0017.王様は割とすぐに主人公を信じてくれる
……最悪の状況だ。
山賊のアジトで出会った時、アインゼルには、俺達は芸人だと名乗ってしまっている。
よりにもよって勇者選定の最中に奴がやって来るなんて、タイミングが悪いにも程がある。
いや、それよりも危惧するべきは、アインゼルの裏の顔の方だ。
俺達は既に、幻王四天王のオグマと闘っている。
幻王軍と繋がっている奴が、もしこの剣が本物の魔剣だと知らされていたら――
「アインゼルよ。よく戻ってきた。山賊の残党狩りを行っていると知らせを受けていたが……」
国王の言葉に、アインゼルは悠然と膝を付いて答えた。
「そちらは部下に任せております。私は、その少年に用があって一人、戻って参りました」
そして、アインゼルは俺に視線を向けた。
「また会ったな、少年よ。もしやと思ったが、勇者の選定に参加していたのは僥倖。捜し回る手間が省けた」
俺はアインゼルを睨み付けたままソフィアの側に寄り、微かな声で囁いた。
「……いざとなったら、全力で逃げる」
ソフィアも、小さな頷きを返す。
そこに、デュッセンが言葉を挟んだ。
「アインゼル殿。いかな用向きか知らんが、私の方が済んでからにして頂きたい。もっとも、こちらが終わった後、小僧が何かを話せる状態かは分からんが」
声の端々に含まれる不快感に、アインゼルは首を傾げた。
「デュッセン殿。彼等が、貴方に何か無礼でも?」
「無礼どころではない! 俺と剣を交えることを拒否する理由に、言うに事欠いて、俺を傷付けたくないからなどとのたまったのだ! この、近衛騎士団長に向かって!」
やっぱりこの男、沸点が低過ぎる。
こんな直情型が騎士団長で大丈夫なのか、この国は。
しかし、デュッセンの怒りを聞いたアインゼルは、
「ふふ……ははははは!」
いかにもおかしそうに、大声で笑い出した。
「アインゼル殿! 貴殿も俺を侮辱するか!?」
怒りに震えるデュッセンに、アインゼルは首を振る。
「いえいえ。そんなつもりはございません。ですが……」
そして、その目を鋭く細めて言った。
「その少年の言葉に、嘘はないでしょう」
……ん?
アインゼルの発言に、俺は違和感を覚えた。
どうして、俺をかばうようなことを言った?
アインゼルの真意を図りかねている間にも、彼等の会話は進んでいく。
「……どういう意味だ、アインゼル殿」
「急いで城に戻ってきた甲斐がありました。到着がもう少し遅れていたら、選定は終わってしまっていたでしょうから」
「だから、どういう意味かと聞いているのだ!」
怒り心頭のデュッセンを涼し気な目で見つつ、アインゼルは平然と信じられない言葉を言い放った。
「この少年が持つ剣こそ、真なる魔剣フェルナンデス。つまり、彼こそが偽りなき、女神に導かれし勇者なのです」
な……!
俺も、そしてソフィアも、アインゼルの真意が分からなかった。
何故、奴にここまで後押しされているのか、さっぱり理解できない。
アインゼルは混乱する俺達に向けてにやりと笑うと、更に話を続ける。
「彼等とは、山賊狩りの途中で出会いました。我々でも手を焼く武装した山賊達を、彼はその剣で瞬く間に片付けてしまったのです。あの禍々しいまでの強さは、まさしく伝説に謳われる魔剣のものでした」
全部、嘘だ。
いや、元々のストーリーではそんな感じだったが。
「おお……! では少年よ、君こそ女神の仰られた勇者か……!」
国王は、希望に満ちた瞳で俺を見つめた。
憲兵団長の言葉だ。そりゃ、王様だって信じるだろう。
とはいえ、疑り深い王様にしなくて本当に良かった。
だが、いいのか?
意図は分からないが、このままアインゼルに踊らされて勇者を名乗ってしまっても。
「……どう思う?」
ソフィアにこそりと問い掛ける。しかし彼女も、考えあぐねているようだった。
その時、
「俺は認めん!」
デュッセンが、剣を振りかざして大声を張り上げた。
「デュッセン殿。私の言葉が、信じられませんか?」
肩をすくめるアインゼルに、デュッセンは眉を吊り上げた。
「俺は剣士だ。力の証明は、耳で聞くものではない! 小僧! アインゼル殿の言葉に嘘偽りがないのなら、やはり俺と剣を交えよ!」
……いや、むしろ嘘偽り『しか』ないんだが。
アインゼルは困ったとばかりに頭を振ると、
「ではその剣、お貸し頂いてもよろしいですかな?」
そう、デュッセンに申し出た。
「……何?」
不信さを露にしながら、デュッセンは剣を一度鞘に納め、アインゼルに手渡す。
流麗な動作で剣を引き抜いたアインゼルは、
「さすがは近衛騎士団長の愛剣。見事なものですな」
その刃を眺め、称賛の言葉を述べた。
「当り前だ。伝説級の武器ではないが、我が王国一の鍛冶師が造り上げた名剣。無論、一日とて手入れを欠かしたことはない」
「これだけの業物なら、並みの腕では折るどころか、刃こぼれ一つつけられないでしょうな」
アインゼルの美辞麗句に、デュッセンは黙って首肯する。が、その口元は少し綻んでいた。やはり、自慢の剣を褒められて嬉しいようだ。
「しかし――新しい剣をお探し頂くよう願います」
その言葉と共に、アインゼルは床に剣を突き立てた。
「な、何をする!?」
激昂するデュッセンを無視して、奴はこちらに向き直った。
「その魔剣で、この剣を見事破壊してみよ。相手が剣なら、誰も傷付きはしまい」
確かに、アインゼルの言う通りだ。
突き立てられたあの剣に一太刀浴びせれば、きっと真っ二つにできるだろう。オグマの邪槍でさえ、そうなったのだから。
だが……だが、このままあいつの思惑通りに動いていいのか?
アインゼルは、俺が勇者だと、この魔剣が本物だと確信している。
その理由は一つしかない。
きっとオグマから、俺についての話を聞いているのだ。
俺の推測が正しければ、奴はどこかで俺達を殺すか、魔剣を奪おうとしているはずだ。
どうする、どうする――
「……トウマ様」
悩みあぐねる俺に、ソフィアが囁いた。
「どうすべきか答えが出ない以上、当初の目的を果たしましょう。アインゼルの手のひらの内とはいえ、今はこれ以上ない好機です」
確かに、ここであの剣を斬ってみせれば、勇者と認められる。こんな簡単な話はない。
「……分かった」
俺は、一歩進み出た。
「皆、下がっててくれ。危ないからな」
まだ納得できない様子のデュッセンだが、アインゼルに促され、彼等は国王を守るように玉座の前に陣取った。
ソフィアも壁際ぎりぎりまで下がり、俺を見守っている。
俺は大きく息を吐くと、床に突き立った剣の前に立った。
さすがに、王の前で醜態を見せる訳にはいかない。
引き抜いた瞬間の激痛に備え、ぎっ、と歯を食いしばる。
俺は、一息に魔剣を抜き放ち――
「ぐうううっ!!」
痛みに耐えながら、放り捨てた。
くるくると弧を描いて床を滑った魔剣は、ソフィアが回収する。
そして、魔剣の一撃を受けたデュッセンの剣は、俺の振るった太刀筋通り、刀身の真ん中より少し上のところで二つに折れた。
斬った、という手ごたえさえなかった。
俺はただ魔剣を鞘から抜き、一瞬、振っただけだ。
デュッセンとアインゼルの会話からするに、この剣もかなりの名刀らしい。
それを、ド素人の俺がここまで綺麗に両断するとは……
今更ながら、この魔剣の力に俺は戦慄した。
デュッセンは、目の前で起こった事実が信じられないようだった。
「俺の、剣を……あんな、素人丸出しの一振りで……?」
アインゼルは満足そうに口の端を吊り上げると、国王に向き直って言葉を発した。
「いかがでしょう。私の言葉に偽りなきこと、これで証明されたと思いますが」
国王は、ゆっくりと頷いた。
「お前達の名を聞かせよ」
「……トウマです」
「そ、ソフィアと申します!」
すると、国王はおもむろに玉座から立ち上がり、
「トウマ、そしてソフィア。余はお前達を、真なる勇者と魔剣の巫女と認めよう!」
そう、宣言した。
遂に、俺は公式に勇者と認められた。
しかし、俺達の表情は晴れない。
この状況をお膳立てしたアインゼルの意図が、まだ掴めないからだ。
「勇者トウマ、魔剣の巫女ソフィアよ。今日のところは、寝所を用意させよう。ゆっくりと疲れを癒すが良い。明日、余は全国民に向け、真の勇者が現れたと布告を発する。その時は、同席してもらいたい」
「は、はい。分かりました」
「お前達が幻王を打ち滅ぼしてくれること、心より願っておるぞ」
王の言葉に、跪いたソフィアが答える。
「国王様の御心に報いるべく、この身を尽くす覚悟でございます」
「さて。では勇者殿の寝所へは、私が案内役を務めましょう」
アインゼルは、そう言って俺達を横目に見た。
「色々と、話したいこともありますし」
その言葉に、俺達は警戒を強める。
「では勇者殿。こちらへ」
俺達は国王に頭を下げると、アインゼルの後について歩き出した。




