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説教

 部屋の前で立ち止まって深呼吸をする。コンコンと扉をノックすると中からくぐもった声で返事があった。孤児院の古めかしいドアを開けると、ベッドの上で一本の薔薇の花を眺めている少年の姿があった。


「…あ!?レジーナ!どこに行ってたんだよ!俺すっげぇ探してたんだぞ!つかれたから帰ってきてせいかいだったな!」


 こちらを見て、ベッドから飛び出してくる彼。


「ほら、いくぞ!まだ俺のようきゅうはおわってないからな!」


 ニコニコとこちらへ歩いてくるその姿を見ると沸々と怒りが沸いてきた。どこに行ってたんだよ、だと?


「…シスター、席を外していただけますか?メルタは、あー…念のために一緒に居てくださいまし」


「え?わ、分かった」


「では私は講堂におりますね。ごゆっくり」


 案内してくれたシスターのお婆さんを退室させると、俺は腕を組んで、光の刃を出しているアベルをギロリと睨みつけた。


「なんだよ?ぷすっとされたくなかったら、早く行くぞ!」


 うん、よく分かった。コイツは考えなしのクソガキだと。そっちがそのつもりならこちらも臨戦態勢だ。


『アベル、そこに直りなさい。よくもまぁ、そんな口が聞けるわね』


「…っ?は…?何…」


 ガクン、と膝をつくアベル。メルタも隣でパクパクと口を開け閉めしていたが、無視をして話を続けた。


『貴方は、自分が何をしたのか分かっているの?』


「…えっ、それは…お嬢様をつれ出した?」


 気まずそうな顔をするアベル。分かっていないようだからしっかり説明する。


『刃を突き立て公爵令嬢である私を誘拐し、あろう事か空から落として命を脅かした。それがどういうことか、わかる?』


「……?」


 俯いて黙ってしまった彼の顔を掴んで上げる。


『…分からないなら、なんでこんな事をしたの?…言え』


「うっ……?だって、王子からすてられたお嬢様は、毎日なみだをのんでくらしてるって……だからつれ出してやったんじゃんか!」


 俺は悪くない!とでも言いたげなアベルに、深くため息をついた。


『いい加減にしろ』


 一喝してやるとビクッと肩を震わせた。メルタも思わずビクッと跳ねて壁際まで下がっていった。


「ひっ!!」


 情けない声を上げて後ずさろうとするアベルを逃さないように壁に手をついて逃げ道を塞いだ。そして、ゆっくりと言い聞かせるように話す。


『お嬢様は涙をのんで暮らしてなんかいないし。むしろ楽しく暮らしてんだよ。そんなお伽噺みたいな噂だけで、人の気持ちも考えずに行動して、お前は悪い事をしてんのが分かってねぇのか?』


「うぅ…でも、だって…」


 目をうるうるさせて見上げてくる姿に苛立つ。


「それに、おれ、リリアに、ほんもののお嬢様を見せたら、よろこぶと思って…」


 ……なるほど。リリアに……


『そうかぁ。それで連れ出した、と』


 俺は大きくため息をついた。そして、勢い良く拳を振り上げて、思い切りアベルのすぐ横に振り下ろした。


 ドカッ!!!


 鈍い音が室内に響き渡る。驚きで床に転がったアベルに馬乗りになって胸ぐらを掴んだ。


『調子こいてんじゃねぇぞ。クソガキが。甘く見てんじゃねぇよ』


「ひぃいっ!」


『お前がした事は悪い事だ。自分のことしか考えてない。わかるだろ、悪い事をしたらごめんなさい、だ。ひーひー鳴いてんじゃねえよ。あぁ゛?』


 襟元をぐっと引っ張って締め上げた。苦しくて咳き込みながらなんとか言葉を紡ごうとする姿が哀れに見える。


「うぇっ、ゲホッ!ごめ、んなさ……い……!許して…」


 やっと聞き取れるような声で言った言葉に満足すると、パッと手を離して、ニヤリと笑う。


『許さねぇよ。あれだけされて許す訳が無いだろうが』


 ハハッと笑ってやると、アベルの顔がさっと青ざめた。


『同じ目に合わせて…いや、もっと酷い目に遭わせてもいいんだぜ。お前は悪い事をしたんだからな。正義はこっちにある訳だ』


 抉ってもいいんだぞ、と指を少年の眼に突き立てるように動かすと、アベルの目からボロボロと涙が溢れてきた。


「ごめんなさ…ごめんなさい!もうしない、しないから…!」


『女の子にナイフを向けたりしないか?』


「しない!しません!」


『乱暴な事をしないで大人の言う事をちゃんと聞くか?』


「うん!はい!いい子になるから、ゆるして下さいっ!ごめんなさい!」


 鼻水垂らしながら泣きじゃくるアベルを見て、俺はゆっくりと立ち上がった。


「…フン、お前が良い子になるまでは許してやらないからな。あとリリアはお前なんかに絶対渡さん」


 アベルは泣きながらも何度も頭を縦に振っていた。


「メルタ、ちょっと手伝っ……あっ」


 くるりと振り向くと、もしもの時に止めてくれるように連れてきていたメルタは、壁際で白目を剥いて気絶していた。


 …スッと手で目を閉じさせておいた。



 ***



『汝…我が闇の眷属となり記憶を堕とせ』


 アベルにお説教をした後、闇の眷属化(シャドウテイム)で俺が吸血鬼であることの記憶を消した。


 アベルは以前学園にいたマリと同じように光の魔力が強いのか、コイツがリリアを好きという気持ちや、過激になりすぎたお説教などの記憶までは操作できなかった。だがまぁ…大丈夫だろう。このクソガキには多少トラウマになった方が効果がありそうだし。


「壁の傷は…うん、このクソガキのせいってことで。お嬢様は非力だから疑われないだろ、うんうん」


 いざとなったら公爵パワーだな。と納得していると、後ろでメルタがのそりと起き上がった気配を感じた。


「おはようメルタ、変なところぶつけてないか?」


「ん………」


 寝ぼけているのか、ぼんやりとした顔でこちらを見つめてくる。ひらひらと目の前で手を振ると目が合った瞬間、顔を真っ赤にしてバッと後ろに飛び退いた。


「……っ!?っ!痛えっ!?」


 ゴンっと壁に後頭部をぶつけたらしく、そのまま床に倒れ込んだ。寝ぼけているのだろうか。ビックリした。


「どうしたんだよ急に。おい、大丈夫か?」


 心配になってしゃがみ込むと、はっと見上げられて、じわじわとメルタの顔が赤くなる。


「……黒」


「はぁ?何がだよ」


 そして再びバッと飛び退くようにして離れられた。


「うぉおおおっ!?な、なんでもない!なんでもないです!」


 一体なんなんだ、と首を傾げつつ、気絶したままのアベルの首根っこを引っ掴んでズルズルとベッドまで引きずっていった。ガーターか…というメルタの呟きは聞こえなかった。

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