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取引の内容

 時間は少し戻り、一方のスレイはギルバートに連れられて、誰もいない空き教室まで連れて来られていた。ここなら他の人には見られないだろう。


「…それで()()()ってなんですか。それにどういうつもりですか、突然僕がルシアさんの事をす、好き…だなんて」


 動揺して早口になる僕の言葉を遮るようにして、ギルバートは人差し指を唇に当てた。僕はその仕草にギクッとする。


 まるで内緒話をするように耳元に口を寄せられて囁かれた言葉を聞いて、思わず固まってしまった。


「スレイくん、僕もねぇ、レジーナちゃんが好きだったんだよね〜。でも彼女の正体はルシアくんだったじゃない?だからルシアくんならちょうど良いかなぁって思ったの」


 もちろん男の子だってことは分かってるよぉ?と、ニコッと笑ったギルバートの顔を見てゾワっと鳥肌が立った。


「牽制ってことですか。ギルバートはそれをルシアさんに言うんですか……?」


「んー?別にぃ?スレイくんがルシアくんのことを好きでも、僕がやりたい事はなーんにも変わらないしぃ。応援してるよぉ」


 ひらひらと降参するように手をふるギルバート。その言葉にホッと胸を撫で下ろす。こちらの邪魔をしてくることは無いらしい。


「でも、貴方にだけは言われたくないです。それに昨日、ルシアさんからこ、こ、告白されましたし、朝からずっと甘えられてますし、僕たちは両想い、ですから…!」


 自分で言っておいて顔に熱が集まる。恥ずかしくなって俯くと「うわぁっ、ごちそうさま〜」という声と共にパシャリと音が聞こえてきた。慌てて顔を上げると、小さなカメラを構えていたギルバートが楽しげに笑っていた。


「ちょっと!何撮ってるんですか!!?」


「ん〜?メルタくんから借りたんだよぉ?ほらこれぇ、すごくよく写ってると思わなぁい?」


 ギルバートは見せびらかすようにカメラについた水晶版を見せてくる。そこには真っ赤になって照れる僕と、同じように顔を赤らめるルシアさんがいた。そっぽを向いているみたいだが、カメラにばっちり照れた顔が写っていて滅茶苦茶に可愛い。


 ……あれ?待てよ……?


「この写真、いつから撮ってたんですか?」


「朝からだよぉ。メルタくんから借りたのは休み前のことだね〜」


 ギルバートは悪びれもなく言った。つまり、僕達が手を繋いで登校する姿や、ベンチに座って仲良く話している姿を全て見られていたというわけだ。何をしてくれているんだこの変態は。


「これぇ、欲しかったら生徒会室で現像もできるよぉ?記念にどお?」


 ひらりと手に渡された写真は、ルシアさんが満面の笑みでピースしている写真だった。これはたしか、この間実技テストの点数が伸びていて、丸一日ご機嫌だった日があった気がする。可愛い。


「三枚ずつください」


 ブレザーの内ポケットにしまいながら即答すると、ギルバートは目を丸くした後クスッと小さく吹き出した。


「素直なスレイくんって新鮮〜!今なら生徒会室にメルタくんがいるから、十分くらいで出来るはずだよぉ。行っておいでぇ」


「分かりました。ありがとうございます!」


 カメラから取り出された魔石を受け取り、僕は生徒会室へと向かった。空き教室には、怪しい笑みを浮かべているギルバートが残されていた。



 ***



「はぁーやっぱりいい匂い!」


「それは何よりですわ…」


 もぐもぐと残りのカスタードパイを食べながら、俺はギルバートの膝の上に乗せられていた。やけに怪しいと思っていたのだが、スレイが中庭に戻るまでの間だけ、匂いを嗅がせて欲しい。とギルバートが逃してくれなかったのだ。


 むぎゅっと抱きつかてはいるものの、匂いを嗅がれたりするだけでそれ以上の接触は無いので我慢することにした。まあ、スレイが戻ってくるまでの辛抱だ。


 ……それにしても、俺の頭頂部辺りの匂いをスンスンと嗅いでいるのに今日はあまり変態感が無い気がする。なんだろう、犬にじゃれつかれているような感覚というか。不思議だ。


「ギルバート様、そろそろ離していただいてもいいでしょうか」


「もうちょっと〜」


 ダメらしい。それどころか腰に回された腕の力が強くなった気がした。ふわりといい香りに包まれて少し居心地が悪い。


「…ん?あら?ギルバート様って黒薔薇の香水を使ってらっしゃるのね。今気づきましたわ」


「あ、わかるぅ?そうだよぉ。さすがお嬢様ぁ。これ、僕のお気に入りなんだぁ」


 薄く黒薔薇が使われているらしい香水はギルバートのイメージによく合っているし、本人も好んで使っているようだ。


「屋敷の庭でも黒薔薇を育てているのですわ。それで分かりましたの」


「へえ〜。そうなんだねぇ」


 ギルバートは興味深そうに相槌を打つと、片手を離して頭を撫で始めた。


「薔薇って色によって花言葉が変わるんだよねぇ。赤は『恋』とか、白は『清純』とかぁ、ピンクなら『可愛い人』とかねぇ」


「そうですね。私も知ってますわ」


 薔薇の花言葉は色や本数によって変わる。しかし、さすがはチャラいギルバート、そんな乙女チックな概念もしっかり周知しているとは。俺は前まで花言葉なんて『愛』か『美』くらいしか知らなかったぞ。


「じゃあ〜レジーナちゃんは、黒薔薇の花言葉は知ってるぅ?」


「うぐっ、も、もちろん知ってますわよ。確か…『永遠』ですわ!」


「うん、正解だよぉ。よく勉強できて偉いねぇ〜」


 よしよしとまた頭を撫でられる。


「ちなみにぃ、この香水の黒薔薇はわざわざ108本で精製されてるんだけどぉ。その意味は何だと思う?」


「確か…結婚してください、とか?薔薇はプロポーズに使うことが多いんですのよね」


 これは流石に俺でも分かる。有名な花言葉だ。だがその瞬間、ギルバートの顔がニヤリと歪んだ。嫌な予感がする。


「あれぇ?どうして僕が求婚する側だって分かったのぉ?レジーナちゃぁん?」


「……は?いや、そんなことは……」


 しまった、ギルバートの変態スイッチを思い切り踏んだ気がする。どうしよう。


「もしかしてぇ、僕に求婚されると思ってドキドキしちゃったのかなぁ?顔赤いしぃ」


「絶対違いますわ!むしろ青ざめてますわ!︎」


「照れなくていいよぉ。僕と結婚すれば幸せになれるからねぇ。絶対後悔させないよぉ?」


「いや結婚しませんからぁ!」


 さっきとは違って押さえつけるようにガシッとホールドされて、至近距離で囁かれる。心臓の音まで聞こえてしまいそうだ。このままではまずい。


 中庭に居る他の生徒に助けを求めようと周りを見るが、全員からそっと目を逸らされた。変態に太刀打ちできる猛者は居ないのか…!スレイか先生を呼んできてくれ…!


 俺がオロオロと視線を彷徨わせていると、ポカンと軽い衝撃が変態に当たった。


「こーら。ギルバート君、レジーナちゃんが困ってるじゃないの。離してあげなさい」


 いててとギルバートから声が上がって拘束が緩む。助かったと思って振り向くと、エルドリーズが丸めた紙束でギルバートの頭を叩いていた。


「えー。エルちゃんせんせぇ。何でこんなところにいるのぉ?僕は好きな子とおしゃべりしてただけだよぉ?」


「レジーナちゃんが困っているのが見えたから急いできたのよ。ほら、授業が始まる前に教室に戻りましょうね。ギルバート君は生徒会室に戻ってちょうだい」


「はぁーい。レジーナちゃん、放課後またおしゃべりしようねぇ〜」


「結構ですわ!!」


 満足そうに立ち去るギルバートを見送って、俺はエルに深く頭を下げた。


「ありがとうございました……本当に危なかったですわ」


「ふふ。気を付けないとダメよ、あの子も見境が無いから」


「はい……」


「それにしても、意外だったわ。貴方がギルバート君のお気に入りだと思わなかったもの」


「お気に入りというか……まあ確かにスレイ共々気に入られているようではありますけれど」


 正直ギルバートは苦手なのだが。あいつのせいで毎日ハンカチを消費させられてるし、はっきり言ってとても迷惑している。


「そういえばさっきの質問だけど、黒薔薇には『憎しみ』っていう花言葉もあるのよ。贈られる花の言葉は深く考えた方がいいと思うわ」


「……エルはどこから聞いてたんですの」


 もう少し早く助けてくれてもよかった気がする。ジロっと睨むと、彼女はいたずらっぽく微笑んだ。


「あら。乙女の秘密を詮索するのはマナー違反よ?」


 そのあと昼食を食べ終わって、昼休みが終わる直前になってからスレイは戻ってきた。遅かったので何があったのか聞いたのだが、ニコニコしながら誤魔化された。

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