冬への準備
放課後、またギルバートに捕まらないように注意して風紀委員室へ急ぐ。繋いだスレイの手は今朝よりも慣れてきて、ドキドキというよりも安心するような感じになっていた。うん、良い調子だ。
「失礼しますわ。ん?アレックス?…間違えて生徒会に来てしまったのかしら?」
「風紀委員室で合ってるぜ〜。こっちの方が仕事の効率が良いからな。間借りしてるだけだ」
風紀委員室の中に入ると、そこにはアレックスしか居なかった。彼は机に向かって何やら書き物をしていて忙しそうだ。また国の仕事を引き取ってきたのだろう。
「相変わらず王子様は大変なんだな。俺たちで手伝いできることがあれば言えよ」
「おう。ありがとな。いや〜ルシアはほんと良い嫁さんになれるぜ〜?」
「……アレックス、近いです。ルシアさんから離れてください」
アレックスと喋っていると、背後から肩を掴まれてやんわりと引き離された。振り返ると眉間にシワを寄せたスレイが不機嫌そうに此方を睨みつけていた。
「なんだよスレイ。俺様達が仲良しだからって嫉妬すんなって〜!」
「…………そりゃ嫉妬しますよ……」
「……ふぅん?否定しないのか」
「っとにかくやめて下さい!」
笑みを消したアレックスは、しどろもどろになり始めたスレイの首に腕を回して抱きついた。
「ちょっ!?なんだよ、やめろ!苦しい!!」
「あーらスレイちゃんたら可愛い♡俺様も有能な側仕えが欲しいんだよな〜狙っちゃおっかなぁ〜」
「気色悪いな!やめろ!!」
「…ルシア、ちょーっとスレイ借りてくわ。もし手伝ってくれるのがマジなら、右側にある書類に判を押しといてくれ。隣の空き教室にいるから〜」
「お、おう。分かった」
スレイは嫌そうだったが、抵抗しても無駄だと悟ったようで大人しくアレックスに引きずられて行った。仲良き事はいいこと、なのだろうか。
「ふむ?軍費計上の報告書に、武器の貯蔵庫の管理表。軍の雑務もあるな」
渡された紙には大量の文字が並んでいた。アレックスことアレキサンダー第三王子が率いているブルスルド帝国の軍事に関する書類のようだが、俺が見てしまってもいいのか疑問が残る。
「まあハンコ押すだけだとしても、アレックスに聞かないとヤバそうなやつは後で確認してもらえばいいか」
渡された書類を手早く終わらせるために、書類の内容をある程度は読みつつ、仰々しい装飾で飾られているハンコを押していくことにした。
「んん、にしても随分と寒いな…」
ほんの少し暖炉に寄って、作業を進める。他に人が居なくなった事もあるのかも知れない。
しばらく山のような書類と格闘して数分が経った頃。スレイ達よりも先に、この部屋の主であるライアン委員長が帰ってきた。後ろにはリカルドも控えている。
「ムッ?レジーナ君!書類仕事が捗っているな!……おっと……それは王家の者しか扱ってはいけない印だったはずだが?」
「あっ。これはアレックスに押しつけられまして」
「…フム!それはいかんな!」
咎めるような視線に慌てて俺が事情を話すと、ライアン委員長は指を鳴らして時魔法を使った。するとその一瞬にして全ての書類を片付けたのか、目の前から書類の山が消えた。
「これでもう心配はないな!」
「うぇっ!?ど、何処にやったんですか!?」
「他人が触れても問題がない分は終わらせておいたぞ!残りはアレックス君の鞄の中だ!彼には説教が必要なようだな!」
はっはっはと笑いながらまた教室を出て行くライアン委員長を見て、俺は呆然としていた。鞄に戻したとは言え、俺が確認しても良いと言われていた書類はかなりあった筈だ。あの量を本当に一人で片付けたのだとしたら…さすがに凄すぎるだろ。
俺がぽかんとしていると、後ろで様子を見ていたリカルドも話しかけてきた。
「先輩はいつもああいう仕事をしているのか?」
「え、いや、アレックスに頼まれた時だけ…何かマズかったのか?」
「いや、その逆だ。先輩は優秀過ぎる。専門の教育の受けていない人に軍事関係の仕事を任せられはしないさ」
「そうかな?」
一応怪しい物などは確認してから仕分けて置いていたけれども、結局は全て判子を押していっただけだ。特に危ない事もしていないし。だがまぁ、仕事ぶりを褒められるのは悪くない。
「へへっ、ありがとよ。ところでリカルドも委員長も今日は何してたんだ?風紀委員、いつもより忙しそうだよな」
俺がリカルドに向き直って尋ねてみると、帰ってきたのは力のない返事だった。
「あぁ…来月の雪灯祭について委員長と話し合う予定だったんだがな。見ての通りだ。何一つ進んでいない……」
ライアン委員長の机の上には乱雑に置かれた資料の数々。どれもこれも全く整理されておらず、先程の仕事ぶりが嘘のようだ。
「風紀委員長自身が直接街に出て、出店の許可などを取らないといけないからな。ライアン委員長の移動が多いとなると、時魔法が使えないのでどうしても時間が掛かる」
「なるほどなぁ。雪灯祭かぁ…」
この学園の一大行事として、春は卒業式と入学式、夏は長期休暇、秋には四年生の旅行があり、冬には聖夜の前日に雪灯祭が行われる。
聖夜はこのラクラシア王国を建国した女神様に祈りを捧げる行事で、教会や信心深い人は女神信仰の聖地を巡礼するらしいが、一般的には家族や親しい人と家で団欒する日だ。女神を信仰していない人も、聖夜だからという建前でご馳走を食べたりする。
そしてその聖夜の前祝いとして、雪空にランタンを浮かべるのが雪灯祭である。学園では毎年恒例のイベントらしく、生徒たちは自由に店や劇をやったり、部活の発表会などをする。年に一度のお祭り騒ぎだ。その中でも見所は学園長の魔法で建てられる塔で、そこからは色とりどりのランタンで飾られた学園全体を見渡せるようになるのだとか。
塔は学園内に建てられるので生徒しか登れないのだが、そこは公爵パワーでなんやかんやしたお父様も登りにくる予定だ。去年もお忍びで来た事があるのだとスレイから聞いている。
「どんな雰囲気…って、リカルドは新入生だから初めて参加するよな。やっぱり楽しみなのか?」
「そうだな。風紀委員として警護や当日の対処で大変だとは聞いているが、飾られた学園内は綺麗だろう。正直かなり期待している」
「そうかそうか、俺もこんな貴族向けのお祭りなんて初めてだし、楽しみなんだよな〜」
ふと、出店ってどんな店があるんだ?と風紀委員室に置かれている資料を手に取ってみるものの、ほとんどが飲食系の屋台ばかりだ。
食べ歩きしやすいフランクフルトに、ローストナッツやチーズドックなんかもあるみたいだ。見ているだけで涎が出そうになる。
勝手に風紀委員会の資料を読み漁っていると、リカルドがじっとこちらを見つめてきていた。
「……なぁ、先輩は当日……」
「へっぷちん!」
話しかけられる直前、鼻がむずついてくしゃみが出た。それと同時に読んでいた書類を戻そうとした為、高く積み重ねられた紙束が揺れて俺は慌ててそれを抑える羽目になった。
「あぶねぇ!っごめん、何か言ったか?」
「あ、いや、何でもない。気にするな」
「そうか?この日付だったら外は冷えるだろうし、ホットミルクの屋台なんかもいいと思うんだよな。蜂蜜とか生姜を入れたやつ」
「…それは先輩が飲みたいだけだろう。それなら今から作りに行くか」
はぁ、とため息をついたリカルドに首を傾げつつ、俺たちは蜂蜜入りのホットミルクで一息ついた。少し冷えた身体に温かい飲み物はとても染み入った。




