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0015.西洋料理の知識もないので食事の内容が貧相

「実際、通ったと思う?」

 パンにかぶりつきながら、俺はソフィアにそう問い掛けた。

 ソフィアは小さく切った肉を口に放り込みつつ、困ったように口元をひきつらせる。

「どうでしょう。私達の話を信じていただけたかも分かりませんし」

「だよなぁ……」

 俺は頬杖をついた。


 これは、元々のストーリーから反れるのを覚悟しないといけないかもしれない。

 

「勇者と認められなかったら、路銀を稼ぎながら旅を続けることになるか」

 俺がぼやくと、ソフィアは「ふふ」と笑った。

「旅芸人として、方々の街であの芸を披露しましょうか」

「ええ……憲兵団にはやたら受けたけど、あれで稼いでいけるかな……」

「私は、いけると思いますよ。伝説の魔剣と勇者の存在は、多くの人にとって憧れでしょうから」

 

 憧れ、か。


 そう言われると、申し訳ない気分になる。

 人々が想像するような強く凛々しい勇者と、あまりにかけ離れた今の自分。腰の魔剣も、はっきり言って抜きたくない。


「……いっそ、勇者と認められない方がいいのかもな」

 つい、そんな言葉が口をついて出た。

 目を丸くするソフィアに、俺は慌てて弁明する。

「あ、いや。別に勇者になるのが嫌だって意味じゃなくて……その、魔剣を使えない俺に勇者を名乗る資格なんてないかなって」

 自嘲気味に言った俺に、ソフィアは怒るでもなく、ただ俺の手をそっと握った。

「それなら、逃げちゃいます?」

「…………」


 そうか、と俺は胸中で深く嘆息した。

 この少女にとって、魔剣の巫女という肩書も、勇者を求め、共に闘う使命も――そして、俺と今一緒にいるこの状況も。

 決して、自ら望んだものではないのだ。


 彼女は……いや、この世界全ては、そもそも俺が考え、生み出したもの。ソフィアの運命も、言ってしまえば俺が押し付けたようなものだ。

 だったらいっそ、そんな呪縛からソフィアを解き放つべきではないか――そんな考えが、心の中で鎌首をもたげる。


 作者として、主人公に転生した以上は主人公として振舞うべきと考えてここまでやってきたが、結果はまるで駄目。運良く生き延びられただけという体たらく。


 ソフィアを守るなら、いっそ彼女の言ったように、勇者を捨ててしまった方がいいのかもしれない。

 そう、どこかの街に居を構えて、何か商売でも始めて。

 ただの平民として細々と暮らしていれば、意外と平和に天寿を全うできるのではないか。

 幻王だって、そんなハイペースで人間を滅ぼしはしないだろうし。

 俺の書いたストーリーからは完全に逸れてしまうが、異世界ほのぼのスローライフも、それはそれで面白そうだ。


 逃げる、か。


 そんな思いに至った俺は、顔を上げてソフィアを見る。

 しかし、彼女の表情は険しいものに変わっていた。

 俺の弱い心を見透かされたか――と思ったが、彼女の視線は店の入口に向けられている。

「どうしたの?」

 俺の問いにソフィアが答えるより早く、背後から声がかけられた。


「これはこれは、幻王四天王を打ち負かした勇者様じゃないか!」

 この嫌らしい声は、忘れるはずもない。

 さっき、俺達にからんできたあの男だ。

 隣には、パートナーの女も薄笑いを浮かべて立っている。

 

「座ってもいいかな?」

 そう言うなり、彼等はこちらの返答も聞かず、俺達のテーブルに腰を下ろした。

 ソフィアは何も言わず、ただ二人に苛立たしげな視線を送っている。怖い。


「……何の用だ?」

 相手にするのも馬鹿らしいが、とりあえず俺はそう訊ねてみた。

 すると男は、

「俺達のパーティに入らないか?」

 いきなり、そんな事を言い出した。

「はあ? 本気で言ってるのか?」

 予期せぬ申し出に、俺は眉根を寄せた。


「本気さ」

 男はにやりと笑うと、声のトーンを落として俺に言った。

「あれだけの大ボラを吹ける人間はなかなかいない。どうだ、俺達と組んで一儲けしよう」


 大ボラって……まあ、かなり盛りはしたが。


「難しい事は言わない。俺が勇者として認められるよう協力しろ。まさかあの書類審査だけで終わるはずはない。この後も試験はあるだろうからな」

「あんた、勇者になりたいのか?」

 すると、男は鼻息も荒くまくし立てた。

「そりゃそうさ! お前達だって同じだろう? 勇者と認められれば、資金も装備も手に入る。旅先でも、勇者を名乗れば方々から援助が受け放題! こんな美味しい身分があるか!」


 男の話を黙って聞いていたソフィアが、そこに口を挟む。

「ですが、その代わりに幻王を倒す使命も背負うのですよ?」

 すると彼等は、一瞬きょとんとした顔を見せ――腹を抱えて笑い出した。


「はははは! おいおい、まさかお前達、本当に勇者になるつもりか!?」

「貴方もしかして、本当に自分が勇者だと思い込んでハーレストまでやって来たの?」

 二人の反応に、ソフィアは嫌悪感を隠さなかった。

「それの何が悪いのですか?」

「くく、図星か!」

 おかしくてたまらないといった調子で、男は言葉を続ける。

「魔剣も勇者も、現実に存在するはずがないだろう! 女神の神託など、ハーレスト王が見た単なる夢に過ぎない!」


「……仮に、お前の言う通り、魔剣も勇者も幻想だとしても」

 こちらを馬鹿にしきった声で話す男に、俺は静かに口を開いた。

「幻王や魔物は、現実に存在する。誰かが、倒さなくちゃならない」

「ああ。確かに、誰かが倒さなければな。だがそんなのは、その『誰か』に任せておけばいい」


 俺は大きく息を吐いた。

 そして、ソフィアをまっすぐ見つめる。

「……ごめん。さっきの話は、聞かなかったことにしてくれ」

 笑って頷くソフィア。


 そして俺は――残っていた料理を一気に口に流し込み、嚥下した。ソフィアも同様に、大きなじゃがいもを丸のまま頬張って、もぐもぐと咀嚼する。


 あっという間に食べ終えた俺達は、共に席を立った。

「悪いが、あんたの申し出はお断りだ。あんたみたいな奴を、間違っても勇者にする訳にはいかない」

 男は不快そうに歯を軋ませ、

「なら、お前が勇者になれるとでも?」

 そう問うた。


 俺とソフィアは顔を見合わせ、互いに笑みを浮かべる。

「言っておいてやる――勇者は、本当にいる」

「ええ。そして魔剣も、本当にあります」

 そして俺達は、何やら喚き散らす彼等にはもう目もくれず、店を後にした。


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