ささやかな荒療治
つまりは、荒療治をすればいいんじゃないだろうか。三連休が明けた学園で、俺はその結論に至った。
ガタンゴトンと揺れる馬車の中、スレイをじっと観察する。今日も変わらず、嫌味なほどカッコいいなこいつ。
「……」
じいっと見つめてみるが、特に反応はない。うん、大丈夫そうだ。
「ルシアさん?どうしたんですか?」
「なんでもねぇよ。ほら、本読んでるんだろ」
スレイが読んでいる本を指差すと、彼は困ったような笑みを浮かべてこちらを見た。
馬車が学園に到着すると、スレイに手を取られて降りる。
「どうぞお嬢様。足元にお気をつけて」
「ありがとう、スレイ」
スレイの手は俺よりほんの少しだけ大きい。よく手入れされているのか、俺よりも柔らかい気がする。意識すると、ほんの少しドキドキするようだ。
「…ふむ」
馬車を降りた後も、そのまま指を絡ませて手を繋ぐ。スレイは不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「今日の昼食は何でしょうね」
「ん〜……カスタードのパイかしら」
「あはは、それはお嬢様が食べたいものでしょう?」
スレイと並んで教室まで歩くこの時間は嫌いじゃない。少し強く手を握ると、スレイは握り返してくれた。でもこれは、あくまでも従者としての仕事の一環だからな。勘違いすんじゃねえぞ、俺。
***
教室に入るといつものように席に着く。
手を繋いだままの俺たちを見てクラスメイトたちは少し驚いたようだったが、やがて興味を失ったようで各々好きなことをし始めた。
「お嬢様、名残惜しいですが離してくれませんか?そろそろ授業が始まりますから」
「……ん」
渋々といった様子で手を離すとスレイが隣の席に離れていく。俺もほんのちょっとだけ名残惜しかったような気もするけれど、そんなことは口にしない。
スレイが自分の席に戻ると同時にチャイムが鳴る。それと同時に、午前の授業を担当するエルが現れた。
「皆さんおはようございます。あら?レジーナさん、顔色が悪いようですがどうかされましたか?」
「いえ、なんでもありませんわ」
「ふーむ、具合が悪いようであれば、保健室へ行ってくださいね。それでは、連休前に作成した魔法陣の応用から続けていきますよ」
俺の体調管理は完璧だ。エルがわざわざこうやって言ったのは、俺とスレイに何があったのか興味津々という事なのだろう。
(授業が終わったあとじっくり聞かせて頂戴ね)
(何もねぇってば!)
しれっと無詠唱で高等技術なはずの伝達魔法に、ぱちっとウィンクまで付けてきたエルに俺は心の中で叫んだ。
***
昼休みになると、食堂に向かう生徒や中庭に出てランチを楽しむ生徒が廊下を行き来していた。そんな中、俺はそっと教室を出る。
「お嬢様?どちらに行くのです?」
「インクが切れたので購買部に行きたくて」
「あぁ、それでしたらご一緒しますよ」
そう言って微笑んだスレイは、自然な動作で俺に手を差し出した。
「…ありがと」
今度は俺が手を取る番らしい。その手に自分の手を重ねると、スレイが優しく握ってくれた。さっきと同じように、ぎゅっと指と指が握り込まれる。
「ふふ、まるでデートみたいですね」
「っ!?︎」
一瞬、胸がドキンと高く跳ねた。
「なーんて冗談ですよ」
「…スレイ…お前、本当に性格が悪いですわ」
「お嬢様も良い性格されているかと」
ニコニコと楽しそうに微笑むスレイから顔を背けると、そのまま二人で購買部の方へと歩いていった。
***
購買部でインクやペン軸を買うと、中庭にあるベンチに座ってランチを食べることにする。今日は気候が良いので、外で食べることにしたのだ。
「ん〜やっぱりカスタードは最高ですわ!」
「本当美味しそうに食べますよね」
「だってすごく美味しいんですもの!ほら、一口あげますから貴方もどうぞ」
「ありがとうございます」
パイを半分に割ると、スレイに差し出す。すると、スレイはそれをパクリと食べて、もぐもぐと飲み込む。
「あら、口の横にクリームが付いてるわよ」
「え、どこですか?」
「ほら動かないで」
スレイの口の横に着いたクリームを指で拭ってやる。そのままペロリと舐めると、スレイの顔が真っ赤に染まった。
「……あっ」
いつもの癖でついやってしまった。じわじわと顔に熱が集まるのを誤魔化すように、ハンカチでスレイの口をゴシゴシ擦る。
「いたい、痛いですお嬢様」
「うるさい黙れ。綺麗にして差し上げますわ」
ふん、と鼻息荒く言い放つと、さらにぐりぐりと顔を捏ね回す。ハンカチを離すと、スレイはにやけるように嬉しそうな表情を浮かべていた。すごくムカつく。
***
「…スレイく〜ん?何をしてるのかな?」
「げっ」
突然後ろから声をかけられて振り返れば、そこにはニッコリ笑顔のギルバートがいた。いつの間に近づいてきたのか、全く気がつかなかった。スレイは思わずといった苦い顔をしている。
「見ての通り、お嬢様と昼食を食べていた所ですよ」
「ふぅ〜ん…?僕さぁ、君が朝からぽやぽやしてる理由をみんなに聞いてみたんだけどぉ〜」
ギルバートはニコニコ笑いながら俺たちの隣に腰掛けた。スレイは嫌な予感がすると言いたげな目つきで、ギルバートを見つめている。
「スレイくんはさぁ、レジーナお嬢様のことが好きなんでしょ〜?」
「…!?それは…っ…」
「……」
ギルバートの言葉に、スレイが思わずといった返事をした。その反応に、ズキンと胸が痛んだ。
やはり、スレイがずっと片想いしているのは、本物のレジーナお嬢様なのだろう。話している2人の姿を見ていられなくなって、俯いてしまう。
そのまま、ギルバートはニィッと笑みを深めてスレイに話しかける。
「それでぇ、僕は良いこと思いついたんだよねぇ」
「……」
「だからさあ、ちょっとスレイくんとお話させてよぉ。ここじゃ人目もあるしさぁ?」
ギルバートの提案に、スレイは神妙な面持ちで考え込んだ後、「分かりました」と言って立ち上がった。そして俺に向かって、少し頬を染めながら申し訳なさそうに声をかけてきた。
「お嬢様、少し待っていてください。すぐに戻ります」
コクンと頷くと、スレイはギルバートに連れられてどこかへ行ってしまった。…甘かったはずのカスタードパイが、何故なのか味気無くなっていた。
***
しばらく俺が中庭で待っていると、ギルバートだけが戻ってきた。スレイの姿はない。
「あら?スレイは?」
「んーん、ちょっと用事があるってさぁ」
ヘラっと笑うと、ギルバートは隣に座り直した。
用事なんてあっただろうかと俺は首を傾げる。
「貴方だけ戻って来たのね?スレイは大丈夫かしら」
「ああ、平気だよぉ。それよりさぁ」
ギルバートは急に真顔になって、ずいっと距離を詰めてくる。
「ルシアくんはスレイくんのことが好きなんでしょ?なんなら、協力してあげようと思ってるんだけど、どうかなぁ?」
「なっ…はぁ?!」
囁くような言葉に驚いて目を丸くすると、ギルバートはクスリと妖艶に微笑む。
「分かるよぉ。だって僕、君たちのこと好きだもん」
だから、ただ単に応援したいだけだよぉ?とギルバートは言う。でも、それが嘘だと直感的に感じた。この男は、いつもこうやって何かを企んでいる。だが。
「…俺は、そんなんじゃないし。スレイもそんな風に考えて無いよ」
さっきの様子と言い、スレイが好きなのは本物のレジーナお嬢様だ。俺はただ、彼女の代わりとして傍にいるだけだから。
……なんて言ったって、どうせ信じてもらえないだろうけど。
ギルバートは一瞬キョトンとした顔をした後、ニヤッと嫌らしい笑顔を浮かべて口を開いた。
「ふぅん、へぇ、そっかそっかぁ。ま、それでもいいや〜」
「え?なんなんですの、本当に……」
あっさり引き下がったギルバートに拍子抜けする。なんだか、逆に怪しい気がしてきた。やっぱり、こいつは信用できない。




