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0008.敵側の大物はまず声だけで登場する

 結論から言うと、俺達の芸は大成功だった。

 娯楽に飢えているのかもしれないが、こんな即興の芸事がまさかここまでウケるとは思わなかった。


 兵士達は先を争うように魔剣を手にし、次々と諦めていく。

 しかしその顔は、一様に楽しげだった。

「……これで食っていこうか、俺達」

 思わず、そんな言葉が口をついて出る。

「いいかもしれませんね。……でも」

 と、ソフィアは少し寂しそうな声色で言った。

「こんなに皆さんが喜んでくださるということは……もしかしたら、それだけ皆さん、勇者の到来を待ち望んでいるのかもしれません」


 幻王の脅威に怯え続ける人間にとって、確かに勇者は希望の光だろう。

 俺は、また自分が恥ずかしくなった。

 魔剣を引き抜く資格を持つ唯一の存在が、生き延びる為に人買いの振りをしたり、こうして芸人の真似事をしたり。


 俺の胸中を察したソフィアが、ぼそりと小声で囁いてきた。

「トウマ様。我々は、我々の信じる道を行きましょう」

「……そうだな」

 ここで自分を卑下したところで、魔剣が扱えるようになる訳でなし。

 とにかく今は、無事に城まで辿り着くのが目標だ。

 その後は、それから決めればいい。


 俺は頷くと、兵士達に向けてさっきと同じ口上を垂れた。

「ああ、やはりここにも勇者はおられない――」




「アインゼルからもう払われてるって言ったのに、更に金を貰っちまったな」

 野営のテントの中。

 貨幣の入った袋をじゃらじゃらと揺らし、俺は苦笑した。


 兵士達は、わざわざ俺達二人だけのテントを提供してくれた。

 小さなテントでも、地面に雑魚寝するのとは雲泥の差だ。

 もしかしたら、俺達の芸へ労いの意味もあるのかもしれない。

 だとしたら、あんな三文芝居でもやって良かったということか。


「ちなみにこれ、どれぐらいの金額?」

 何気なく聞いた俺に、ソフィアは驚きを隠さなかった。

「贅沢しなければ、半年は暮らしていけますよ!」

「……マジか」

「まあ、兵士の方々から頂いたのは小銭ばかりですが」


 アインゼル、気前良すぎだろ。


「それよりもトウマ様――」

 袋の金貨から視線を外してソフィアを見ると、彼女はキラキラと目を輝かせていた。

「ど、どうした……?」

「先程の弁舌、感服致しました! 創世神話をそらんじられる人間なんて、この世界にもそうはいないというのに……やはり、その知識もイシュタール様より賜ったものなのですか!?」

 興奮気味に顔を寄せてくるソフィアに、俺はうろたえつつ同意した。

「あ、ああ……そうだ、ね」


 今度は嘘じゃない。一応、イシュタールから説明はされた。

 まあ、暗記したのは転生前なのだが。


「それにしても信じられません。あの長いにも程がある神話を全て理解し、覚えてしまうなんて……」

 ソフィアの言い方が気になって、俺は彼女に訊ねてみる。

「あの神話……もしかして不評なの?」

 するとソフィアは口元に指先を当て、

「神話に不評と言うのはおこがましいですが……好んであれを読み解こうとする人間は歴史家か余程の変わり者かと。『夜更かしする子供には神話を読ませろ』なんて言葉もあるぐらいで――」

 悪意のないソフィアの言葉が、胸に突き刺さる。

「へ、へえ……そう、なんだ……」

 平気な素振りで言葉を返すが、俺の声色は少し震えていた。


「……しかし、これからどうしようか」

 心を落ち着ける為、ひとまず話題を変えることにする。

「今夜一晩はここで泊めてもらうとして、このまま憲兵隊と行動を共にするのはあまり良くありませんよね」

 ソフィアの発言に、俺は首を縦に振った。

「ああ。芸人だなんて嘘、いつボロが出るか分からないし、アインゼルにこの魔剣が本物だと気付かれたらマズい。やっぱり、明日の朝にはここを離れて、城に向かおうか」


 そこで、ソフィアは少し悩んだように顔を傾けた。

「ハーレスト城に向かって、大丈夫でしょうか?」

 その問いに、俺は目を丸くした。

「どういう意味だ?」

「もしも女神さまの仰る通り、アインゼルが幻王の手先だとしたら……ハーレスト城には、他にも裏切者がいるのでは? 幸い、アインゼルから渡された金貨がありますし、国王様へ謁見しなくとも旅は続けられます」


 ああ、確かにもっともな疑問だ。

 作者として、俺はハーレスト王国の裏切者がアインゼルだけだと知っている。

 だが、それをソフィアに言う訳にもいかない。


「……仮にそうだとしても、王様に会って、俺達が勇者だと認められなければ、今後の旅に支障をきたすかもしれない」

「確かに、国王様に認められれば、旅はしやすくなりますが……」

 いまだ了承しがたいといった表情のソフィアに、俺は真剣な面持ちで言った。

「やっぱり、予定通り城に向かおう。もしも危険が及びそうなら、さっさと逃げればいい。それにソフィアだって、このままずっと野宿は嫌だろ?」

「それは……そうですね」

 渋々ながら頷くソフィア。

 俺は心の中で、安堵の吐息をついた。


 俺が城に向かいたい理由は、これ以上『物語から逸脱したくない』からだった。

 本来のストーリーと違う行動を取り続ければ、今後の展開に影響を与えるのは確実。

 このままでは、俺の書いた筋書きと全く異なる物語になってしまうかもしれない。


 魔剣を扱えない俺にとって、唯一の武器は作者としての『知識』。

 しかし次の展開が読めなくなったら、その武器もまるで使い物にならない。

 それだけは、避けたかった。


「今の内に、しっかり休んでおこう」

 不安がるソフィアに笑いかけると、俺はごろりと横になった。




 団長用の天幕の中。

 アインゼルは、蝋燭の灯りを頼りに報告書にペンを走らせていた。

 ふと、風も吹いていないのにその火が消える。

「……」

 彼は軽く息を吐くと、ペンを机の上に転がした。

『よお、首尾はどうだ?』

 彼の耳元で、何者かの声がした。

 気配はない。ただ、声だけが聞こえている。


「万事順調です。予定通り、山賊共も掃討しました」

 しかし声の主は、呆れたように「はん」と鼻を鳴らした。

『そっちじゃねえよ。幻王様からの勅命の方だ。魔剣は見つかったのか?』

 アインゼルは首を振った。

「いいえ、まだ。しかし、面白い二人組には出会いました」

『面白い? どんな奴等だ』

 暗闇の中、アインゼルは口元を軽く歪めて言う。

「偽物の魔剣で芸を行い、路銀を稼いでいるという若い男女がおりまして」

『そいつは、本当に偽物だったのか?』

その問いに、アインゼルは「ふ」と声を漏らした。


「私は、魔剣フェルナンデスの現物を見たことがありませんゆえ、真贋の見極めは不可能です。まあ少なくとも、伝説に謳われる勇者といった雰囲気ではありませんでしたが」

『……芸人の振りをしてるって事は?』

「ハーレスト王国憲兵隊に、勇者がわざわざ身分を偽る理由はありますまい」

『まあ、そりゃそうだが……少し、気になるな』

 その言葉に、アインゼルの眉がぴくりと動いた。

「彼等は今、我々が保護しております。お会いになるなら、そのように取り計らいますが」


 アインゼルが言うと、声の主は笑いを上げた。

『そうだな。もし偽物だったら――まあ、不幸な芸人の死体が二人分、転がるだけだ』

「……本物でも、結果は変わらないのでは?」

『はは、そりゃそうだな!』

「では明日、あの二人を隊から離脱させます。その後は、ご随意に」

『別にお前達と一緒でもいいんだぜ?』

 アインゼルは、頬をかきながら答える。

「ご冗談を。憲兵隊を連れた状況で貴方様と出会ったら、隊長として闘わなければいけなくなる。どうか、私の立場もご理解ください」

『分かったよ。じゃあ、首尾良く頼むぜ』

 その声が聞こえた途端、消えていたはずの火が再び灯った。


「魔剣、か……」

 アインゼルは、腕を組みながら蝋燭の火をじっと見つめていた。


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