深淵のいざない
予約更新が…止まってたぞォォォ!!
ごめんなさいいいい!!
残酷表現注意です!
「……先輩…先輩!いい加減起きてくれ」
「んぁ?…すれい…あと五分だけ」
「駄目だ。ほら、起きる!」
リカルドが入れてくれたホットミルクのおかげなのか。俺は風紀委員室ですっかり寝こけていたらしい。
ペシっと頭を軽く叩かれて渋々目を開けると、目の前には真っ青な顔色のリカルドがいた。どうしたのかと辺りを見渡すと、隣の教室にいたはずの二人と委員長も帰ってきていた。
「いたい」
「フム!なんとか起きられたみたいだな。おはよう!」
「おはようございます。どうやら随分と良い夢を見ていたようですね?」
「んん…」
こちらを見ているスレイは目が笑っていない。この悪魔の笑みはどうやらとても怒っているようだ。だがしかし絶叫は待ってくれ、俺の言い分も聞いてほしい。
「…きのう、おれを寝不足にさせたスレイと…リカルドのひざまくらが、ちょうど良いのがわるい…」
手でリカルドの膝を叩いて抗議する。了承を得ないで使っていたとは言え、この膝枕は本当に気持ちよかったのだ。走り込みで鍛え込まれた筋肉は伊達じゃなかった。一家に一台欲しい太腿である。
「は!?せせ先輩…なにを…!」
「ウム、リカルドは毎朝走り込みをしているからな!学園一の膝枕だった事だろう!」
「委員長まで何を言ってるんですか!」
狼狽するリカルドに対して、強く頷くライアン委員長。それを呆れた様にアレックスとスレイが見ていた。
「ま、ルシアは自由なところが魅力だしな。そんなことより〜…スレイ。もう寝不足にさせるような事までしてんのかよ…?おいおい…」
「話を拗れさせないでくれますかね?そのような事は…していなくも…ないかもしれませんが…」
「……スレイ〜…尋問が足りなかったみたいだな。ちゃんと、詳しく、俺様に聞かせてくれるかぁ〜?」
「二人とも、落ち着いてくれるかい?風紀委員室を壊されたらたまったもんじゃないからね」
俺の発言に何故かまた喧嘩でも始めそうな様子の二人だったが、時魔法を使ったライアン委員長が仲裁に入るのなら大丈夫だろう。そんなことよりも、今は眠気が何よりも勝っていた。
「…んん…喧嘩…終わるまで寝る…おやすみ」
「先輩、先輩…!だからせめて俺の膝じゃなくクッションに変えてくれ…!」
リカルドの悲痛な声が聞こえる前に、俺の意識はすっかり眠りに落ちていた。
***
結局、その後俺はまた風紀委員室のソファの上で眠り込んでしまったらしく、次に気づいた時には送迎の馬車の中で揺られていた。
薄く開いた目で窓の外を見れば、もう既に見慣れた屋敷の前に着いていた。到着したのなら早く降りなければいけないとは思うのだが、それでもまだ瞼が重い。
「ルシアさん、失礼しますね」
「んー…」
スレイに抱き上げられて家に入り、そのままベッドに下ろされる。そしてふわりと布団をかけられ、ようやくひと心地がついた。
「すれい…ありがと…」
「体調が悪い時は無理なさらないでください。心配しましたよ」
「んん…」
ぽんぽんと優しく頭を撫でられると、その手は暖かくてなんだかとても安心してしまう。今日一日、スレイといつも通りに過ごせるように手を繋いで荒療治をした甲斐があったらしい。全くドキドキしない。
「…すれい…」
繋いだ手を引っ張って抱きしめると、驚いた表情の後にぎゅうっと強く握り返してくれる。
「はい、ここにおります」
「ん……」
「もう寝てしまいましたか?」
「おきてる……」
「では、もう少しだけこうしていても良いですか?」
「ゆるす……」
そう答えると、スレイに更に力強く引き寄せられて苦しいくらいだった。それでも嫌だと思わない自分が不思議だ。
「……ん……すき……」
「え?」
「…」
「…ありがとうございます。僕も、ルシアさんの事が好きですよ」
頬に触れた柔らかいものとその言葉を最後に、俺は呆気なく深い夢の中へと引き込まれていった。
これが永遠にも思える程の眠りになる事なんて、この時は露知らず。まるで深淵へと落ちるように、ルシア=ブラッドの意識は闇の中に閉ざされた。
***
「お父さん!お母さん!早く行こうよ!」
「はいはい。そんなに急がないでも、お婆ちゃんの家は逃げないわよ」
「……こら、ルシア……走っちゃダメだ……」
家族三人で仲良く街に出かける。教会の鐘が鳴るのを聞いて、慌てて駆け出した俺を両親は笑いながら追いかけてきた。
「…!ほら…転んだぞ」
「ルシアったら相変わらずそそっかしいわねぇ」
「だって!やっとお父さんとお母さんとお出かけできる日なんだよ!?楽しみにしてたんだから!!」
「はいはい、わかったから落ち着きなさいな」
両親に挟まれて歩いていく道はひどくゆっくりで、それが何とも焦れったくて仕方なかった。
(どうしてこんなに遅いんだよ)
心の中で悪態をつくけど、その分お父さんとお母さんが笑ってくれるのは、くすぐったいけどなんだか嬉しい。
「……着いたよ。俺たちが乗るのは……あれだ」
「すげー!屋根付きじゃん!初めて見た!」
子供のルシアは初めて見る豪華な造りの馬車を見て目を輝かせている。しかし、馬車に乗るのはこれが初めてではない。ルシアの父親であるブラムにとっては仕事で何度も乗ったことがあるものだ。単に見た目だけなのに何故ここまで喜ぶのか、ブラムは不思議でならなかった。
「ほら、ルシア。お手をどうぞ?」
「もー!お母さんやめてよ!おれは一人で乗れるから!」
ルシアの母親であるラミエラが揶揄うように言うと、彼は恥ずかしかったようで顔を真っ赤に染め上げて怒り出してしまう。
「はいはい、じゃあ私たちは後ろに乗っているわね」
「うん!俺はまえー!」
御者に声をかけてから乗り込む。馬車の中は広く作られており、大人が五人座ってもまだ余裕があるくらいだ。
扉が締まり、ゆっくりと馬車が動き出す。窓から外を見ると街の人達が何事かと見送ってくれていた。手を振るとみんな笑顔で振り返してくれる。この景色が好きだった。両親が優しく微笑んでくれているような気がしたからだ。
「お母さん、あとどれくらいー?」
「そうねぇ…少し眠って、起きたらあと半分くらいかしら」
「んー…そっかぁ」
ガタンガタンと揺れる音がして、少しずつ瞼が落ちてくる。このまま眠ってしまえば母さんとの約束を守れないのはわかっているのだけど……。
「お休みなさい、私の可愛い子」
母の優しい声を聞きながら、意識は簡単に夢の中へ落ちていく。どんな環境でも寝付きが良いのは、ルシアの良いところでもあった。
***
がくん、と身体が揺れる感覚がしてルシアは目を覚ます。
「ん…お母さん、着いた?」
「いいえ?ここは森の中だからもう少しかかると思うけれど。もう少し寝ててもいいのよ」
「森ぃ?」
ガバッと身を起こすと、窓の外は見慣れぬ場所だった。
目の前には木々が立ち並び、辺りを見渡しても同じような風景が広がっている。一体自分はどこに迷い込んでしまったというのだ。
「えぇ〜…つまんないの…これから海に行くんだろぉ」
「ふふ、そう言わないの。御者さんは私たちのために頑張ってくれたんだもの。ありがたいことじゃない」
「……そうだぞ……近道をしているから……予定より早い……着いたらたくさん遊べるぞ……」
「本当にぃ〜?」
隣に座っているお母さんとお父さんに諭されて渋々といった様子だが、ルシアは一応納得する。
だがその時、馬車が突然大きく跳ねた。
「きゃっ!?」
「おっと……大丈夫か、ラミエラ」
「ありがとう、あなた」
「二人ともなんだよぉ。俺も居るんだけど〜」
「あら、ごめんなさいね、ルシア」
「お母さんてばー!もー!」
両親の仲睦まじい姿を見ているとなんだか恥ずかしいけれど、ルシアの心も温かくなっていく。そこまで深く考えてはいなかったが、この時は両親と居られるだけで幸せだった。
「……なんだ?様子を見てくる……待っていてくれ」
ガタガタと揺れていた馬車が止まって、何があったのかと父さんが降りて行く。それを見送りつつ、ルシアは寝起きでぼんやりとした頭で考えていた。
(なんだか変だな……いつもならこんな揺れたりしないのに……んん、いつも…って?…)
「ルシア、怪我はない?」
「へーきだって!つまんないから俺も外でる!」
「ちょっと、待ちなさいったら」
だけどルシアが外に出ようとした時、何かに足を取られてつまずいて転んでしまう。痛みを堪えて顔を上げると、目の前の砂利道には赤いものが広がっていた。自分の足にも生暖かい液体が付いていて、気づいた途端に背中が一気に冷たくなる。
「ひっ…!!?」
それがなんなのか理解した瞬間、悲鳴を上げそうになる。それは紛れもなく、人間の血だ。
「ルシア大丈夫……ぅッ!?見ちゃ駄目!!」
すぐさま母さんに抱き寄せられて、視界を塞がれる。でも隙間から見てしまって、また悲鳴をあげそうになった。馬車の前に倒れている、人だった何か。
「あ……ぅあ……」
恐怖で震えが止まらない。それでも必死になって母さんの手を握り返すと、父さんの大きな声が響いた。
「ラミエラ!!ルシア!!直ぐにそこから離れろ…!!」
「えっ…きゃああぁ!?」
ひゅうっと、大きな風が吹いてお母さんの身体が煽られる。先程まで乗っていたはずの馬車は轟音と共に消え去っており、俺たちの背後には底の見えない谷底が広がっていた。
「ッ…!!」
かまいたちの様な強風に踏ん張ろうとしたお母さんと俺は、努力も虚しく体勢を崩してしまう。
「あ…」
ぐらりと、地面から放り出されたような浮遊感。
そしてそのまま、真っ逆さまに落ちていく。
「やめろぉおお!!!」
父さんが咄嵯に伸ばした手は届かず、俺たちはそのまま落下していく。
『あぁ…あああああ!!!』
だが、何かの慟哭と共に、大きな黒い影が自分達を包む。
これは夢だと分かっているはず、この顛末は良く理解しているはずなのに、それでもとても恐ろしかった。
ふわふわと浮いている感覚があるのに、全身に絡みつく闇は振り払えない。まるで自分の内側に入り込もうとしているように感じられて寒気がした。
『俺の…命を賭しても…!!』
「ブラム…!!」
「おとうさ…」
谷の合間で宙吊りになったのはほんの数秒だけ。ぶつん、と大きな衝撃が走った瞬間、そこで俺の意識は完全に途切れた。




