騎士ラクレウス
シエラ第一の騎士ラクレウスについてここで語るのは、公にできぬ諸般の事情から気が引ける。だが、真の騎士たるこの男の名誉のためにも、できる限りのことは書くとしよう。
ラクレウスは騎士として実に恵まれた身体をしていた。ユリウスと同じくらいの長身、しかもユリウスと違い、この男の体躯はがっしりとしていて、見た目からして威厳と貫禄は充分であった。俺がこの男と対峙したときは、いつも上から稲妻のような剣が降ってきたものだ。厄介極まりなかったな。
ラクレウスはこの当時、シエラでは他から抜きんでた圧倒的な力を持つ騎士であった。特に、シエラでの武術大会で優勝した際のこの男は、もう手が付けられぬくらいに強かった。二回戦で接戦の末にユリウスを下すと、そのまま決勝でアーガを下すまで、ほとんど苦戦らしい苦戦もしなかった。
あれだけの戦いを見せられたのだから、シエラの国民の間で英雄として崇拝に近い感情を抱かれていたのも当然というものよ。
とはいえ、それで驕り高ぶるようなことはなかった。ラクレウスは、快活で飾り気のない男であった。俺は他国の騎士との共闘を好かぬが、その俺でさえも、この男と一緒であれば悪くはなかろうと思う程度には、気さくな人間であった。
己の強さを鼻にかけるようなところはなく、だが騎士としての自負と責任感は人一倍持ち合わせていた。そういう面は、ユリウスに似ているのかもしれぬ。性格だけ見れば正反対のような二人だが、好敵手として認め合っていたのには、やはり生き方の根底に通ずるものがあったのであろう。
妹や弟のことを心配する優しい兄としての一面もあったようだ。幼少時に病弱であった妹のカタリーナ嬢のことを特に気にかけていたようだ。カタリーナ嬢の方でも、この勇敢で豪快な兄のことを心から尊敬していたようだ。
妹を置いていくのは、心残りであったかもしれぬ。だがそこについては、今は伴侶としてあのユリウスが傍らにいるのだ。もう心配は要るまい。
ラクレウスの剣の特徴は、何と言ってもその剛剣だ。並大抵の騎士が相手であれば、受けた剣ごと吹き飛ばしてしまうような凄まじい剣だ。そんじょそこらの魔人など相手にもなるまい。それゆえ、ユリウスとの試合はいつも面白かった。まるで違う性質の剣を極めた者同士の戦いが、面白くないわけがあるまい。どうせ俺には到達できぬ次元での戦いだ。嫉妬も起きぬ。
だが、コキアス殿によれば、ナーセリでの武術大会でユリウスに敗れるまでは、その豪快な性格のとおりにいい加減なところも多分にあったらしい。武術大会でユリウスに敗れてから、人が変わったように剣に真摯に取り組むようになったのだとか。それが、シエラでの優勝に繋がったのであろうな。鍛錬は己を決して裏切らぬ。
だがラクレウスはあまりに強きゆえに、そう、シエラではただ一人突出した強さを持っていたがゆえに、その両肩にあまりに重い責務を背負ってしまった。その先のことは言うまい。とにかく、俺に言えるのは、このラクレウスという男は、ユリウスさえも及ばぬほどのまっすぐな馬鹿であったということだ。馬鹿というのは、騎士にとっては誉め言葉だ。つまりラクレウスは馬鹿の中の馬鹿、騎士の中の騎士、紛うことなき真の騎士であった。
ラクレウスの言葉もいくつか拾遺している。
「大会の優勝は無論、名誉なことだが、最も誇らしいのは、貴公に勝てたことだ」
武術大会の後の宴席で、ユリウスに言った言葉だそうだ。ラクレウスの性格からして、これは世辞ではあるまい。実際に、ラクレウスはユリウスに勝つために二年間、己を鍛え続けたのだからな。
「ありったけの明かりをここに。魔人どもとの戦いは、騎士ラクレウスと騎士ユリウスが引き受ける」
国境の街ドルメラでユリウスとともに四体の魔人を迎え撃った時の言葉だそうだ。ここにもユリウスとの信頼関係が窺える。好敵手と肩を並べて戦うのは、さぞ心が躍ったことであろう。
「ああ、心配事が消えた。妹の婿殿は騎士の中の騎士であったわ」
この言葉は、俺も聞いていた。このときのラクレウスは、実に清々しい笑顔であったよ。




