彼と同じ本を買ってみた【好感度B】
この世界では「姓+名前」の命名方式です。
リリィは「生まれた家の姓+母の姓+名前」になっています。
ちなみにもう少し後の時系列では母の家を継ぐ事で名前が若干変わります。
星歴1235年。
私、レム・ミアガラッハ・リリアーナはナダ共和国の首都ノウムベリアーノに住む20歳。
この街で『ミアガラッハ猟団』の団長をしているが主な仕事はもっぱら事務仕事だ。
「何か本買おうかな……」
仕事終わりにふと思い立って書店に立ち寄った。
本は好き。様々な知識を得ることが出来るから。
人づてにも聞くことが出来るが要らない話が入る事もある。
本なら簡潔に知識を得ることが出来て効率がいいから……
「いやいや、何であいつがここにいるのよ……」
店で見かけた知った顔に思わずため息が漏れた。
彼の名はユリウス。
学生時代からの腐れ縁で『ミアガラッハ猟団』の副団長。
ついでに言うと私にずっとアプローチをしてくる困った奴だ。
私は男性が苦手だ。
だから、ユリウスの告白はすべて断ってきた。
昔は色々あったが悪い人じゃない。
顔も良いし、家もお金持ちだ。
だからきっといい人が見つかるはずだ。
それなのに彼ときたら凝りもせず私をデートに誘ったりするのだから全く……
まあ、確かにこいつが居るおかげで男性客との交渉とかもスムーズに対応できるし色々と助かっている所はある。
そんな彼だからこそ私なんかにこだわらず次へ行って欲しい。
私はきっとあなたと触れ合えない。
子どもだってきっと望めないよ?
だから……ね?
本棚の陰に隠れながらそんな事を考え彼の様子をうかがった。
すると彼は何かを見つけたようで平積みされた本を1冊手に取ると精算に向かっていた。
どんな本を買ったのだろうか?
ちょっと……気になる。
ユリウスが書店から出ていったのを確認すると私は彼が立っていた辺りに行く。
平積みされていた本『騎士オスカーの剣』を手に取ってみる。
「小説か……結構、分厚いわね」
要するに創作物語。
あいつ、こういうものが好きなのね……
小さい頃に童話とかはよく読んだけど作り物の物語はある程度の年齢で読まなくなった。
現実はお話の様に上手くはいかない。
学生時代に嫌という程思い知らされたのだ。
「平積みされているって事は人気なのよね。ということはそこそこ面白い読み物と考えていいのかしらね……」
私としては純粋な知識を学ぶことが出来る本が好きだ。
とは言えそれだけに固執せず世間で人気のある小説がどんなものであるか知るのも悪くないかもしれない。
別にあいつが買ったものだから興味を持ったとかそういうものではない。
だって、そんな動機だと私がまるであいつが読んでいたものが気になっているって事になる。
更に考える。
そうだ、母様は騎士の家系だ。
ミアガラッハ家はかつて王に仕える騎士だったという。
それ即ちこれは騎士というものが何たるかを知る為の勉強なのだ。
「よし」
私は納得し、清算に向かった。
□
「おはよう、リリィ君。何だか随分と眠たそうだね?」
「いや、ちょっと寝不足というか……」
何という事だろう。
食事の後で何気なく読んでみた『オスカーの剣』。
とりあえず1章まで読んで休もうと思っていたのだが1章を読み終えた後、続きが気になってしまった。
野盗に囲まれてしまったオスカーはどうなってしまうのであろうか?
そんな事を考え、『あと1章』とページをめくる。
するとどうだろう。ヒロインであるララがオスカーへの想いを秘めたまま彼のもとを去ろうと決意するのだ。
待って、あなたそれでいいの?ちょっとどうなるの!?
というわけで私は更にページをめくり続け結局のところ全てを読み終えてしまった。
気づいた時には朝日が昇り始めており思わず顔が引きつったものだ。
「何だって、寝不足だと!?一体、何があったというのだい!?何か悩みがあるなら僕が聞こうじゃないか!!」
「だ、誰の……誰のせいだと思っているのよ!ユリウス、あんたのせいで昨夜は一睡もできなかったじゃない!!」
「えぇっ!?」
私の言葉に周囲が騒然となる。
ウチには女性が多いのだがあちこちから『きゃー』『マジで、やっぱりあのふたりって』など声が聞こえてくる。
何が『きゃー』なのだろうか?
「こうなったら責任取りなさい!」
「せ、責任!?ま、待ってくれ、身に覚えが、身に覚えがないぞ!?」
「うるさいっ!!」
私はユリウスの腕を掴むとミーティングルームに連れ込んだ。
周囲から『え、まさかここで続きを?』『団長って意外にも肉食系?』
など聞こえてくるが正直寝不足で頭が働いていないからその意味もよく分からない。
「リリィ君、落ち着いて!一体僕が何をやらかしたというのだ!!」
「オスカーよ!何なのあの本は!!」
「えっとオスカーって『騎士オスカーの剣』のことかい?君も読者だったのか」
「何であいつはああも鈍いのよ!ララがかわいそうじゃないの」
「ああ、ああ。その通りだな。オスカーは清廉な騎士だが鈍くてヤキモキするところが多々ある」
「でしょ?」
「あの、それは良いとして何故僕のせいだと……」
「そんな事はどうでもいい!」
我ながら無茶苦茶な事を言っている気がする。
「私が知りたいのは他のシリーズについて。あの本の書き方からして前にも話があるのはわかったわ。どんなタイトルがあるの?教えなさい。でないと気になって仕方が無いわ!!」
「ええと……確かにあの話の前に3巻あるがもしよければ貸そうか?」
「勿論!!」
「しかしまさか君と僕が同じ本を読んでいるとは……だがあの本は昨日発売だったはずだが……君も書店に居たのかい?」
「え、ええと……そうね、偶然ね。偶然面白そうな本を見つけて、それでね。うん」
「そうか。だが、読書仲間が出来て嬉しいよ。また色々話そう」
「え、ええ……」
この後、ミーティングルームから出ると何故か好奇の視線が私達に注がれていた。
そして午前中、私は盛大に居眠りをしてしまい書類に涎の後を残してしまった。