騎士ユリウス
当代の騎士としては、やはりまずはこの男の名を挙げねばなるまい。
ユリウスはもともとナーセリでも屈指の騎士であった。ナーセリとシエラの両国で開催される武術大会にも都合四度出場し、準優勝した経験もある。
騎士を志したきっかけは、幼きときに、騎士としても高名であった王子から直接にお声を掛けられ、それに感激したためだという。
そう、その王子というのが今のナーセリ王のことだ。王は今でも頑健でいらっしゃるが、その当時、魔王“片目”を討ったころというのは、気力体力ともに充実し、それはもう、勇猛なお姿であった。
ユリウスを含む多くの騎士たちが、そのお姿に魅了され、騎士を目指したのだ。俺とてそうだ。
うむ、王の話は今はいいな。ユリウスの話であった。
ユリウスの剣の特徴は、そのしなやかな受けだ。長身とはいえ瘦身で、決して力が強いようには見えぬユリウスだが、力に任せて打ち込んでも決して打ち破ることはできぬ。そう、いつかの戦いでシエラのコキアス殿がユリウスの剣を「水」と評していたが、言い得て妙というもの。斬ろうとて斬れぬ水のように、ユリウスの剣はこちらの剣を絶妙に受け流してくる。あの男と戦うのは実に骨が折れたものよ。
だが、無論ユリウスは受けの技術だけで、この数多の騎士ひしめくナーセリで第一の騎士と呼ばれるようになったわけではない。
攻撃に転じれば、一転して果敢にして苛烈。その細い身体のどこにそのような力が、と目を疑うような攻撃を打ってくる。
身体の使い方が上手いのだ。剣に、己の体重を実にうまく乗せる。魔騎士との戦いでの攻撃は、いまだこの片目に焼き付いておる。俺もずいぶん色々な騎士の剣を見てきたが、後にも先にもあの時のユリウスの剣ほどに凄まじい剣を見たことはない。
ユリウスの剣は言うならば、柔と剛の両方を併せ持つ、騎士として理想的な剣といってよいであろう。
そして、ユリウスを騎士の中の騎士たらしめているのが、その高潔な人柄であろう。
騎士は皆、約束を大事にするものだが、この男ほどそれを徹底している騎士を俺は他に知らぬ。どんな相手との、どんな些細な約束でもきちんと守ろうとする。
ただでさえ過酷な騎士としての生活の中にあって、それは自ら無駄な苦労を背負い込むようなものではないかと思っていたのだが、実はそのユリウスの姿勢こそが、決して折れぬ強い心を生んでいるのだと、俺もようやく気付いた。
かといって、俺に真似できるものでもないのだがな。
カタリーナ嬢が遠く隣国にありながらユリウスに惹かれたのも、それが最大の理由であろうと思うよ。
良く言えば高潔、悪く言えば真面目な堅物であったので、難点は面白みに欠ける事であったが、カタリーナ嬢と出会ってからは柔らかさも増えた。穏やかに笑うことが多くなった気がするな。
そんなユリウスの弱点はあれだ、とにかく文章が下手なことだ。
俺とて、さしてうまくはないが、この男は別格だ。一度何かの手紙を読んだことがあるが、腹がよじれるかと思った。
カタリーナ嬢と手紙をずいぶんやり取りして、上達したと聞いていたが、剣と違って完全に身に付いたわけではなかったようだ。現にこうして俺が代わりを務めておる。
だがあの妙な文章、あれはあれでこの男の人柄の表れた良いものであったと思うよ。
さて、こたびの戦いに関連してユリウスの言った言葉をいくつか拾遺しておるので、紹介する。
「完敗だった。ナーセリに帰ってまた二年間、研鑽を積むこととするよ」
シエラでの武術大会後の宴席において、ラクレウスに言った言葉だそうだ。あのユリウスが珍しく負けを認めている。この二人は、国こそ違えど良き好敵手であった。
「また魔人が出たならば、その時はどうか私にご命令を。私はそのために鍛えられた一振りの剣。王と国のために戦うことこそが望みなのです」
ナーセリ王への言葉だそうだ。ユリウスの騎士としての姿勢が良く表れた言葉である。無論、騎士は皆このように思っているのだが、ユリウスの場合は特にそれが顕著であった。
「そうはいってもな。私はジャムを作らぬし」
何の話だ。俺も作らぬ。
「あなたを離したくないのです」
これはカタリーナ嬢に結婚を申し込むときの言葉だそうだ。まさかあのユリウスが婦人にこんなことを言うとはな。まあ、あの男らしいまっすぐな言葉だと思うよ。
「言葉で騎士は倒せぬ」
ナーセリに現れた言葉を操る魔王“詩人”に対峙した際に、ユリウスが言い放った言葉だそうだ。その通り、我ら騎士は口舌の徒ではないからな。言葉で倒されるわけにはいかぬ。
「己の目が濁ったものしか映さぬのを、世界のせいにするな」
ある魔騎士との戦いで、ユリウスの言った言葉だ。世界が美しいということ。それをいつの間にか、ユリウスはまっすぐに、揺るぎなく信じていた。その信念の源泉はまさにカタリーナ嬢との交流にあったのだそうだ。それゆえ、魔騎士の挑発にも愚弄にも心を動かされなかった。それが最後の勝利に繋がったのだ。