薄桃色の集まり
放課後、図書館に着くとそこにはニコニコと満面の笑みを浮かべたギルバートが待っていた。他には生徒が居ないのか、静まりかえっている。
僕が鞄を図書館の机に置くと、ギルバートは目を細めて笑う。
「さぁてぇ。どこから手をつけようかなぁ。僕は調べ物もだけどぉ、スレイくんのことをもっと知りたいなぁ」
「嫌です。知っても面白い事はありません」
ギルバートの言葉を遮りきっぱりと断る。するとギルバートは少し驚いたような顔をした後また笑顔に戻った。
「ふぅん。ねぇねぇ!スレイくんって、もう人を殺したことってあるぅ?」
「…はぁ。何でそんな事を聞くんですか?」
「えぇ?単なる雑談だよぉ。僕は間接的にだけど、人を殺した事はあるよぉ」
明け透けなギルバートの言葉に思わずぎょっとする。直接的にはなくとも、経験があるとはどういうことだ。
「あはっ!そんなに驚かなくてもいいんじゃない?僕だって貴族なんだから、殺したくて殺すんじゃなくてぇ、殺さないと殺される場面もあるんだよぉ」
「それは…そうかも知れませんが」
クスクスと笑いながらも彼の目は何も映しておらず、相変わらず何を考えているのかわからない。
「例えばほら、暗殺とかぁ。ま、僕の場合は返り討ちにしてあげた、って感じだけどねぇ?」
確かに現在の宰相の第一子であるギルバートなら、政治的な利用や恨みを買って命を狙われるような、そういうこともあるかもしれない。
……ギルバートの顔を見るが、ニコニコと笑っていても目はいつも通りに笑っていない。単なる雑談にしては趣味が悪いが、この人の行動に関しては深く考えない方が良いだろう。
「……ありますよ。僕も同じように直接ではありませんが」
「へぇ〜?まぁたしかに、レジーナちゃんを婚約取り消しにしたシオンくんを殺してない訳だし、そんなもんか〜」
「貴方は僕を何だと思ってるんですか」
「えぇ?可愛くて真面目な後輩くんだと思ってるよぉ〜?」
結局ギルバートに自分のことを話してしまったと気づいて、はぁとため息を吐く。殺したなどと聞いてくると言う事は彼が知りたいことは、あの人のことだろう。
「……孤児院の山姥のことですよね」
「あ、わかるぅ?やっぱスレイくんってあそこの足抜けだよねぇ?」
「…足抜けというわけでは…暗殺なんて物騒な事を言われれば分かります。それで、どうしてそのことを聞こうと思ったんですか?そこまで調べているなら、僕に対して聞くことなんて何も無いでしょう」
「うーん、そうだなぁ。対価として直接知りたかったのもあるしぃ…」
ギルバートは懐から星の飾りが付いた金色の鍵を取り出して、それをしーっと指を立てるように口元に寄せた。
「スレイ君はぁ…僕たちを裏切れないくらい、ずぶずぶの関係になって欲しいなぁって考えがあるからね〜」
「それは…どういうことですか?」
「ありゃ。そんなに警戒しないでよぉ?そんなに物騒な話じゃないからさぁ。スレイ君には僕たちのことを知って欲しいの」
ギルバートはクルクルと弄ぶように金色の鍵を回して、ガチャンと禁書庫の扉を開ける。禁書庫に入るのは初めてではないけれど、この部屋独特の埃っぽい空気には未だに慣れない。禁書庫の中は天井までびっちりと本が詰まっているが、その全てが魔法で保管されているらしい。
「あ?椅子足りないやぁ。ま、これでいっかぁ」
「ちょっと!?」
近くにあった分厚く仰々しい歴史書を重ねてギルバートはそこに腰掛ける。他に何脚か椅子が置かれているのにわざわざどうして、と思っているとギルバートが机の上に置かれていた本を一ページ破いて、召喚呪文を唱えた。
「えーとぉ?あ、ここ使お。深き水面に生きる眷属よ、夢の波間を揺蕩いし我が呼び声に応えろ〜」
「はぁ!?あんた、まさかそれ……」
「じゃーん。僕の使い魔くんだよぉ」
ギルバートの足元からずるりとその影から這い出るようにして、青黒い大蛇が現れる。深海を切り取ったような深い色合いに魚のようなヒレは、その大蛇がシーサーペントであることを示しているようだった。
「きゅぴっ!」
…話に聞いた怪物よりも小さめであるそれは、椅子のようにとぐろを巻いてこちらを見つめてきた。
「どぉぞ〜。スレイ君、コレに座っていいよぉ」
「遠慮します」
「きゅぴい!??」
彼は本来召喚術に長けているとは噂に聞いてはいたが、こんな雑な召喚獣の使い方があるものか。即答すると、シーサーペントがガーンと音が聞こえそうなくらいに目を丸くして落ち込んでいた。
「それで貴方は存分に手の内を見せてきて、僕とどういう関係になりたいんですか。暗殺の手伝いをしてほしいとでも?」
「そんなんじゃないよぉ。味方になって欲しいだけ」
禁書庫の影から薄桃色の髪をした少年や少女が現れる。さらに生徒会書記のアリステアが現れて、困ったように微笑んだ。
「……まさか、アリステア様との隠し子ですか?」
「違います」「違うよぉ」
***
アリステアと同じ色を持つ子供達がずらりと椅子に座っている。そして彼らは皆一冊ずつ本を片手にしていた。
「はぁーい。皆んな集まったねぇ。欠けてる子は居ない?」
「「はーい!」」
ギルバートが1人1人、点呼を取って本に記入していく。すると、その中にいる気弱そうな少年が恐る恐る手を挙げた。
「ぎ、ギルバート様…ワクサが遅刻してて…」
「あー。報告にあった偏食の子ぉ?死んで無いなら別に来てなくても良いよぉ。今度会った時に伝えてねぇ」
「あ、ありがとうございますぅ…」
テキパキと仕事を割り振っていくギルバートはまるで別人のようだ。いや、普段の彼も生徒会の仕事には真面目に取り組むし、有能で隙が無いのだが、ここまで淡々とはしていない。どういうことなのだろうか。
「驚いたでしょう?ギルバートは普段は気まぐれな猫のようですが、ちゃんとやれば出来る子ですからね」
ふふ、と薄く微笑むアリステアは、僕が座らなかったシーサーペントに腰掛けて、普通の椅子を僕に譲ってくれた。
…ギルバートは猫というよりも、発情期の大型犬のような何を仕出かすか分からない恐ろしさがあると思う。
「禁書庫に学校外の関係者を招いて…これは、どういう集まりなのですか?」
「あぁ。まだ説明されていなかったのですね。ここに居るのは私の部下である夢魔達ですよ」
「夢魔の部下…ですか?」
「えぇ。私達は夢魔の中でも特殊個体でして。他人に取り憑いて悪夢を見せるのではなく、他人の精神世界に潜り込んで、その人物の夢を糧に生きているんです」
楽しい夢を見ていたと思っていたらその内容をすぐに忘れてしまったり、全く夢を見ない人がいたりするのは、夢魔が気に入った夢を食べ尽くしているせいだそうだ。
「…夢魔が食べ尽くしたら最後、魂まで抜かれてしまうという逸話がありますけれど、私たちはそのような事はしません。ご安心ください」
夢魔が人間の精気を吸うという話はよく聞くが、それはあくまで比喩表現であり、実際に食べたという事例はないらしい。吸血鬼に吸精という物があるので、夢魔の言い伝えと混ざって伝わってしまった部分があるようだ。
アリステアと話をしていると、隣に帰ってきたギルバートが着席して、パチンと部屋全体に響くように手を叩いた。
「はぁーい、皆んな注目ぅ!お世話になってる子もいると思うけどぉ。スレイ=ヒルスト君が、君たちを脅かす悪魔狩りの対策に協力してくれることになりましたぁ」
「はあっ!?」
そんな話は初耳だ。ジロっとギルバートを睨むように見つめると、彼はいつものようにニコニコと笑った。……この男、僕の弱みを握ったつもりなのか。
「ちょっと待ってくださいっ!そいつはかの悪名高いライアンと関わりがありますっ!危険ですっ!」
二つ結びの少女が椅子を倒す勢いで立ち上がり、僕に向かって指を突きつけてきた。…スッと目を細めて彼女を観察すると、今は幼い姿だが確か彼女はSクラスに居た女子生徒だったはず。
「ありゃ、フリルちゃん怖い顔しないでよ〜」
「あんな悪魔狩りに近づくなんてなったら、命がいくつあっても足りませんっ!数々の同胞が危険な目に遭われたじゃありませんか!」
「お言葉ですが、ライアン委員長はそのような方ではありませんよ」
フリルという夢魔に反論すると、彼女の眉間にシワが寄った。
「貴方は騙されているのですわ!悪魔狩りなんかの言葉を信じてはいけません!」
「ですが僕の仕えているお方は吸血鬼です。ライアンは確かに優秀な悪魔狩りとして学園長から依頼を受けてこの学園に居ますが、彼は吸血鬼は元より、害のない魔族には手出しをしていませんよ」
「そんなこと…!あいつらが始祖の魔族を刈り尽くす為には手段を選ばないことを知りませんのッ!?」
彼女の言葉に、僕は目を見開いた。ライアンが始祖の魔族を刈り尽くすとはどういうことだ。まさか学園長が命じられたのか?
「夢魔はとても貧弱な魔族ですわ。確かに夢を通じれば世界のどこへだっていけますが、始祖や真祖でもなければ夢から変換した魔力しか使えない。なのに悪魔狩りは夢魔の始祖を狩るために、こぞって夢魔を狙う。真祖を釣り上げる餌として、わたしたちのような害のない夢魔を先に狩るんですのよ!?」
「……そんなこと……」
その考えは、否定できない。ライアンが持つ時魔法を使えば、時を止めていくらでもアリバイ作りが可能だからだ。僕がどんなに彼を信頼していたとしても、彼の本性を暴くことは誰にも出来ない。
僕とキャルがまだ孤児院に所属していて、山姥の指示で裏社会で動かされていたとしたら、悪魔狩りと同じように夢魔達を殺し回っていたかもしれないが。
「…ライアンがそんなことをする人間ではないと信じたいところですが…残念ながら僕は、すでにあの世界とは手を切っています。事情は分かりませんが、彼がもし本当にそのような指示を受けていたのだとすれば……それは恐ろしいことです」
「そうでしょう?!ふん!」
「はぁーい。フリルちゃん説明ありがとぉ」
淡々としたギルバートに促されて、フリルがビクッと怯えたあと着席する。
「ま、補足するならぁ。本当に夢魔の始祖を殺したいのは、悪魔狩り達じゃなくて、件の山姥だよぉ。ね?アリステア」
ギルバートがにっこり微笑んで、アリステアを見る。
「えぇ。彼女は悪きは全て消さないと気が済まない性質と聞いていますから。計画を破綻させる可能性が一番高い僕を消したくて仕方ないのでしょう」
アリステアはふわりと立ち上がって僕の方に微笑んだ。
「改めまして、夢魔の始祖こと、アリステア=ミリアです。前もって言いますが…私が殺されれば、ルシアさんが目を覚ます方法は見つからないかと」
ふふっと笑った彼の顔は、いたずらが成功した子供のように無邪気なものだった。
***
矢継ぎ早に説明されて、混乱している頭を整理する。
「…つまりは、ライアンが貴方を狩ろうとするのを止めれば、アリステア様は対価としてルシアさんの夢に入って、目覚めさせてくれると?」
「正確にいえば、繋がりの強いスレイ君とルシア君の精神を術で繋ぐというものですが。大体はそういうことですね」
コクリと頷くアリステアの頭にのしかかるように、ギルバートがやってくる。
「アリステアも、ルシアくんを助けよぉってしてたんだけどさぁ?頑張りすぎて悪魔狩りに勘づかれたんだよねぇ。だからあいつが無力化するまで、ルシアくんの夢枕に立つとか危なすぎて出来ねえのぉ」
ギルバートは頭をわしゃわしゃと撫でながら、困ったように笑う。
「で、悪魔狩り達はルシアくんを目覚めさせようとしてるアリステアを狙ってるから、休眠状態の解除法を隠してるわけでぇ…。それで?スレイくんは協力してくれるぅ?このままだとルシアくんは永遠に目覚めないかもだけどぉ」
ギルバートの言葉に、ずらりと並んだ皆の顔つきが変わる。
「……僕は」
ルシアさんを救う為に、ジルヴァ公爵やエルドリーズ、アレックスやライアンにも協力してもらっている。
だが一週間、エルドリーズの転移魔法を使って世界中を探しても、どんなに時を止めて調べても、真祖吸血鬼の休眠状態について役に立ちそうな情報は何も見つかってないのは事実だ。まるで誰かが抹消したように。
…今ある情報は、ライアンが以前教えてくれた、吸血鬼の休眠状態を治す方法くらいだ。
「僕は、元気なルシアさんに会いたいです。沢山おしゃべりをして、軽口を叩いて、また二人で笑い合いたい」
その為ならなんだってできる。ギルバートは嫌だが、始祖の夢魔の力を頼る事が出来るのはとても大きい。
「じゃあ決まりぃ」
ギルバートは満足そうに笑うと、僕の肩をポンと叩く。そしてその顔を頭に埋めると、そのままグリグリと乱暴に頭を埋めて思いっきり匂いを嗅いできた。
「ちょっ!なんですか!痛いですよ!」
「ん〜良い匂い〜!いやぁスレイくんが素直に聞いてくれて良かったなぁってぇ。拒否されたらどう堕としてやろうかなぁって思ってたんだよね〜」
「……堕と…まあ確かに、僕以外の人なら絶対断っていたでしょうね……」
僕だって本当は断りたかった。でも……
「ギルバート様だって、ルシアさんの事を助けたくて仕方なかったんでしょう?それこそ、汚い手を使ってでも」
「…………」
「おや?ギル、顔が崩れていますよ。ほら、いつもの練習通りにニコリと笑ってください」
アリステアに指摘されてギルバートは慌てて顔を引き締めるが、顔はとても赤くなっている。その光景が珍しいのか周りの夢魔達がざわざわと騒ぐ。
「………っ恥ずかしいなぁもう!アリスもそうやってわざわざ主人の威厳を落とさないでよ…」
「そうでしょうか?常に隠さなくてもいいと思いますけれど。私は貴方がおしめを付けていた頃から全て知っていますし、今更…」
「やめてぇえ!ほんとにぃ!!怒るよ!」
「ぐえっ、締まっ、締まってる、離して…」
首まで真っ赤になっているらしいギルバートに頭をがしりと抱え込まれて、僕は息が出来なくなる。周りにいた夢魔達は全員目を逸らしていて、何故か頬を赤く染めている子もいた。
「もぉぉー…終わり終わり!夢魔の定期集会は終わりだから!解散!指定の人の夢だけ食べてつまみ食いはしないこと!わかったね!」
「「はい!」」
「…ギルバート様って意外と…」
「…馬鹿、ああやって隙を見せて人間を食べてるんだ…」
「…今度アリステア様に聞いてみよ…」
ギルバートの号令で夢魔達は影の中へと消えていく。
こうして僕は、ギルバートとアリステアに協力することとなった。




