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赤くなったり青くなったり

 お婆ちゃんシスターに惜しまれながらも孤児院を出ると、もう夕方になっていた。街の街灯が点き始め、冷たい風が吹いている。ぶるりと体を震わせると、隣を歩くメルタが上着を貸してくれた。


「先輩、屋敷まで送ってくよ。まだこの辺りの道のりは分からないだろ?」


「いいのか?ありがとう、助かる」


 にこりと微笑むと、メルタは耳まで赤くなって俯いてしまった。……ふと、昨日のことから気になったので、メルタに聞いてみた。


「なぁメルタ、お前は俺が男だって分かってるよな」


「え?あー…まぁ、そうですね。未だに信じられないけど…」


「それなのによく平然と話せるよな。普通なら気味悪がれたり怖がられると思うんだが」


 俺だって、自分がお嬢様の身代わりになることを受け入れるまでは大変だったのだ。しかし、生徒会の面々や屋敷の人たちがあっさりと、実は男でした、という事実を受け入れてしまうなんて、少し不思議だった。


 するとメルタは、「ああ、それは」と言って続けた。


「何というか、その……確かに最初は戸惑ったけど、先輩の場合はむしろそこが魅力的に思えたっていうか……。性別は関係無く、なんだかんだでルシアさんに好意を感じていたというか……あ、すみません!嫌ですよね!」


 と、早口で言い切ったところでハッとして黙ってしまった。


「…………」


 俺はぽかんと口を開けていた。まさかそこまで好意的に思われているとは知らなかった。確かに見た目が華やかなお嬢様の時は、メルタに好かれているとは思っていたけれど。


「俺、男だけど…それでも良いのか?」


「もちろんです!」


 恐る恐る聞くと、こくりと力強く縦に振られてしまった。


「…そっか。はは、ありがとう。…これからもよろしくな。メルタ」


 手を差し出すと、メルタは嬉しそうな顔ではにかみながら、手を握り返してくれた。



 ***



「……そうだ。あのさメルタ。昨日スレイと風呂に入った時に……おい、ちょっ、メルタ?突然蹲ってどうした?腹痛いのか?」


「いや、大丈夫です…ちょっとショックて死にそうになっただけだから」


 よく分からなかったが、背中をさすってやると楽になるようだった。


 その後しばらく、何かブツブツ言ってたメルタだったが、やがて思い出したように鞄の中を漁ると、一枚の写真を取り出して見せててきた。


「そうだ、先輩に見せようとずっと持ってたんだった。先輩、これ見てください」


 受け取って眺めてみると、そこには美味しそうにサンドイッチを頬張る俺の姿があった。学園の裏庭だろうか。


「これは!?いつの間にこんなものを!?」


 慌てて奪い取ると、メルタは恥ずかしそうに頬を染めて言った。


「魔法道具屋で、先輩の体も写るレンズに新調したんです。だから記念にと思って撮ったんだけど」


「なんで隠し撮りを持ち歩いてるんだよ…これは没収な」


 写真を仕舞うと、メルタが悲しげな顔をする。


「そんな殺生な〜!ギルバート先輩に取られずに済んだ唯一の写真なのに!」


 思わず舌打ちが出る。どうやらあの変態も一枚噛んでいるらしい。あの野郎、今度会ったら恥ずかしい目に遭わせてやらねば。


「つーか普通に撮るのじゃダメなのかよ?ほら、可愛いお嬢様のピースポーズ」


 適当にウインクして両手をピースして見せると、メルタは目を輝かせていた。


「うぉぉっ…流石は俺の憧れの先輩…!…カメラも持ち歩けば良かった…」


「あははっ!そんなにしょぼくれるなよ。隠し撮りは嫌だけど。また撮ってくれればいいから」


 その後屋敷に着くまでの間、赤くなったり青くなったりするメルタは見ていて飽きないものだった。



 ***



「あれ?メイド長?おーい!ただいまもどりましたー!」


 屋敷の近くまで歩いていくと、門のところにメイド長が立っているのが見えたので手を振った。すると彼女は珍しく泣きそうな表情をさせて駆け寄ってきたのだが。


「ルシアさん…っ!!」


 いきなり抱きついてきて、そのまま胸に押し潰されるような形になった。痛くはないがとても苦しい。


「ぐえっ!め、メイド長…?」


「ご無事で何よりです…!貴方の身に何かあったらと…」


「それは大袈裟では……?」


「いいえ、屋敷の結界を破られたのです。ジルヴァ様も心配なさっています。早く戻りましょう」


 そして何事も無かったかのように、キリッした表情に戻ると、俺の手を引いてずんずん歩き出したのである。


「分かった。…メルタ!送ってくれてありがとー!また学園で!」


「っはい!また明日!」


 遠ざかる彼に手を振ると、嬉しそうに手を振り返してくれたのだった。



 ***



「ルシアさん!よくぞ御無事で……」


 玄関を開けるなり、血相を変えたキャルも出迎えてくれた。彼女は俺の顔を見るなりホッとしたように肩の力を抜き、それからすぐにキッと眉尻を上げた。


「…ルシアさん。私言いませんでした?またあの子来ますよって」


「まさか結界が破られるなんて思わなかったんだよ…まぁ、あのクソガキはしっかりボコッ…いや、ちゃんと説教してきたからな」


 呆れた様子だが、キャルはそれ以上は何も言わなかった。しかし俺は気付いてしまったのだ。


「……あれ?スレイは?お父様のところか?」


 いつもならこんな時はスレイも迎えに来てくれると思ったのだが、何故か今日はいなかった。朝から気まずい態度を取ってしまったからだろうか。少し不安になりながらキャルの方を見ると、微笑み返された。


「はい、二人ともカンカンですよ。ルシアさんの安否確認のために、どうしても街に行くと言って聞かなかったんです。私とメイド長で無理矢理暴れるのを抑え込んだので今頃鬼みたいな顔になってるはずです」


「暴れ…」


 そんなに怒ってるとは思わず、身震いしそうになった。俺が数時間居なくなっただけでそこまで怒るのならば、この間隣国に居た時や、本物のレジーナお嬢様が失踪した時はもっと酷い事になってたんじゃないだろうか。


「ふふ、でも良かったですね。そんな顔をしなくてもスレイはちゃんとルシアさんを心配して怒ってましたよ」


「…そ、そんな顔ってどんな顔だよ…」


 キャルの生暖かいような視線に戸惑っていると、キャルは「分かってますから!」と言って背中をぺしぺし叩かれた。



 ***



 メイド長とキャルに冷えるといけないから、と白くてふわふわとしたコートを着せられてお父様の部屋の前に立つと、中からは怒った声色の罵り合いが聞こえてきた。


「なんですか!貴方のせいで私は…どれだけ苦労したと思ってるんです!?」


「それはこちらの台詞だ。貴様が余計な事をしなければこんな事にはなっていない!」


 スレイの声はしないけれど。入っても良いものなのだろうか。恐る恐る凍った扉をノックをすると、その声はピタリと止んだ。


「…ルシアです。ただいま戻りました」


 そっと扉を開いて中を覗くと、そこにいたのはお父様とスレイ、それに執事長だった。先程罵り合っていたのは執事長とお父様だったようだ。


「おお……ルシア君!無事で何よりだよ!」


 そう言って手を広げてくれたお父様に近寄ると、そのまま優しく抱きしめられた。この街の大人達はハグが大好きだよなぁ…


「ご心配をかけまして、申し訳ありません」


「いいんだよ。君は何も悪くない。…悪いのはあいつらなんだからね」


 お父様はギロリと冷たい視線で執事長を睨みつけていた。どうやら相当頭にきているらしい。お父様は普段は温厚だが、ブルスルドでの一件以来一度怒らせると怖いし長引くタイプだと知っている。でも、執事長が何をしたと言うのだろうか。俺はアベルに連れ出されただけだと言うのに。


「ほら二人とも。ルシアさんは無事だったのですから。まずは温かい飲み物を飲んで落ち着きましょう」


 俺の後ろに立っていたメイド長は手をパンと叩いた。キャルは俺の肩を押して近くのソファに座らせる。そしてメイド長はテキパキとあたたかい紅茶を用意して、ミルク入りの1つは俺に手渡してくれた。


「ありがとう」


 一口飲むと優しい味が身体中に染みた。血ではなくとも美味しい。これも生姜入りなのかホッとする味だ。


「…ふぅ、ルシア君。何があったか教えてくれるかい?」


 お父様もいつの間にか元の穏やかな表情に戻っていて、俺の隣に座ってくれた。お父様と隣同士なんて初めてかもしれない。ただしお父様自身がちょっと冷えていて寒いけど。


 俺はお昼を食べた後、薔薇園でアベルに連れ出されたこと。アベルから話を聞くと、俺がお伽噺の囚われのお嬢様と重なって見えたから連れ出したこと。あと俺の最愛の妹にちょっかいを出そうものなら万死に値するとして、がっつり説教をしたことなどを話した。


 話終えると、お父様はなるほどと呟いた後にふぅとまたため息をついた。


「あの山姥め…また新しい傀儡を作っていたのか」


「全くですね!ルシアさん!あの婆に何もされていませんか?」


「ん?お婆さん?シスターのことか?そういえば、レジーナだと思われて、すげえ撫で回されたけど…」


 スレイだけでなくキャルまで珍しく怒ってるっぽい。お父様に至ってはもう俺にまで殺意を感じるよ……


「ルシア君。君はもっと危機感を持ってもらわないと困る。だから何時も監視を付けているというのに」


「はい…お父さっ、ま!?くすぐったっ!?や、や、やめてください!うひゃあ!?」


 お父様は急に俺を抱き寄せてきた。お父様の胸の中に収まる形になって、頭をわしわしと撫でられる。いつものように優しくではなく、乱暴に髪をかき混ぜるような感じでとてもくすぐったい。


「…バレないとでも思ったのか。我が屋敷から去れ』


「お父様…?うひゃひゃ!?くすぐったいですから!」


 一瞬お父様が別人になった気がして怖くなったが、またわしゃわしゃと犬にするみたいに撫でられて思わず笑ってしまった。しばらく撫でられるとお父様はパッと手を離す。


「ごめんねルシア君。もう大丈夫だよ」


「はぁ、はぁー…びっくりしました。突然やめてください…」


 俺は乱れてしまった髪を整えながら、苦笑いをした。そんな様子をキャルとメイド長が微笑ましそうに見つめていた。なんか恥ずかしいなこれ!


 その後は、アベルに対する処遇と、結界を管理していたという執事長の話を聞いて解散した。執事長はお父様からじっくりとお仕置きを受けるらしい。…今回の件、アベルが暴走しただけで執事長は悪い事は何もしていないと思うのだが…お父様と使用人の間でしか通じ合えない事情があるらしい。俺には詳しく教えてもらえなかった。


「それでは、僕たちはこれで失礼します」


 スレイは立ち上がり、キャルと一緒に部屋を出ていこうとしたが、お父様が思い出したように振り返ってスレイを見た。


「ああそうだ、スレイ。ルシア君をお風呂で洗ってくれるかい。()()()()()()()()()()()ようだからね。くれぐれも念入りに」


「……え゛っ……」


 そう言われて、昨日の事がフラッシュバックする。思わず変な声が漏れた。スレイもピクっと引き攣った笑みを浮かべている。


「……かしこまりました。ルシアさん、行きましょうか」


「いやいや待て待て!!お前も絶対嫌だろ!?無理しなくていいぞ!?自分一人で大丈夫だから!!」


「いえ、ジルヴァ様の命令ですから。それにその()()は僕かキャルしか取れませんし…僕が洗うのは嫌だとは思いますが、我慢してください」


 傷ついたように微笑むスレイに連れられて、俺は浴室へと連れていかれた。

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