯めいた顔をしていた。

「ラン、ふふ、お風呂、一緒に行こう」


「え?だって今、コリネロスが……」


「二年に一度だもの。皆で一緒に入ったって、いいじゃない」

 リィディは形の良い唇を微笑ませてそう言った。

 確かに、確かに、ウチのお風呂だったら三人でも入れそうなくらい広さはあるけれども……。


「……お、怒らないかなぁ、コリネロス……」

 するとリィディは私の座っている椅子の背中側に回って、肩に手を置いて私を少し抱き寄せた。 

「うーん、どうだろう?でも、女家族三人で一緒にお風呂入るって、そんなに変かしら?そうしている家庭も多くあるって、昔聞いたことがあるわ」


 確かリィディはコリンズさんと話している時に、孤児だったと話していた。

 私は遠い昔、お母さんが生きていた時にお風呂に一緒に入った事を思い出していた。


「ん――じゃあ、行く……!」

 椅子からリィディの顔を見上げてそう言った。リィディは少し悪戯っぽく微笑む。

 私はこのお姉さんの、こういう顔に弱い。


「そうと決まれば、行きましょうラン!」

 リィディは私の背中をニコニコしながら押してくれた。暖炉を私は振り返る。サラマンダー、少しでも部屋を温めてくれてありがとう。



 階下の脱衣所まで行くと、ドア越しにコリネロスの歌――もう鼻歌じゃなくて歌を歌っていた――が聞こえていた。

 私達は目配せして服を脱ぎ、タオルを体に巻いた。そして小声で、


「コリネロス、驚くかなあ?」

「ふふ、きっとね。でもきっと許してくれるわよ。私達のお婆ちゃんなんですもの」

「――!そうだよね!」

 私達は笑い合う。




「「コリネロス――!私達も一緒に入る!!」」


 二人でそう言い、浴室のドアを開けた。ドアから流れ出す、林檎の温かい良い香り――。

 そしてコリネロスの叫び声。私達の笑う声。




 

 たまには――たまにはこんな事があってもいいよね?



 

 だって、私達三人はこの、ベイロンドの塔の『運命の家族』なのだから――!


 


 

 「ベイロンドの魔女」

 「ベイロンドの魔女」外伝「林檎を集めて…」 END


 

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