下町へ降ろされて
「ちょっ、離せ!ひぃ!やだ、いやだ…」
「うーん、あっちかな?」
ぴょんぴょんと屋根の上を飛ぶようにしてクソガキに街へと連れてこられた俺は、空を飛ぶ浮遊感に青くなっていた。文句の一つでも言いたいのに、恐怖で悲鳴しか出ない。
「…あ!ケーキ屋だ!」
「ちょ、」
だが途中、小さな腕では支えきれなかったのか。ふいっと別のものに気を取られたアベルに、俺は路地裏へ振り落とされるようにして降ろされた。
「ひっ…うわああぁあ!?」
だが、ぼすん、と運良く麻袋の山に落ちたようで、なんとか怪我はないようだ。
「う、うぅう…し、死ぬかと思った…ここはどこだ…?」
ここは下町だろうか。見覚えのない景色に唖然としながら立ち上がって、服についた汚れを払う。まだ震えがあるが、先程まで自分を抱えていたクソガキを探すために振り返った瞬間、気づいた。
「…ナサリダ商会?ここってオルゴの店か?」
紋章を見る限り、どうやらここはオルゴの店の倉庫らしい。だが俺が知らない場所ということは、最近増設したばかりなのだろう。アイツの商会が繁盛している証拠だ。倉庫で働いている人達の声を聞きながら、俺はアベルの姿を探した。
「おい、お前そこで何やってんだ?」
ふと声をかけられて振り向くと、そこには作業着を着たメルタがいた。手には木箱を抱えていて、どう見ても配達途中といった感じである。
「め、メルタ?良かったぁ。ちょっと聞きたいんだけど…うおわ!」
「えっ!?先輩!?危ない!」
俺は見知った顔にホッとして思わず駆け寄ろうとしたが、地面にあったロープに足がもつれて倒れそうになる。だが倒れ込むところをメルタに支えられた。
「…ありがと、ちょっとフラフラしちまった。悪い」
「いいい、いえ!」
メルタは俺の顔を見て驚いた顔をしていたが、すぐにパッと手を離してしどろもどろになる。
「ど、どうしてここにいるんだ!?夢…!?…それに、その格好…私服…かわ…」
「ごめん、仕事中に邪魔しちゃって。実はアベルって子に引っ張られて来てさ…」
かくかくしかじかと説明すると、メルタは何があったのか察してくれたらしく、困ったような呆れた表情を浮かべていた。
「そいつは下町で暴れてる奴だな…よく話は聞いてますよ。最近商会に来た女の子に振り向いて欲しいからって。その話を聞かない感じ、なんだかマリを思い出すな…」
「そうだな、あいつも光の刃で脅してきたしなぁ…」
どちらかといえば、空中散歩させられた時の方が怖かったけれど。さっきの事を思い出していると、メルタは初耳だったようで目を丸くしていた。
「脅し…!?ハァ!?だだだ大丈夫なんですか!?」
「あー違うんだよ、いざとなればガブっとすればいいし。ただ、あの子は一体何をしたいのか気になってさ」
俺の言葉を聞いた途端、メルタは目を見開いて口をパクつかせた。そしてしばらくその言葉の意味を噛み締めると、ムッとした表情になった。
「本当、先輩はお人好しだよなぁ…そんなだからつけ込まれるのに。それで、そのアベルっていう子を探してるんですね?」
「ああ、でも見つかんなければ屋敷に帰ってもいいかなって。この辺りもよく分かんないし」
「なら俺が案内しますよ。この辺のことなら詳しいんで!」
「ほんとか?それは助かる!ありがとうなメルタ」
そう言って笑うと何故かメルタは頬を染めて目を逸らしてしまった。
「…休みでもバイトしてて良かったぁ…」
そして俺たちは、まずはこの近辺にあるというナサリダ商会の系列店に向かうことにした。
***
「いらっしゃいませ〜」
扉を開けるとそこは家具屋だった。店員は皆可愛らしいエプロンを着ていて、とても愛想が良い印象を受ける。
「こんにちは〜!あら?メルタ、荷運びは終わったの?」
奥の方にいた女性がこちらに歩いてくる。歳は30代くらいだろうか。どこか優しげな雰囲気のある人だった。
「はい!店長。荷物は裏手に置かせてもらいました」
「そう。あら?こちらのお嬢さんは?まさかアンタの彼女とか?」
「かっ!!!!違ぇよ!!こちらは学園の先輩!ほら、前に話した人!!」
ボッと火がついたように真っ赤になって慌てるメルタに、女性はクツクツと笑っていた。
「初めまして。お忙しいところ申し訳ございません」
「あらいいのよ。ふぅん?マリちゃんより礼儀正しくて良いお嬢さんじゃないの」
女性はジロリと値踏みするように上から下まで眺めた後、にっこりと微笑んでくれた。しかし、マリと比べられるなんて随分仲が良さそうなんだな。そんなことを考えながらホッとしていると、後ろからメルタに肩をグイッと引かれた。
「もう、やめろよ店長!」
「ふふふ、それよりも何か買っていく?今日は何をお探しなのかしら?」
「いえ、アベルという男の子を探していまして。この辺りで逸れてしまったのですが、見かけませんでしたか?」
「アベル君ねぇ……確かに、彼はここの家具で遊ぶために来るけれど、今日は見てないわね」
「そうですか…ありがとうございます」
ニコッと微笑んで頭を下げると、女性も同じように笑顔を浮かべてくれた。
「メルタ、もうバイトは大丈夫だから。愛する彼女についていって良いわよ。貴女も良かったらまた来てちょうだいね」
「だからぁ!!」
そう言い残して彼女は仕事に戻っていった。どうしようかなと思っているとメルタが声をかけてきた。
「あの、次は孤児院を探すのはどうですかね。よく近所の子供が集まって遊んでいるので」
「孤児院って、教会みたいな感じだったよな。この辺にあるのか?」
「うん、あっちですよ!」
***
メルタに案内された場所は町の中心部にあった。大きな建物が二つあり、その間に小さい建物が建っている。建物の前には青い服を着たシスターらしき女性が立っていて、子供たちの相手をしているようだった。メルタについて中に入ると、そこにはたくさんの子供がいた。
「あっ、メルタお姉ちゃーん!」
すると一人の女の子がメルタに気づいて駆け寄ってきた。
「ねえメルタお姉ちゃん!聞いて!昨日ね、向こう側の教会で聖女様を見たんだよ!すっごく綺麗だったの!」
「分かった、分かったけど…俺は、お、兄、ちゃん!だからな?!」
キラキラとした瞳をメルタに向けている女の子は興奮気味に喋っている。それを横目に俺は近くのテーブルに座っているシスターに声をかけることにした。
「すみません、少し聞きたいことがあるのですけれど、よろしいですか?」
その人は70代後半くらいの女性だった。青い修道服に身を包む姿はとても品があるように見える。
「はい、なんでしょうか?」
「えっと、アベルという男の子は来てませんか?探しておりまして」
「あら、貴女はもしかして…レジーナお嬢様?!まあまあ!大きくなりましたね!!」
「えっ?どうして私のことをご存じなのですか?」
「そりゃもちろん覚えていますとも!私は前もここで働いていましたから。まあ、こんなに綺麗になって……」
そう言って感極まった様子の彼女は目元を抑えていた。本物のレジーナお嬢様と面識のある人だったらしい。そして何故か、俺を抱き締めて頭を撫で始めたのだ。
「ちょっ!?」
必死に彼女の腕を振り払おうとするものの、全然離れてくれない。それどころかますます強く抱きしめてくる始末だ。
「スレイもキャルも、レジーナお嬢様のおかげで楽しく暮らせております!!本当に感謝してもしきれません!」
「いえ、別にそんな、大層なことは何も……」
そういえば、スレイは孤児院出身だと言っていた気がする。それにキャルも一緒だったので、と言っていた。どのような経緯で屋敷で働くことになったのかは知らないが、二人は本物のレジーナお嬢様に恩義を尽くしているのだろうな。
ようやく離れたと思ったら今度は頬擦りまでされそうになったので全力で回避した。
「ごめんなさいねぇ、つい嬉しくなって…それでアベル君でしたよね?その子ならさっき帰ってきましたよ。今は奥の個室に居るはずだわ」
「…なるほど、分かりましたわ。ありがとうございます」
俺とメルタはシスターに案内されて、孤児院の奥の部屋へと足を進めた。




