騎士テンバー 騎士アーガ
騎士テンバー
この若く無邪気な騎士のことを書くとなると、どうしても複雑な思いがよぎらざるを得ぬ。だが、書かねばなるまい。
テンバー。この男は、当代で最も優れた騎士の一人であった。
テンバーは若くして頭角を現したが、騎士になった当時から大きな期待をされていたわけではない。むしろ、なぜあんな男を騎士にしたのかという声の方が大きかったほどだ。
緊張感のない態度、責任感に欠ける軽薄な言動、この男には騎士として最も重要な精神的資質がないのではないかと多くの人間が疑っていた。今となっては恥ずかしい話だが、俺もそう思っていた一人だ。
同年代の騎士である、ゴーシュやハードのほうがテンバーよりもよほど期待されていた。
だが、シエラでの武術大会に出場する選手を決めるナーセリ国内での試合で、テンバーは並み居る騎士を押しのけてその座を掴んだ。
人が変わったような強さで、というわけではもちろんない。
ふわふわと緊張感のない、相変わらずの戦いぶりで、その癖いつの間にか自分のペースを握って勝ちを収めている。どの試合もそんな風であった。
しかし、それで皆のテンバーへの評価が一変したわけではない。
肝心の武術大会本番では、一回戦でシエラの若手騎士に苦もなくひねられてしまったからだ。
やはりこんな男を選手にするべきではなかったという声もあった。だがこの男はそんな評価をまるで気にしなかった。いや、もしかしたら気にしていたのかもしれぬが、それは今となっては誰にも分からぬことだ。
とにかくテンバーは武術大会の結果に恥じる様子もなく、その後も飄々と魔人と戦い続けた。そしていつの間にか、その年に斬った魔人の数はナーセリでも三本の指に入るほどになっていた。
俺は残念ながら、その頃のテンバーの剣を見ておらぬ。しかし、ユリウスによれば、おそらく武術大会当時からテンバーがやろうとしていたこと、それが格段にはっきりとしていたと。
言うならば、変幻自在。飄々としたあの男らしく、相手を煙に巻くように気を逸らし、気勢を削ぎ、不意を突く。そんな掴みどころのない剣であったという。
そして魔王“詩人”との戦いで、テンバーは見事にその役割を果たした。ユリウスの心臓目がけて光の槍を放つ寸前であった魔王の肩を切り裂き、ユリウスに反撃の暇を与えたのはこの男の功績だ。だがその時にはもうテンバーの生命の炎は燃え尽きていた。
最後まで、騎士らしく勇ましいことを言うことはなかった。だが、己が紛れもなく勇敢な騎士であるということを、言葉ではなく行動で示したのだ。
その通り、騎士は口舌の徒ではない。テンバー、貴公は正しかった。
ご婦人方にもてることを何よりの楽しみにしているところがあった。ナーセリでもシエラでも、ご婦人の集まるところには喜んで顔を出していたものだ。訓練にはいやいやという態で来るくせにな。そういうところも評判の良くなかった原因の一つであろう。
だが本人の希望ほどにはもてなかったようだ。シエラで知り合った向こうのご令嬢ともいつの間にやら切れてしまったようで、魔王と戦う頃には新たな出会いを模索していたそうだ。死ぬ前に、一度くらいは希望通りの楽しい思いをさせてやりたかったと、今にして思う。もう間に合いはせぬのにな。
テンバーの言葉を二つほど紹介しよう。
「魔王を討った騎士となれば、女性にももてるでしょうな。今から楽しみです」
テンバーらしい言葉よ。ふふ。魔王との戦いを前にして、こんなことを言える騎士が他にいようか。もしも俺が目の前で聞いていたら苦々しい顔をしていただろうが、今こうして聞くと、微笑ましくてならぬ。本当にもてさせてやりたかったものだ。
「なるようにしかならぬと、いつもそう思って生きておりますので」
単なるお調子者ではないテンバーの精神的な強さが現れている言葉であろう。テンバーは他人からの評価に一喜一憂せずに淡々と己の役割を果たした。ご婦人の評価にはいつも一喜一憂していた癖にな。
騎士アーガ
ナーセリ第一の騎士、アーガを紹介しよう。
アーガは、俺と同年代の騎士だ。ユリウスよりも少し年長のグループに属する。
二体の魔王が出現した当時は、ナーセリ第一の騎士の座にいた。
落ち着いた物腰、冷静な判断力、的確な指導力と周囲の意見を汲むことのできる度量。いつの間にここまで差がついたのかは分からぬが、この男は俺にはないものをいくつも持っていた。
上に挙げたテンバーとはまるで正反対、騎士として正しき振る舞い、正しき言動しかせぬような男であった。
その剣は、まさに正道。堅実で隙がない。教科書通りの剣がどういうものか知りたくば、まずはアーガの剣を見よ、とはナーセリ王が仰せになった言葉だ。
誰もがアーガの実力を認めていた。剣だけであれば、もしかしたらユリウスの方がわずかに上であったかもしれぬ。しかし、アーガをナーセリ第一の騎士とすることに異論のある者は誰もいなかった。
アーガには、細君と息子がいた。幼い息子を残して魔王討伐に向かう際、アーガは、おそらく生きては帰れぬ、と細君にだけは言い残したそうだ。
ほかの騎士、ユリウスに対してすらアーガが弱音を吐くことはなかった。それが、第一の騎士となる者の宿命なのかもしれぬ。
だが、アーガとて人間であった。アーガが唯一本音を吐露できた相手が、細君だったのかもしれぬ。細君は、アーガとは幼馴染で、大恋愛の末に結ばれたのだという噂は聞いておる。謹厳なあの男からは想像もつかぬ、情熱的な恋愛であったとか。
だが、詳しくは知らぬ。細君ももう語らぬであろう。思い出は、二人だけのものだ。そっとしておこう。
アーガは、その生涯を通じて多くの魔人を斬った。武術大会での優勝経験もある。そして、魔王“詩人”討伐のリーダーを務め、己の生命を賭してその役目を全うした。
高潔な遺志は、ユリウスへと引き継がれた。未来へと続くナーセリの騎士の礎を作った偉大な騎士であった。
アーガの言葉もいくつか紹介しておこう。
「歓待はありがたい。だが、もしも我らが大会でシエラの騎士を完膚なきまでに破って、最後の二日間、我らナーセリの騎士だけの試合が続いたとしたら、どうなったかな。我々はそういう気概でナーセリを出たのではなかったか、ユリウス」
これぞアーガ、という言葉だな。ふふふ。シエラの武術大会でラクレウスに優勝をかっさらわれ、帰国する際にユリウスに言った言葉だそうだ。アーガはいつでも正しく騎士であった。
「魔王“詩人”よ。我らナーセリの騎士が、貴様を討ち果たしに来たぞ」
騎士としての生命を燃やす、その瞬間の言葉であろう。アーガ、そのまま燃え尽きることのできた貴公が羨ましくもあり、哀しくもあるよ。
「最後まで騎士として生きられて、良かった」
死のその時まで、アーガは家族のことは一切口にしなかった。最後まで騎士として、とはあの男にとってそういう意味であったのだろう。その命を公に捧げ尽くして、アーガは逝った。