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ベイロンドの魔女  作者: 路地裏の喫茶店
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第二十九話







 町長室はゆとりのある作りになっていた。小奇麗に片付いた正方形に近い部屋にいくつかの巨大な本棚とタンスがあり、奥の中央に大きな仕事机があった。


 町長さん――ニシェランは仕事机の背にある大きな窓から、私に背を向けて外を眺めていた。両手を後手に組んでいて、私が部屋に入ってもぴくりとも動かない。



「…ニシェラン」


 私は彼ににじりよった。



「街に火をかけるのはやめてちょうだい」


 しかし彼は何も言わない。そして動かない。


「ニシェラン!」


 私は魔女の書を取り出し手に持つと、力を込めた。するとようやくして彼はそのままの姿勢で話し出したのだ。



「その昔…つい二百年前、この地は緑豊かな地だった。風に揺れる木々の声が我等土着の精霊を癒してくれたものだ。


 しかしいつしかこの地に住み始めた人間は、たった二百年のうちに森を半分以下にし、それでは飽きたらず山までも削った。

 我々も最初のうちは耐えていたのだ。我等にも道理があるように人間にも道理があるのだろう…と。だが、これではあまりにもひどいではないか。人間は確かに我等の存在を知らぬかもしれぬ。だが、だからといって何をしてもいいという道理はないではないか」


 ニシェランの言葉には確かに一理ある。そして私はニシェランが意外に落ち着いた態度でいるのに驚いた。

 ほとばしる怒りの波動の中に同量の悲しみをたたえている。明らかに炭坑の時の彼とはまるで態度が違っていた。…きっとこっちの方が本当のニシェランなんだと思う。



「確かに…確かに人間は森を切り山を削った。自分勝手かもしれない。だけど…人は自分をかえりみる事ができる。いけなかった所をきっとなおす事もできる。


 私がきっと、街の人達とあなた達の間を取り持つから…私はその為にこの街を訪れたのだから…だからニシェラン、こんな事はやめて!人間達にもあなたが森や仲間を愛するように、親しい人や大事な人が必ずいるのだから」


 私は必至に彼を鎮めようとした。



「……信じられぬ!


 我はお前の魔法であの時、大口に喰われて消え去る所だった…吸い込まれて消えてしまう瞬間、全身全霊の力を使って逃げ出そうとしなければ、我はここにはいなかった…だが魔女よ。街を守ろうとしたお前でさえ人間達は認めようとしなかったではないか!そんな人間を信じられぬ。信じる事ができぬ!」


 ニシェランはふと語気を荒げると、その怒りに燃えた瞳をこちらに向けた!

 射殺すような視線に私の胸は凍りつく。部屋に突然彼から熱風が吹きすさんだかと思うと、突然私の周りは紅くなった。


 ごうごうという炎があちこちから火柱を上げると、彼の町長さんの姿は輪郭が熱でぼやけて曖昧になった。一瞬白熱した光が吹き飛ぶと、そこにはかつて炭坑で見た時と同じ、上位精霊のニシェランの姿があった。



「町長さんに取り憑いていたんじゃなく化けていたのね。本物の町長さんはどこ?」


「この館のどこかに監禁している。だが人間達などこの館この街と同じ様に燃えてしまえばいい!お前達魔女はあくまで我等を邪魔するつもりなのか?ならば我も死に物狂いで抵抗し、いくらかの人間どもを必ず道連れにするだろう」


 ニシェランは爛々と光る怒りに燃えた目を見せると、両の拳を握り極限まで自分の力の緊張を高めたようだった。危険だ。



 町長室、いや町長館は彼の力の影響を受けてぐらぐらと揺れ動いているようだった。私は危機を感じ、ゆるやかに魔法の書を開き始めた。すると再び不思議な感触にとらわれたのだった。


 どこかで聞いた覚えのあるような深い深い声――。私の意識を侵食しようとする感触は、さっきよりも強く、強く感じている。



(――あなたは一体誰?何故私の中に現れるの?)


 私は頭の中でそう問うた。すると心の海の深遠から声が響き渡ってきた。



(私はあなたよ。あなたの中にいるもう一人の私。人間界と精霊界のバランスを司る者として、あなたと同居する――ルピスの使い!)



(ルピス!ルピスの使い――?バランスを取る為にニシェランを消し去ろうとした、あなたが――私の心を支配して膨大な魔力を持ち込んで…否応なくニシェランを消し去ろうとしたあなたが、ルピスの使いだというの!)


(そうよ。ルピスはこの世界に秩序と正義をもたらす事を望まれている…)


(そんな――そんな正義は狂っている!――あなたは――あなたのような存在はリィディやコリネロス――私達魔女の中に必ずいるの?)


(――いないわ。ルピスの使いを宿す魔女は、歴史歴史の中で選ばれた唯一人だけ。その選ばれし魔女がやがてその他の魔女を導いてゆく魔女となる。あなたはルピスと言う運命に既に選ばれているのよ――ラン)


(そんな運命なんか私達は望んでいない!辛い運命の果てに人間と精霊の橋渡しをする魔女としての生き方があったとしても、私達はそこまで運命に翻弄されたくはない!そこから先は自分達で考え、決めたいの!


一時は魔女の力を呪った時もあった。でもこの力があったお陰でセラノやアバンテ達を助ける事もできた!


 今になって、私はきっとリィディの言った言葉を理解する事ができる!

 魔女を続けたい理由――それは親しい人達、友達、眼に映る人達…皆を、自分の魔法や知識で助けたり、支える事もできるから。それがあるから私達は、魔女を続けていきたいと思うのよ!それは私達の意思!運命なんかでは絶対に無い!)


(馬鹿な――!)


(そして助けなくてはいけないのは精霊も同じよ!彼等もずっと苦しかったのだと、私もっと早く気付かなくてはならなかった!――人間と精霊の双方が憎み合ってはいけない――だけどそれがどちらかを消すというような短絡的な解決であってはならないのよ!)


 声は怒りに震える声で答えた。


(何を言うの!私にまかせておけばいい。私が、ルピスがバランスを取るのだから!)


(違う!時代は変わったわ。太古のように魔女が大きな力を使ってそれでいいなんて、そんな事では解決できない。太古の更に昔、人間と精霊は互いの存在を知り共存してきた。時が経ちお互いがまるで別の道を歩き――そして今、再びお互いがお互いを知るようにならなければ解決はない!)


(……!)


(消えて―――!)


(――私を、ルピスの使いを拒むと言うの?そうすれば私がいるお陰で使う事のできた、膨大な魔力をも捨てると言う事になるのよ!あなたの――あなたの言う親しい人達を救う事もできなくなるのよ!)


(全てを押さえつける力なんていらない。私は、私が必要とするだけの魔法を自分で覚えてみせる!)


(愚かな――!おお――ルピス!)


(消えて――お願い――!)


(ぎゃあああああぁぁぁァァァ……――――――)


 私が心の底からそう念じた時――私の中でもう一人の私が弾け飛んだ…そう感じた。







 その問答は現実時間では一瞬の出来事だった。私は自分の心の中でもう一人の自分の事を知り、消し去った。意識がはっきりとしてニシェランと話していたのだと思い出す。



「…どうした?我を再び大口で封じ込めようとしているのだろう」

 ニシェランはもう既にいつでもその力を爆発させられる状態だ。



「違う」


私は強く言って本を閉じた。両手を水平に伸ばし立ちはだかる。そうするべきだと思った。



「何の真似だ…」


「もっとすぐに気付いてあげられなくてごめんなさい。あなた達の痛みをわかってあげられなかった私はまだまだ未熟だった。

 だから――だから約束する。私がシェナの街の人達に話して、今のままには決してしないようにします。そして――精霊と人間、お互いが認められる接点を必ず創ります」


 ニシェランは苦々しい顔をした。憤怒の形相で炎を吐きながら叫んだ。


「信じられるか!魔女も、人間も信じられん!」


 館の震えはなおも強くなった。部屋を焦がす焔も意思を持ったように狂おしく渦巻く。


「まずは忌々しい貴様から燃やし尽くす!」


 ニシェランは業火をまとい、私目掛けて突っ込んだ。


 その一瞬――何を考えたか――私が死んだ後はリィディが街を救ってくれるかしら、ニシェランを消滅させずに解決してくれるだろうか、セラノは、アバンテは、コリネロスは、皆、皆無事だろうか、そんな事で頭が一杯だった――私は眼をつぶった。







 しかしいつまで経っても私の体は炎に包まれる事はなかった。恐る恐る眼を開けると、なんとそこには私のすぐ近くで私を見下ろすニシェランの姿があった。


「……ニシェラン…」


「…魔女…ラン、か。私の名と同じ名を持つ魔女よ…お前の覚悟が…わかった。お前なら…魔女の試練を越えてなお、再び友人を信じる事のできる勇気を持つお前ならあるいは…我等精霊と人間の掛け渡しを…実現させてくれるのかもしれん…」


 そのニシェランの顔は私が今まで会ったニシェランの顔の中で最も穏やかで神々しい顔だった。彼は正気を取り戻したかのように見えた。


 部屋の炎は次第に集束し消えていった。赤々と照らされていた部屋の中も元に戻って、館にはわずかに炎が焦がした跡だけが残った。


 ニシェランは…そして精霊界に帰って行った。


 私はその場にぺたんと座り込んだ。体中の力がすっと抜けてへなへなになっていくような、そんな感じがした。


「ニシェラン――ありがとう」


 体に鞭打ってやっとの事で窓の近くに行くと、街の様子を確かめた。夜の街を赤々と焦がすような炎が――なんて事はなく、何事もなかったようにひっそりと静まり返っているように見えた。怪我した人、燃え落ちた建物。そんな事がなければいい。


 私は少し安心すると、すうっと意識が遠くなった…。




「――ラン?ラン!」


 私はいつの間にか気を失ってしまっていたらしい。肩を揺すぶられてうっすらと眼を開けると、そこには綺麗な長い黒髪を汗で濡らして額に張り付かせた、心配そうに私を見るリィディの顔があった。


「リィディ…みんな…」


 そして彼女の周りには、セラノやセラノのお父さん、街の皆、痩せた町長さんの姿があったのだった…。










   

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