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0001.投稿したらすぐに高評価が付くと思いがち

 運悪く、俺達は魔物の群れとかち合ってしまった。

 その数、10を下らない。

 キマイラ達は「ぐるる」と唸りを上げながら、飛びかかるタイミングをうかがっているようだ。


「……どうしますか、トウマ様」

 険しい表情で、魔剣の巫女――ソフィアがこちらに訊ねてきた。

 俺は努めて冷静に思考を巡らせ、そしてソフィアを安心させるように、微笑んで言った。

「落ち着け、ソフィア。こういう時は当然――」

 そして俺は彼女の手を取り、

「逃げるんだよぉぉぉっ!」

 回れ右して、全速力で駆け出した。

 キマイラの咆哮を背中に受け、狭い木々の間をすりぬけるようにとにかく走る。走る。


逃げ続ける事、30分。

魔物達はようやく、追うのを諦めてくれたようだ。

「はあ、はあ……」

 荒い息で、俺はその場にへたり込む。

「だ、誰だ……」

疲労困憊ながらも、俺は叫ばずにいられなかった。

「誰だこんなクソラノベ書いた奴はああっっ!!!」



 これは、俺が真の勇者になるまでの――いや、見栄を張るのはやめよう。

 これは……自分の小説の主人公に転生した俺が、無双すら出来ず、それでもどうにか生き延びようともがき続ける物語だ。

 クールで無敵の主人公なんて、この世界には存在しない。

期待外れだとがっかりした奴は、そっとブラウザの『戻る』を押すといい。

でも感想には『最高に面白い!! 書籍化したら絶対買う!!』とか書いてくれ。頼んだぞ。





「……投稿、と」

 マウスをクリックすると、画面が投稿済に切り替わった。

ふと、初回投稿日を確認する。日付は五年前。

この五年間、俺は来る日も来る日もひたすら書き続けていた。

そして今日、遂に文字数は100万文字を突破した。

「おめでとう、俺! さあ、今夜はお祝いだ!」

 自分を鼓舞するように大声を上げて、いそいそと宴の準備を始める。ちょっと高めのワインとローストチキン。どちらも高級スーパーで買って来た。そしてケーキ。1ホールのショートケーキだ。お祝いだからな。

 ロウソクを適当に差し、火を点けていく。10本も貰ったから、これだけで一苦労だ。

 ノートPCをテーブルの端にどかして料理を並べると、俺はレンジで温めたチキンにかぶりついた。

 そして、すぐさまワインを喉に流し込む。


 ああ、旨い。


 ワインを注ぎ足すと、俺はまた鶏肉を掴み上げ、嚙みついた。


 呑み始めてから30分もしない内に、酔いが回ってきた。何だか世界がふわふわしてる気がする。

 ケーキに灯るロウソクの光をぼんやりと眺めながら、ふと俺は呟いた。

「100万字、か……」

 その瞬間、涙が溢れてきた。

 ダメだ、泣くな。今日はお祝いなんだぞ――そう自分に言い聞かせるが、流れ出した涙はもう止まらなかった。

 文字数、100万字突破。話数、300話超え。

 そして評価0、感想0、ブックマーク0。

 それが、俺の小説だった。



 俺が執筆を始めたきっかけは、一冊の文庫本だった。

ただ表紙の女の子が好みだったというだけで、中身も見ずに買ったライトノベル。

 正直言って、面白くなかった。

 どこかで見たようなストーリー、どこにでもいるような新味のないキャラクター。

 そして俺は思った。


 ――これなら、俺が書いた方がずっと面白いだろ。


 俺は執筆を開始した。

このレベルの小説が書籍化されているなら、俺の書く物が評価されないはずがない。そう確信していた。

 寝る間も惜しんで、俺はキャラクターを考え、設定を作り込んだ。

 俺の考えた究極にカッコいい主人公。最高に可愛いヒロイン。壮大な世界観。王道を外さず、しかし読者が息を呑むようなストーリー。


 二週間かけて3万字を書き上げた俺は、それを10話に分割して意気揚々と小説投稿サイトに一括投稿し、床に着いた。


 翌日の朝。

 間違いなく高評価が付いているだろう。感想も数十件は書かれているに違いない。いや、それどころかもう、出版社から書籍化の打診が来てるかも――

 期待と興奮に胸を躍らせながらサイトを開いた時の事は、今でも鮮明に覚えている。

「…………え?」

 感想やブックマークどころか、1ポイントの評価さえ、入っていなかった。

 俺は震えながら、閲覧数を確認した。


 17件。


 ;・;:::::¥

最高でも17人にしか、俺の渾身の作品は読まれていなかった。

 何かの間違いだと思った。俺はブラウザを更新し、閉じてはまた開き、更にはPCやルータの再起動まで試みた。

 当然、結果は変わらなかった。


 ここで筆を折っていれば、あるいは違った人生を歩めていたのかもしれない。

だが、俺は書いた。書き続けた。

 このまま執筆を止めてしまったら、自分の小説の評価が確定してしまう。

 だから俺は、書くことを選んだ。

冷酷で厳然たる評価から、目を背ける為に。


一日の閲覧数は変わらず一桁止まり。一人にすら読まれない日もあった。 でも書き続けてさえいれば、いつか誰かの目に留まり、そこから評価が急上昇するはずだと信じていた。


 タイトルやあらすじは何度も書き直した。

 構想を練ると言って、数か月更新を止めた事もあった。

 評価をください、感想ください、ブクマ付けてくださいと、恥も外聞もなくあとがきに書き記しもした。

 でも、全ては徒労に終わった。


 書籍化という目標は、やがてブックマーク100件に、そして50件、10件と下がっていった。

 それでも目標を達成できないまま話数はどんどん増えていき、遂に今日、文字数は100万字を超えた。


 ……こんなはずじゃなかった。


 今頃俺は、数万の評価を得て華々しい作家デビューを果たし、仕事の合間を縫って編集者やコミカライズ担当の漫画家との打ち合わせをしているはずだった。


 なみなみと注いだワインを、一気に飲み干す。

「畜生……畜生……」

 いつしか、俺は床に寝そべったまま、眠ってしまった。


 ――だから、乱雑に差したロウソクが床に落ち、カーペットを焦がし始めたのにも、全く気付かなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の悔し涙に同情しました。 私も似たような者ですし。 100万字300話投稿は凄い事なのですが、本人はなかなか体感、理解出来ない不思議。
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