0007.転生前のどうでもいい知識を活用して難を逃れる
一番会っちゃいけない奴に、よりにもよって逃げ場のない場所で出会ってしまった。
ロックマイヤー、山賊、そしてアインゼル。
この世界に来てからこっち、常にピンチと隣り合わせだ。
……まあ全部、魔剣を使えない俺が悪いんだが。
もしくはこんな設定を考えた――やっぱり俺が。
しかし、嘆いてばかりもいられない。
俺は媚びへつらうような表情を浮かべると、地べたに正座して口を開いた。
「我々は、旅の芸人でございます。ハーレスト城に向かう途中で山賊に襲われ、この牢に捕らえられておりました。どうぞ、お助け下さいませ!」
目を丸くしているソフィアの肩を、ぽん、と叩く。
俺達は、同じタイミングでアインゼルに平伏した。
「……芸人だと?」
アインゼルは、俺達とその荷物に視線を向けて言う。
「芸人にしては、大仰な剣を持っているな。まるで、伝説に名高い魔剣のように見える」
ソフィアは震え上がった。
俺も胸の動悸を抑えつつ、彼女に「心配するな」と目配せを送る。
アインゼルが魔剣に興味を示すのは、予想の範囲内。
俺は顔を上げると、手もみをしつつ努めて明るい口調で声を発した。
「いやさすがお目が高い! この『魔剣』は、我々の商売道具でございます」
「魔剣が、商売道具……?」
はて、と、アインゼルは首を傾げる。
「ええ。この少女は魔剣の巫女で、魔剣を引き抜ける勇者を捜し求めて旅を続けている――そんな触れ込みで、街を回ってはいくばくかの金銭を頂いて暮らしております」
嘘をつくときは、あえて『真実』を混ぜる。
その方が、相手は信じ込みやすい。
アインゼルは薄ら笑いを浮かべると、
「どうにもよく分らんな……一つ、ここで見せてもらえるか?」
そう、こちらに提案してきた。
アインゼルは、この魔剣が『本物』であると疑っているはずだ。
なら、ここで『偽物』らしいところを見せればいい。
「承知致しました。では、牢から出して頂きたいのですが……」
アインゼルは首肯すると、部下に命じて牢の鍵を開けさせた。
「ありがとうございます」
立ち上がって牢から出ようとすると、ソフィアが怯えたようにこちらを見つめているのに気付く。
「大丈夫、いつも通りだ。魔剣を持って立っていればいい」
ソフィアが魔剣を胸に抱えたところで、俺は大きく息を吸うと、芸につきものの口上を始めた。
「気が遠くなる程に昔の事です。天空神グレン、大地神デーメテール、海洋神スレイプニルの三柱は、自らが創り出したこの世界を更に繁栄させるべく、原初の生命を生み出しました――」
つらつらと俺が述べているのは、デルヴェニン・イラの創世神話。
この世界に呼ばれた時、女神イシュタールが俺に説明したのと同じ文言だ。
あの世界観設定は元々、俺が考えたもの。
しかも、その壮大さと荘厳さに惚れ惚れした俺はかつて何度も読み返し――惚れ惚れしたんだよ、悪いか。
とにかく。
この長々しい設定を、俺は完全に暗記しているのだ。
「――世界をこれ以上破壊すべきでないと考えた天空神は、海洋神と再び手を組む事はありませんでした。海洋神は怒り、自らに残された力を使い、己の姿を邪なる者へと変化させました。これこそが――」
まあ、さすがにあの内容を一から十まで話すにはいかないから、幻王と魔剣の部分以外は割愛するが。
立て板に水のごとく神話を語る俺を、ソフィアは驚きと畏敬のこもった瞳で見つめている。
人生、何が役に立つのか分からない。
自作小説の設定を読み込んでいたのが、まさか生死を分かつ命綱になるとは考えてもみなかった。
……いや、まだ助かると決まった訳じゃないが。
「ここな娘こそ噂に聞こえし魔剣の巫女。そしてその手に持つは伝説の魔剣フェルナンデス! 我々はこの剣を引き抜ける勇者を求め、西へ東へ旅を続けておるのです」
アインゼルは、感情の見えない眼差しをこちらに向け続けている。しかし両脇の兵士達は、俺の弁舌に多少、興奮しているようだ。
俺にこんな才能があるとは思わなかった。それとも、命がけの状況で弁舌スキルに強力なバフがかかったのだろうか。
どちらであれ、この勢いのまま乗り切ってみせる。
俺は一旦、言葉を止めると、一際大きな声を張り上げた。
「さあ、さあ! この剣を引き抜く勇者はこの中におりませんか!」
その言葉と共に、ソフィアの背をそっと押して前に出す。
ソフィアは混乱しつつも、兵士達に向けて魔剣を差し出した。
「た、隊長……ちょっと試してみてもいいですか?」
おずおずと、傍らの兵士がアインゼルに言った。
アインゼルは肩をすくめ、
「そうだな。もしかしたらお前が、伝説の勇者かもしれん」
そんな軽口を叩いて了承する。
「ぐ、ぐぬぬう……!」
魔剣を受け取った兵士は、力の限りに剣を鞘から抜こうとするが、剣はぴくりとも動かない。
そりゃそうだ。俺にしか引き抜けない魔剣だからな。
「お、おい。俺にもやらせてくれよ」
もう一人の兵士も、我慢できないとばかりに剣を手に取る。が、やはりどんなに力を入れても剣は抜けなかった。
俺は芝居がかった身振りで天を仰ぎ、
「ああ、やはりここにも勇者はおられない……それでは皆様、いつか勇者を見つける日の為、この旅の無事をお祈りください。……できれば、いくばくかの路銀と共に」
おどけた調子で両手を前に差し出した。
兵士達から笑いが起こる。
俺の中では、想像以上の出来栄えだ。
問題は、アインゼルの反応だが――
「……ふ」
アインゼルは短い吐息を漏らすと、こちらに向けてぱちぱちと手を打った。
「いや、なかなかに興味深いものを見せてもらった」
乗り切った――のか?
まだ半信半疑の俺に、アインゼルが訊ねる。
「お前達、目的地は?」
「えっと、山を越えて、ハーレスト城に行くつもりでした」
ソフィアが回答する。
「では、今夜は我々が保護しよう。野営の準備が整っているはずだ」
どうにか、芸人だと信じてくれたらしい。
俺もソフィアも、胸を撫で下ろしてアインゼルに礼を言った。
部下に連れられて牢を後にしようとしたところで、アインゼルが俺達の背中に声をかけた。
「そうだ、少し待て」
俺はぎくりと身体を硬直させる。
やっぱりまだ、この魔剣が本物だと疑っているのか――?
しかしアインゼルは、懐から紐で縛られた袋を出すと、ソフィアに手渡した。
恐る恐る中を開いたソフィアは、その中身に驚きの声を上げた。
ずしりと重い袋の中には、金貨が詰まっていた。
「これは……!?」
この世界の通貨単位を、俺はよく知らない――設定に盛り込んでいなかったからだが――けれど、それなりの額である事はソフィアの表情から読み取れた。
「部下達にも、さっきの芸を見せてやってくれ。このところ任務が続いて、ろくな休息も取れていないからな。それでは足りんか?」
「あ、あの……」
ちらりと俺を横目に見るソフィア。
俺は慌てて首を振った。
「い、いいえ! 滅相もございません! 喜んで!」
俺達は芸人なのだ。
ここで断ったりしたら、それこそアインゼルに疑われる可能性が高まってしまう。
あれをもう一度やればいいだけ、そう自分に言い聞かせて、再び動悸の始まった胸を押さえながら、俺はソフィアと共に歩を踏み出した。