閑話 レジーナの考え
時間が少し巻き戻り、本物のレジーナ視点です。
第一王子と私が主催で、私達の婚約発表をする為のパーティ。
それが春の終わりに学園で開催される。そのはずでした。
なのに、第二王子であるシオン殿下の婚約者のシャルロット様が、突然一人の平民の特待生を虐め始めたのです。しかも、学園中に噂が広がる様に、大袈裟に……!
『特待生も可哀想だな』
『私は身分差別はしない方ですけれど、特待生は生徒会全員と関係を持っているのでしょう?プライドの高いシャルロット様は許せませんものね…』
至極平穏であった学園に振って沸いたスキャンダルは、尾ひれ背びれをつけられて生徒たちに広がっていきました。シャルロット様が悪い、いや特待生が悪い。と平民として通う生徒と貴族として通う生徒がそれぞれに派閥を持って争いを起こすほどに。
パーティでは私と王子の婚約発表がメインとは言え、身分関係なく皆様に楽しんでいただくことも目的としています。
「大丈夫ですか?レジーナお嬢様。ここ最近眠れていないのではありませんか?何か僕にできることはございませんか?」
私の従者であるスレイが心配してくれますが、緩く首を振って私は何でもないと笑いました。
「そんな事はないわ。二月後にはパーティがあるのだから、未来の王妃として張り切るのは当然でしょう?私がやり遂げてこそ意味があるのですわ。」
王族継承の儀式で、学園に来ていない第一王子にご迷惑をかけてはいけません。それに、この婚約パーティは私が立派な王妃として公爵家から旅立つ為の儀式でもあります。社交にパーティの手配、あらゆる物事に尽力いたしました。未来の王妃として、ここで立ち止まってはいけませんから。
***
その日は風紀委員の方にご協力いただいて、虐めの現場を押さえることができました。何とかシャルロット様を宥めると、特待生のマリ様にも事情をお聞きしました。
「レジーナさん…!シャルロットさんは、何も、悪いことはしてません!全て私の責任なんですっ!!」
「マリ様…?どうか涙を拭いてください。一体何があったのですか?」
確かにマリ様は平民ですが、特待生としてこの学園に入る資格はございます。何よりこの学園に通う全ての生徒達をまとめるべき生徒会が、『身分に関係なく尊く学びを得るべき』という目標がある以上、身分によるいじめや偏見はないはずだと言う事をおっしゃっています。
「レジーナ様!?騙されてはいけません!その女は、シオン様を、ひいては他の令嬢の婚約者にも手を出しているのです!」
「手を出すなんてそんな事は…!皆はマリを可愛がってくれるだけで…!」
シオン殿下に気に入られているマリ様を疎んだシャルロット様が、そうして陰湿なイジメ行為を行ってしまった。その様な愚行を行ったシャルロット様は然るべき処分を受けなければなりません。
…でも。
「マリが、可愛いすぎるヒロインだから!みんなメロメロになっちゃうんです!私の責任なんですー!うわーん!」
「……はぁ」
マリ様にも原因の一端があります。平民での入学だからとは言え、マリ様は王族や貴族に対しての常識が恐ろしく欠如していらっしゃる。
さらに学園では身分差は関係ない、という決まりを過大解釈しています。豊満な体型であるとはいえ、扇状的な改造を施した制服に、あらゆる殿方に身体を押し付けるなどの破廉恥な振る舞いなど、その他もろもろ…。
厳粛な性格であるシャルロット様は、学園の風紀を乱すその行動を許すことはできませんでした。だから苛烈な行動に発展してしまったのでしょう。
「シャルロット様、貴女の行為は淑女として許されるものではありません。ですからマリ様に謝罪をすべきですわ。…………そしてマリ様、私の勘違いでなければ良いのですけれど、あの、」
「謝る必要なんてありませんよぉ!だって私が可愛すぎたんです。ただ、シオンは優しかっただけなんです!」
「レジーナ様……謝る必要がないのなら……!謝罪は!不要!なのではないでしょうか……!?」
……まずいです。シャルロット様の怒気が溢れています。
…でもこれは…本当にシャルロット様だけが悪いのでしょうか…
「えぇと……マリ様。マリ様の魅力が…その、原因で起こってしまったことですわ。ですので、またこのような事が起こらないように、その改造された制服や、殿方に身体を寄せる行為などを控えるのはいかがでしょうか」
「えっ!?レジーナ様は、平民を差別なさるんですか…?ひどいです」
「ふぇ!?なっなんで!?そ、そうではなくて…」
マリ様が涙を流して私を見つめています。
ああ、困りました……! どうすれば……
その時でした。
バァンッ!とドアが壊れる勢いで開けられました。
そこに居たのは第二王子のシオン殿下。
「シオン様…あぁ、良かった!」
彼は生徒会の副会長でもあります。
この騒動を収めてくれるのかもしれません……!!
シオン殿下はその美しい紫髪を揺らして、カツカツと近づいていきます…マリ様の元へ。
紫水晶のような瞳で私とシャルロット様を睨みつけ、シオン殿下は今までに聞いたこともないような底冷えするほど低い声を出しました。
「マリを泣かせたのは、君たちが?」
違います!と声に出そうとすると、シオン殿下は魔力威圧をかけているのか、パクパクと魚のように口を開閉させるのみで声が出せません。殿下が一言口に出したその瞬間、周りの空気が変わりました。
「黙っているところを見ると肯定と取るぞ。俺は王族だが、一人の生徒でもある。故に、学園内で起きた出来事には介入させてもらう。そしてお前たちは、身分を傘にきて平民であるマリを傷つけた」
「シオン様!違うのっ、マリが可愛すぎるから…」
いや、それはそうなのですけど。ああもうはやく訂正しなければ、と口を開きますが、やはり金縛りにあったかのように体が動きません。殿下はそんな私たちを無視して言葉を続けていきます。
「お前たちは学園に相応しくない」
「シ、オン様……おやめください!平民への教育も、王族の務めでありましょう!」
シャルロット様が威圧を解いたのか、汗も拭わずシオン様へと反論します。ですが婚約者であるシャルロット様をまるでネズミでも見るかの様に睨みつけていました。
「ふぅん、平民の教育。身分を傘にきてマリをいじめたことを良く理解しているみたいだな?では、俺との婚約を白紙に戻してもらう」
シオン様の言葉に私は思わず目を見開きます。公爵令嬢であるシャルロット様の婚約を破棄するなんて、まさか……!シャルロット様は絶望したように顔を真っ青に染めて、震えていました。
「マリに嫌がらせをしてるのが、まさか自分の婚約者とはな」
「違うのです、誤解なのです、わたくしは、ただ……」
「言い訳無用、お前達を学園に置いていても害悪になるだけだ。修道院へ送る。さっきの態度と言い……身分に拘るその考えを正さないなら尚更だ」
スッとシオン殿下の指が地面を指し、私とシャルロット様は床に磔にされました。
すると私の中でプツンと、糸が切れるような感覚がしました。そして、私の意識はどこか遠くに行ってしまいました…
***
「うぅ…ここは?」
私が目を覚ますと、みずぼらしい馬車に揺られて何処かに向かっていました。
……あぁそうだ、私としたことが、なんて事をしてしまったんでしょう。
2人を止めている立場だったのですが、イジメの共犯者として修道院に送られている途中なのでしょうね。学園の制服のまま、手持ちの物は小さな学生鞄くらいしかありません。
学園でも一二を争うほどに苛烈な性格のシオン殿下ですから、このように使用人や生徒を修道院送りにしているという噂は存じていましたが、まさか自分にも火の粉が降りかかるとは。今頃お父様やスレイはカンカンに怒っているのでしょうね。
「でも、なんだか…疲れてしまいましたわ」
未来の王妃として、勉強も社交も頑張ってきたつもりです。だけど、それなのに、私はこんなに簡単に修道院に送られてしまうほどの価値だった。
あの方の隣に立とうと、相応しい女になろうと頑張れば頑張るほど、努力すればするほど泥沼に浸かっていくように何も出来なくなってしまって…。
「未来の王妃として」なんて言葉で取り繕った心が、ガラス細工を床に落としてしまったかのように、崩れ落ちたような。
すると突然馬車が止まり、外から声が聞こえてきました。
「おっと!酔っ払い共が道を塞ぐんじゃねえよ!」
「悪い!コイツら直ぐに退けるから、オラ!妹に変な目ぇ向けやがって!死ね!」
「おいおいお前!待て待て待て!殺すな!」
乱暴に開かれた扉から現れた、親切そうな御者のお方は「お嬢さんちょっと待っててくださいね」と一言私に声をかけて、また外へと戻って行きました。
そっと馬車の隙間から何があったのかと覗くと、馬車の通り道を遮る様に平民らしき殿方が何人も倒れておりました。それを御者の方々と兄妹らしき2人が道の傍に押しやっていたのです。
(いまなら、自由になれるかも…)
突然頭の中に思い浮かんだ、未来の王妃としてあり得ない発想に驚きました。そんなこと、許されるような身分じゃないのに。
「御者のおっちゃん!そっち持ってよ!」
「だー!人使いが荒いなぁ!」
「お兄ちゃん、おじちゃん、がんばれー!」
「……」
その光景をみて、子供の頃に内緒でお屋敷を抜け出して、下町で遊んだ記憶までもが蘇りました。
(王妃としての窮屈な毎日から、さらに窮屈な修道院に送られるくらいなら…平民としてきままに暮らしてもいいんじゃないかしら…?)
修道院に入れられるということは、この先貴族社会に戻されたとしても針のむしろ。ならば、平民として暮らすのも悪くないのではないか?と、思ってしまったのです。
幸いにもお菓子作りは得意ですし、どこかのお店の下働きなんて、夢のようではないでしょうか。
「お待たせしました!お嬢さん、こちらの道は危ないので、別の道を通りましょう!」
…いつの間にか戻ってきた御者の声が聞こえたときには、レジーナは馬車から姿を消していた。きっと探しにくるであろう父と執事に向けた『私は平民として、自由に暮らします』という紙を残して。