0010.一人称で書いているのに、いきなり三人称に切り替わる
「お? 俺を知ってるのかい。なら話は早ええ。その剣、ちょっと貸してくれや」
オグマは、俺の腰に佩いている魔剣を指差して言った。
「もしかしてそれ、魔剣じゃねえか?」
「い、いえいえ! 私共はただの旅の芸人でございます! これは単なる商売道具でして、そんな大層な物ではございません!」
俺は焦りつつ、すっとぼけることにした。
が。
「そうかそうか、そりゃ残念だなぁ……じゃあ、二人とも死んでくれや。旅の芸人が、こんなところで幻王軍の四天王と出会うなんざ、不運にも程があるがな」
指をぽきぽきと鳴らし、オグマはこちらに近付いてくる。
俺は歯を噛み鳴らした。
この魔剣が本物だろうと偽物だろうと、こいつは俺達を殺すつもりだ。
これまでのように、勇者であることを隠して切り抜けられる状況じゃない。
「……ソフィア。力を貸してくれ」
俺は、さっき思い付いた考えを小声で彼女に話した。
上手く行くかは分からないが、これに賭けるしか、生き残る道はない。
俺は、剣の柄をぐっと握り、オグマを睨み据えた。
「……ほう。やる気になったか」
オグマはにたりと笑うと、虚空に向けて右手を伸ばす。
一瞬の後、その手には古ぼけた槍が握られていた。
「これは、古の『大戦』で使われたという伝説級の武器だ。その名も邪槍リッケンバッカー――その魔剣が偽物なら、剣ごとお前の身体は四散する。覚悟はいいか?」
言われなくても知ってる。その名前も、俺がカッコいいと思って付けたんだよ。
「……覚悟が出来てないって言ったら、見逃してくれるのか?」
鞘に左手を当て、俺は少しずつオグマとの距離を詰めていく。
俺は剣道さえやったことがない。剣術に関しては本当にド素人だ。
しかも、剣で槍に勝つには相手の数倍の力量が必要だと聞いたことがある。
だから勝ち目を見出すには、この魔剣をどうにか振るうしかない。
確かにリッケンバッカーも伝説級の武器だが、それを言うなら、この魔剣フェルナンデスは伝説そのものだ。
武器としてのランクなら、こちらの方が遥かに上。
技術も経験もないなら、武器の強さに頼る。
そんな、おおよそ勇者とは程遠い思考を巡らせながら、俺はぴたりと動きを止めた。
俺の後ろでは、ソフィアがつかず離れずの位置を守っている。
……後は、覚悟を決めるだけだ。
「うおおああああああああ!!!!!!」
俺は叫びを上げると、オグマに向かって突撃しながら、魔剣を一気に引き抜いた。
――何だ、こいつは。
オグマは、剣を振るう青年を見て、思わず呆気に取られた。
その青年は、想像以上に貧弱だった。
構えも身のこなしも、人間の雑兵以下。
ようやく剣を抜いたと思えば、欠伸が出そうな程に遅く、鈍い剣筋。
本物の魔剣と勇者だと、少しでも期待した自分に腹が立った。
本気を出すまでもない。
このノロマな剣をいなし、そのまま眉間に邪槍を突き立てれば、それで終わり。
――それが、オグマの誤算だった。
剣をいなした瞬間、オグマはあまりの手ごたえのなさに、何が起こったのか分からなかった。
槍は、真っ二つに斬られていた。
「……は?」
思わず、間の抜けた声が漏れる。
まさしく、武器としての『格』の違いだった。
いかに歴戦の達人が扱おうとも、振り下ろされる斧の一撃を木箸で受けることはできない。
伝説級の武器と、天空神グレンがその身を変じた魔剣の間には、それ程の開きがあった。
「は、はは……」
すぱりと綺麗に両断された槍の切り口を見ると、オグマは笑いを上げた。
「ははははははははははははは!!!!!」
ただの棒きれと化した槍を投げ捨て、興奮に身体を打ち震わせる。
オグマは、何よりも強い相手との闘争を求めていた。
強者との命を賭けた闘いこそ、彼にとって最高の娯楽であり、生きる意味だった。
そんな彼にとって、人間は弱過ぎた。
一国の軍隊を独りで相手取っても、闘争への渇きは満たされない。
弱者をただ葬る行為は、彼にとっては部屋の埃を掃き捨てるのと同じことだった。
しかし彼は、遂に出会った。
生きるか死ぬか、互いに命を奪い合えるだけの人間を。
「遂に! 遂に見つけたぜぇ! 相手に取って不足なし! お前こそ、俺が恋焦がれた伝説の勇者! さあ、存分に殺し合お――」
その言葉が、途中で止まる。
勇者は――オグマがその力を認め、命を削る闘争を始めようと胸を躍らせていた勇者は、
「や゛あ゛っ゛ばり゛い゛だあ゛あ゛あ゛あ゛い゛い゛!!!!!」
泣き叫びながら、その魔剣も鞘も放り投げていた。
俺の投げた魔剣を素早く拾い上げ、ソフィアは同様に投げ捨てた鞘に納め、俺の脇に走り寄ってきた。
俺の提案通りの動きだ。
剣を引き抜いた時の一太刀だけならば、痛みに耐えられない俺でも魔剣を振るえる。
その後、すぐに魔剣も鞘も捨てて、ソフィアに拾ってもらい、再び鞘に収まった状態で俺が魔剣を手にする――これが、俺の編み出した魔剣の運用手順だ。
この手順で、二撃、三撃と繋いでいくつもりだったが――俺の身体は痛みへの恐怖により、そんなどころではなくなっていた。
「トウマ様、大丈夫ですか!?」
「えっ、う、えっ……」
痛みは消えたが、えずきがなかなか収まらない。
「……おい」
そこに、槍を折られたオグマが近寄ってくる。
「何泣いてんだ? さあ、殺し合おうぜ」
「ぢょっど……ぢょっど待っでぐだざい……」
涙と鼻水でぐちょぐちょの俺は、まともに発声することもできない。
そんな俺をかばうように、ソフィアが両手を広げて一歩前に踏み出した。
「トウマ様は、魔剣の代償を受けてまだ闘える状況ではありません!」
「はぁ?」
「魔剣フェルナンデスは、その絶大なる力と引き換えに、振るう者に激痛を与えるのです。痛みの記憶が鮮明な状態では、トウマ様は剣を振るえません!」
オグマの口から、呆れ果てたとばかりの溜息が漏れ出る。
「おいお前! 勇者なんだろ!? 多少の痛みぐらい、気合でどうにかしやがれ!」
その言葉に、痛みの記憶が飛んだ。
どうしてこういうタイプは、気合だのやる気だのでどうにかなると思ってるんだ。
「おら立てよ! 気合入れろ勇者!」
「うるせえ……」
「あぁん?」
俺は鼻水を拭うと、オグマに言い返す。
「うるせえって言ってるだろ! 気合でどうにかなる痛みじゃねーんだ! あと勇者だってただの人間なんだよ! 痛いもんは痛いんだ!!」
「んだとぉ? だったら使える奴にその魔剣を渡せばいいじゃねえか!」
「残念でしたー! 魔剣は勇者トウマにしか抜けませんー! 俺にしか使えない武器なんですー!」
「お前にも使えてねえだろうが!」
「う……うるせえバーカ!」
「あ、あの……」
ソフィアは困ったように、口喧嘩を始めた俺とオグマへ交互に視線を向けている。
「大体、どうして魔剣を使いこなせない奴が勇者になったんだよ!?」
「そんなの知るか! 俺を呼んだのは女神だ! 女神に聞いてこいやクソが!!」
「お二人とも、やめてくださいっ!」
ソフィアの大声に、俺もオズマも言葉を止めた。
「トウマ様、落ち着いてください。四天王と言い争いなどしても、何の解決にもなりません」
「う、うん……」
母親に叱られる子供のように、俺はばつの悪い思いでうつむいた。
次にソフィアは、オグマをきっ、と睨み付ける。
「……四天王、オグマ。貴方の武器は、先程トウマ様によって破壊されました。ここは、退いた方がよろしいのでは?」
「あぁ? あんな武器なんて無くても俺は闘えるが……」
と、そこでオグマは、何かを思い付いたように顎に手を当てた。
「その魔剣、痛みが辛くて振るえねえって言ったよな? だったら、痛覚遮断の魔法を使えばいいじゃねえか」
「……え?」
俺は眉間に皺を刻んだ。
そんな都合のいい魔法があるのか?
「そんな魔法、あるの?」
ソフィアに問いかけるも、彼女も首を傾げるばかりだ。
「ああ、そうか。ニンフ共の魔法だから、人間は知らねえんだな。この大陸の最東端、ネヘレニアってとこにあるはずだ」
「……マジで?」
その魔法を使えば、代償の痛みを感じずに魔剣を使えるかもしれない。
「ソフィア! 探しに行こう!」
「はい、トウマ様!」
隣に四天王がいるのも忘れ、俺達は肩を叩いて喜び合った。
そんな様子を、オグマは肩をすくめて見つめている。
「やれやれ。とんだ勇者様だぜ」
そして、俺の鼻先に指を突き付けて言った。
「だがな、その魔剣を振るえるのがお前だけな以上、俺としちゃ、この渇きをお前に潤してもらうしかねえんだ。必ず、魔剣を使えるようになれよ」
「お、おう……」
おや、この展開は、まさか……
そしてオグマは、くるりと俺達に背を向けた。
「次に会う時には、心行くまで殺し合えるのを祈ってるぜ。あと、少しは剣技も学べ。そこらのガキの方が、まだまともに剣を振るえるぞ」
「……うるせえな」
オグマは「へへっ」と笑いを漏らすと、霧のように姿を消した。
「……はあ」
どうにか、今回も命拾いしたようだ。
しかし、俺がこの世界に転生してからまだ四日も経ってないんだぞ? どうして四天王まで出てくるんだよ……
「トウマ様! やりましたね! 四天王の武器を一撃で破壊するお手並み、さすがの一言です!」
そしてやっぱり、ソフィアは俺を褒め称えてくる。
「いや、完全にこの魔剣のおかげだから……」
だが、痛覚遮断の魔法の存在を知れたのは、大きな収穫だ。
そんな魔法、俺の考えた設定には存在してないが、もし本当にそんな魔法を手に入れられたなら、俺でもこの魔剣を扱えるようになる。
そうしたら、俺は本当に無敵の勇者になれる。
ようやく、前途に希望が見えてきた。
俺は浮足立つ心を抑え、ソフィアに訊ねた。
「ネヘレニアって言ってたよな、確か」
「ええ。オグマの言う通り、この大陸の最東端にある国の名前です」
「ちなみにそこって、ここからどれぐらい?」
すると、ソフィアは荷物の中から古びた地図を取り出した。
「ハーレスト王国がここで……ネヘレニアは、ここですね」
「大陸の端と端じゃん!」
ソフィアはにこりと笑って言った。
「ですので、徒歩で向かうなら三年程かかります」
「さ、三年……」
俺は、ばたんと倒れ伏した。
「と、トウマ様っ!?」
高揚していた気分が、また一気にどん底まで落ち込んだ。
どうやらこの世界は、本気で俺に無双させるつもりがないらしい……




