0005.山に入れば山賊が襲ってくる
「へっへっへっ。抵抗はするなよ? 傷付けちまうと値が下がるからな」
大振りの曲刀を揺らしながら、山賊達はこちらに近付いてくる。
魔剣の力を以てすれば、一太刀で全員、斬り捨てられるだろう。
が。当然、それは無理な話だ。
「……ギーレンに伝えとけ。上物の男と女が一人ずつ手に入ったってな」
「へいっ!」
山賊の一人が、「けけけ」と笑いながら去って行く。
指示を出したのが、きっと山賊の親玉だろう。他の奴等よりも、少しだけ上等そうな衣服を身に付けている。
それにしても、こんな朝っぱらから旅人を襲うとは、何て健康的な山賊だろうか。
山賊が出るのは夜が相場だろ――いや、そういう展開にしたのは俺だけれども。
親玉が口笛を吹くと、四方から続々と山賊達が姿を現した。
これじゃ逃げられない。
俺は唇を噛みながら、何か策はないかと必死に考えた。
ソフィアの魔法は補助系が主のはずだ。ただの山賊とは言え、この人数を撃破できる戦闘力は持っていないだろう。
なら、作者としての知識を頼るしかない。
この後の展開。山賊を撃破した後で、何か使えそうな――そうだ!
身を寄せるソフィアの耳元に、
「……話を合わせてくれ。表情は、なるべく悲しそうなままで」
俺は小さな声で囁いた。
そして、山賊の親玉に向かって叫んだ。
「馬鹿野郎! こんなところで略奪なんてしてる暇ねぇぞ!」
「あぁ?」
山賊は、揃ってアホみたいに首を傾げた。
俺は親玉に近付くと、いかにも必死そうに声を荒げる。
「ハーレストの憲兵隊が迫ってるんだよ! 奴等、とうとう重い腰を上げやがった! ここいらの犯罪者を根絶やしにするって息巻いてる! 早く逃げねぇと全員、捕まって縛り首だぞ!」
「……何だと?」
親玉は、俺の言葉に眉を寄せた。
「何でそんな情報を知ってるんだ。てめぇ、何者だ?」
よし、食い付いた!
俺はできるだけ嫌らしい笑みを浮かべ、ソフィアを指差した。
「人買いだよ。物好きな貴族様に、そこの女を売りに行く途中だったのさ。ところが憲兵隊の噂を聞いて、こんな山道くんだりする羽目になっちまった。……なあ、少しの間でいいからさ、かくまってくれないか?」
親玉は、顎に手を当てて考え込んだ。
「……人買いか。確かに、それらしい陰気な顔立ちだな、お前」
何だよ陰気って。クールと言えクールと。
「しかし、人買いにしちゃ随分とゴツい武器を持ってるじゃねえか?」
ソフィアの抱える魔剣に目を向けて、親玉はせせら笑う。
俺は口元を引きつらせながら、いかにも内緒の話をするように、親玉にだけ聞こえる声量で答えた。
「ここだけの話な、あの娘を『魔剣の巫女』として売るんだよ」
親玉は肩を震わせて笑った。
「ははっ! なるほど、そりゃいい考えだ。ただの村娘も、適当な箔をでっち上げるだけで思わぬ高値になるからな」
「だろう? あの作り物をこしらえるだけで、それなりの金がかかってんだ。この商談をフイにしちまったら、どっちにしろ野垂れ死によ。なあ大将、一晩だけでいいんだ。身を隠させてくれないか?」
「頭。こんな奴の言う事、聞く必要ねえでしょうよ?」
手下の山賊が余計な口を挟んでくる。
うるさいなこのバカ。
アホの大将がせっかく騙されそうになってんだ、空気読め。
「憲兵隊の話が真実なら、こいつに借りができる。……よし、付いて来い」
「お頭……」
親玉はこちらを舐めるように見ると、得物の刃先を舌で撫でながら言った。
「ただ――もしも大嘘こいたなら、覚悟しとけよ?」
俺は、こくこくこくと痙攣したように何度も頷いた。
山賊達のアジトは、山頂付近にあった。
木々と岩で組まれているようだが、意外と立派なもので、中もそれなりに広かった。
到着した俺達は、当たり前のように牢へ入れられた。
「悪いな。お前の話が本当かどうか判断つくまでは、ここに入れとけってお達しだからな」
背の低い山賊は、そう言って牢の鍵を閉めると、口笛を吹きながら去って行った。
「あの、トウマ様……」
ソフィアが声をかける。
俺は固い地面の上に正座すると、
「すみませんでしたあぁっ!」
地面に額を擦り付けて、土下座した。
「え、えっ!? どうしました、トウマ様! お顔を上げてください!」
「……怒ってるんじゃないの?」
俺の言葉に、ソフィアは「は?」と口を開けた。
「どうして、私が怒るのですか?」
「いや、だって……奴隷扱いされたら、誰でも怒るでしょ……」
しかし、ソフィアは首を横に振って言う。
「怒るはずがありません。生き延びる為のお芝居だと、分かってますから」
「そうか、良かった……」
「それより、ハーレストの憲兵がこの近辺にいるという話は、本当なのですか?」
ソフィアの疑問はもっともだ。
「ああ、それは事実だ。ええと……イシュタールから聞いた」
ごめん女神。
上手い言い訳が思い付くまでは、名前を勝手に使わせてもらう。
怒って天罰とか下さないでくれよな?
純真な少女は、またも信じてくれたようだ。
安心したとばかりに、ソフィアは深く息を吐き出した。
「では、これで一安心ですね。憲兵隊が私達を見つけてくれれば、そのまま城まで連れて行ってくれるでしょう」
「……いや」
俺は、苦々しげにそれを否定した。
憲兵隊がこの近くを通るのは事実だ。俺が書いたストーリーだから、その通りになるだろう。
しかし――問題は、憲兵隊を指揮する隊長、アインゼルだ。
アインゼルは、実は幻王の配下なのだ。
ロックマイヤーのように、目的の為に協力している訳ではない。幻王の力に魅せられ、人間でありながらその軍門に下った。
奴は幻王軍のスパイとして、ハーレスト王国に潜り込んでいる。
だから、俺達は絶対に、奴と出会ってはいけない。
「憲兵隊には、見つかっちゃいけない」
「どうしてですか?」
「女神が言ってたんだ。憲兵隊の隊長、アインゼルは、幻王に与する裏切者だと」
5分ぶり3度目の虚偽。
ほんとごめん、イシュタール。
使用料とか取らないでくれ。
「だから、ひとまずはここに身を潜めて、適当なタイミングで山を抜けよう」
俺の言葉に、ソフィアは真剣な眼差しで頷いた。
そこに、山賊の男が皿を持って戻って来た。
「ほらよ、飯だ」
ボロボロの皿に乗っているのは、パンと焼いた肉。
「ありがとうございます」
ソフィアの感謝に、男は変な顔をする。
「牢の中に入ってる奴に、礼を言われたのは初めてだぜ」
そう言いつつも、上機嫌な様子で立ち去った。
俺は、今にも涎が垂れそうだった。
この世界に来てから、初めてのまともな食事。
固くてボソボソする粗悪なパンと、筋っぽくて塩味ばかりの肉だったが、それでも俺は貪り食い、あっと言う間に皿は空になった。
腹が満ちると、つい欠伸が出る。
「少し、休んでおきましょうか」
ソフィアに言われて、俺は頷いた。
「そうだな。どうせここからは出られないし、今の内に身体を休めておこう」
牢の中はお世辞にも清潔ではなかったが、藁が敷いてあるだけで野宿よりはずっとマシだった。
どうやら、想像以上に疲れが溜まっていたようだ。
まだ午前中だというのに、俺達は横になると、そう間を置かずに眠りについた。