脅しと要求
昼食が終わった後も貴族教育が続くはずだったのだが、メイド長からの言葉でお開きとなった。
「今日は集中力が散漫になっております。一度休憩されてはいかがでしょうか?」
「…わかりました」
確かに今日の授業はあまり身に入っていなかったかもしれない。メイド長の提案に乗り、俺は一人で庭園を散歩することにした。
「ふわぁ、今日はあったかいなぁ」
日傘を差しながら、噴水の周りをゆっくりと歩く。ここは薔薇園だからだろうか、甘くて華やかな香りが漂っていた。今日は執事長は居ないようで、さらさらと葉が揺れる音と噴水の水が流れる音だけが聞こえる。
ぽかぽか陽気につられて眠くなりながら、ぼーっと歩いていると突然背後から誰かに抱き着かれた。
「…つかまえた!」
「わあぁっ!?なに!?」
振り返るとそこにいたのは、昨日教会に来ていたアベルという少年がいた。何故屋敷の敷地内に、と思っていると、彼はにっこりと笑って言った。
「やっと見つけた!こーしゃく家のお嬢様!ずっとさがしてたんだぞ!」
「え、ちょ、ちょっと待って、今は一人になりたい気分なの!?」
手を掴んで引っ張ろうとする彼に抵抗して離れようとするが、彼も負けじと力を込めてくる。見た目以上に力が強い。
「離してくださいまし、ちょっと、わかりましたから落ち着いて!というかどうやってここまで入ってきたんですの!」
こんなところを見られたらメイド長に怒られてしまうと思い、何とか彼を宥めようとした。だがその瞬間、少年の手から鋭い光が放たれ、首元に当てられる。それは先程見た、刃のような光の反射だった。
背筋に悪寒を感じて身体が硬直すると、少年は口角を上げて笑った。
「さわぐと刺すぞ?」
「……っ」
この光の刃は、まずい。本能的にそう感じた俺は、一旦大人しく従うことにした。
「…さっきから分かりました、と言ってるでしょう。抵抗はしませんわ」
「よし、じゃあ俺のよーきゅうに答えてもらおう!」
少年は満足げな表情を浮かべると、俺の腕を掴んだまま歩き始めた。
(……これは一体どういう状況なんだろう)
腕を引っ張られながら考えるが、全くわからない。
(公爵家と言っていたな。もしかして恨みでもあるのか?それともレジーナお嬢様を誘拐しようと……?)
考えれば考えるほど思考が悪い方向へ進んでいく。やはりこのクソガキは昨日のうちに潰しておくべきだったのだ。
やがて連れていかれた先は、薔薇園の中でも他の場所よりも人目につきにくい、黒薔薇が咲いている場所だった。少年はキョロキョロと辺りを見回すと言った。
「ここならだれも来ないな?さて、よーきゅうを言う前に…お前の名前を教えろ」
「……レジーナ=サリ=ケイプですわ」
名前を聞いた途端、彼の顔がぱっと明るくなった。
「ああ、やっぱりそうか!うわさ通りにきれーだもんな!レジーナか…かわいー名前じゃん!」
「……?はぁ、ありがとうございます?」
何なんだこの子は。急に馴れなれしくなったことに困惑していると、今度は俺の顔を見てすこし顔を赤らめて、こう続けた。
「コホン!この屋敷でリリアの兄ちゃんがはたらいてるんだろ?いますぐ呼べよ」
「えぇ…?というかあなたは何者なんですの?」
「いいから早く!こーしゃく様のめいれいだって言えば来るだろ!ほら!さっさとしろよ!」
そう言って少年は苛立ったように俺の首元に当てていた光の刃をちらつかせるが、そうは言っても目の前のお嬢様がその「リリアの兄ちゃん」なのだけれど。前に屋敷に突撃してきた時といい、この少年は間が悪すぎる。
「ルシアなら屋敷に居ませんわ。今日は休みで遠くに行っていますの」
「ウソつくんじゃねえよ!あの兄ちゃんがそんなかんたんに休み取れるわけないだろ!?それに昨日教会に来てたし!休みだったらリリアの所に来てるはずだ!」
……まずい。昨日のことを聞かれたら言い訳できない。
「…ですから、本当に彼は屋敷に居ないのです。私で出来ることであれば代わりになんでも聞きますから!その刃を下ろして下さいまし」
「…なんでもか?本当だな?絶対だからな?」
念を押してくる彼に若干引きながらも「もちろん」と答えると、彼はようやく光の刃を収めた。
「そっかぁ、いないのか。じゃあ今日の所はあきらめるか……」
ほっとしたのもつかの間、少年はガシッと腕を掴んでくると、小さな体躯のくせに俺を横抱きにしてきた。
「ちょっ、何をするんですの!?離して!!」
「あばれんなって!なんでもするって言っただろ、いくぞ!」
「うぉわああぁあっ!?」
そのまま少年は走り出した。俺は必死に手足を動かして抵抗するがびくともしない。
(なんでも聞くとは言ったけど、なんでもするとは言ってねぇよ!)
少年は庭園の中を走り抜けて、屋敷を囲う高い塀を飛び越える。どこにこんな力が、と思う頃には結界をするりと抜けて、俺は屋敷の敷地外へと連れ出されることになった。




