秋の夜長に
「…うぁあぁぁ…冷える……」
ガタガタ震えながら部屋までの廊下を歩いていく。まだ木の葉も赤くなり始めの初秋とはいえ、夜は冷え込むものだ。寝巻き代わりの薄っぺらい服一枚では流石に寒すぎたようで、すっかり湯冷めしてしまった。
(そういや俺、吸血鬼なのに寒さとか感じるんだよな)
物語の吸血鬼は日の光に当たると灰になったり、血が足りなくなると干乾びたりして死んでしまうらしいのだが、今の自分は昼間外に出ても日焼け止めをすれば平気だし、太陽の下にいても焼け死んだりする気配はない。
リリアも覚醒したら俺と同じになるんだとして、両親はどうだったんだろう。普通に暮らしていた気がするけど、そもそも吸血鬼なのか? 廊下に差す月の光を見ながらそんなことを考えているうちに、部屋の前に着いた。
「ふぁ〜、さっむ。布団あったかいかな〜」
扉を開くと見慣れた自分のベッドがあった。重い毛布を被って丸くなってみると温もりを感じる。やはり人間よりも獣人や亜人の方が暖かいのかもしれない。来世は長毛の猫とかになりたい、なんて思いながらベッドの脇においた満開の黒薔薇の香りを嗅ぐ。
少しリラックスした所で眠ろうとしたその時、コンコンとノックの音が響いた。
「ルシアさん、入ってもいいですか?」
「ん?いいぞ」
返事をするとお盆を持ったキャルが入ってきた。
「温かいミルクティーを持ってきました。ジンジャーシロップを入れているので身体が温まりますよ」
「うわーありがとう…!助かるよ…」
渡されたカップから立ち上る湯気に顔を寄せて、吐息で冷ましてから一口飲む。ほうっと吐く息が白い。
「美味ぁい…あったまる…」
「ありがとうございます。ふふふ」
「ん?どうした?キャルも飲むか?」
こちらをみて笑う彼女に聞いてみると、口元を抑えながら首を振っていた。
「いえ、私は結構ですよ!それよりルシアさんが猫ちゃんみたいに丸まってて可愛かったもので、つい笑ってしまいました。ふふふふ、ごめんなさい」
「…猫ちゃんって…男の姿で可愛いって言われても嬉しくねぇし…キャルの方が百倍可愛いだろ」
お嬢様をしてるときに言われるならまだしも、今の姿で言われるのは揶揄われている気分になる。少し拗ねたように言うと彼女は慌てた様子で否定する。
「はぅっ!?︎わ、私なんて全然……!その……ルシアさんのことはいつも格好良いと思っていますよ……!」
「ははは、そうか?だったら嬉しいよ」
胸を抑えて仰け反るキャルに笑いながら、気になっていたことを質問した。
「ところでキャル、なんでこんな時間に部屋に来たんだ?何か用事でもあったか?」
「あっ、えっとですね、ルシアさんにちょっと聞きたいことがあったんですが…大丈夫ですかね……?」
心配そうな表情をする彼女を見て、俺は温かいティーカップを持って首を捻った。
***
キャルがルシアの部屋を訪ねる少し前。
スレイは無表情で壁の柱に頭を打ち付けていた。
「あああ……僕としたことが……あー……」
ごつん、と柱に頭を打ち付けても、先程やってしまったことをやり直すことはできない。一緒に風呂に入ると言われた時に断ればよかったのだ。しかし、あの時の僕は彼に誘われた瞬間に正しい判断が吹き飛んで即答してしまった。
お風呂場でルシアさんの話を聞き終わってなんとか逃げ切れたと油断していた。醜態を晒してさらに口が滑ってしまった、しかも誤魔化そうとして暴力まで。最悪の結果がこれである。
(本当に何やってんだ、僕は……)
後悔先に立たずとはまさにこのことだろう。これからルシアさんと顔を合わせる度にどんな顔をすればいいのかわからない。いっそ記憶ごと消えてくれればいいのだが。
「……そうだ、記憶を消しましょう。風紀委員室で禁術を…いえ、魔女辺りに頼めば一発で…」
「コラコラコラ!また物騒なこと企んで!やめなさーい!」
ガシッとキャルに羽交い締めされて止められてしまった。振りほどこうにも、相手は女子とはいえ同じ孤児院の出であり、未だに身体能力では敵わない。
「離せキャル!今度こそ脳を破壊しないと大変なことになるんだよ!」
「だからどうしてそういう発想になるかなぁ!?︎というか破壊したら大変どころじゃ済まないでしょ!おらぁ!」
「いってえぇ!?」
そう言ったキャルにさらにジャーマンスープレックスを決められて床に転がされる。さすがは格闘術が得意なだけあって、綺麗に入った。脳だけでなく、頭ごと破壊されるかと思った。
「もう、また何があったのか知らないけど。どうせルシアさんの事でしょ?今まで大丈夫だったんだから今回も大丈夫だって」
「キャルには分かりませんよ。…俺が…男のルシアさんの事を意識してしまっているという事実を…直視されてしまったんです…このままだと、明日からまともに会話できない自信があります」
「そんなに?目の前でポエムでも読まれたの?でもまあ確かにそうかもだけど。でも仕方ないじゃない。本人があぁいう性質なんだし、大丈夫だよ」
「……それは……そうなんだけど……彼は同性はありえないと思っているので……」
そう、ルシアさんはれっきとした男なのだ。だから先程のように一緒に風呂に入ったり着替えを手伝ったり、お嬢様として女装している時でも同性同士の距離感として接してもらっていた。
…なのに今日、彼の身体に触れた事で理性が働かなくなった。僕が彼をそういう目で見てしまっていることを、知られてしまった。
「………死にたい……いっそこのまま死んでしまいたい……」
「ダメだよ!?︎本当に死ぬつもりなら全力で止めるからね!?︎ていうかあんたが死んだら、私がルシアさんを朝から晩までお世話するんだよ!?」
…あ、それはそれでいいかも?と真顔になるキャルに、慌てて懐から出したナイフを突きつける。
「それだったらお前を殺して僕も死ぬからな!」
「…出来るとでも?あんた、一回も私に勝てたことないよねぇ」
キャルと取っ組み合いをしていると、廊下からパタパタと足音が聞こえてきた。ルシアさんが風呂から上がっていったのだろう。その音を聞いてキャルがハッとした表情を浮かべる。
「そうよ。私からルシアさんに直接聞けばいいじゃない。さっきの事気にしてますかーって」
「はぁ!?バカ、それは絶対駄目だ!ぐえっ!?」
僕は慌てて止めようとしたが、それより早く扉が開かれてキャルは駆け出して行ってしまった。
***
「……さっきの事を?あー、えっと…多分俺が悪いんだと思う……あいつが何かしたわけじゃないから、キャルは気にしないでやって欲しい」
部屋に来たキャルに、スレイの様子がいつもよりおかしいから、何か知らないかと聞かれて正直に答えていた。元はと言えば俺が転んだのが悪いのだが、とても気にしているらしい。
突然チョークスリーパーを決められたのは痛かったし、よくわからないことで怒鳴られたけど。俺も怒鳴って追い出したし、まぁ元を正せば…どちらかといえば…俺が悪かったと思っている。
「そうですか…。あの、ルシアさんはあれを見てどう思いました?」
「あれっ…を…!!?ど、どうって…え?ええぇ…?」
あれを見て、ってそれは…キャルはどこまで知ってるんだ?というか女の子に答えてもいいものなのか?それはセクハラじゃないのか…!?
明け透けな質問に対して顔を真っ赤にして慌ててしまうが、真剣な眼差しでこちらを見てくるキャルに真摯に向き合おうと思い直す。
「…えっとその…コイツ疲れてるのかよ…って思ったかな…?」
女装をして『レジーナお嬢様になっている俺』に対して、スレイが好意を持ってくれている事はなんとなくわかっていた。そもそも、スレイも学園の皆も『レジーナお嬢様の姿』にドキドキしているだけだと思うのだ。
俺も女の子にドギマギしてる反応が面白くて揶揄っている節があるし。…だから、女の子って印象が多重事故を起こしてしまって、ああなったんだと思う。刷り込みみたいな、そういうことなんじゃないだろうか。
「それはまぁ…あの様子でしたから、わかります。私にそれを見たルシアさんの気持ちを教えてほしいんです」
「は!?俺の気持ちを!?」
見た感想を…!?何言ってるんだキャルは!?そしてキャルに何を言ってるんだスレイは!??
「あ、えっとその唐突ですよね。それを見て、シチュエーションの感想というか、ドン引きしたとか、ドキドキしたとか。否定的なのか!好意的なのかが分かれば!」
「え、うーん…そ、そうだなぁ…」
俺がスレイに対してあの時どういう気持ちになったか…?困惑以外に思ったこと、か…
俺が考えていると、机の上に置いていた青薔薇のブローチが、キラッと光った気がした。
「………」
スレイが風呂場から立ち去ったあと、湯船の中で考えていた感情を思い出して、ぽつぽつとキャルに話す。
「……あのさ。いや、なんだろう、頭がぐるぐるして、この辺がギュッとする感じっていうか……」
じわりと思い出してきて、口が上手く回らない。
「…………嫌…ではなかった、から、好意的、かもな…?」
「……へ?」
「な、何言ってるんだろうな、今のなし!!ごめん忘れてくれ!」
思わず口走ってしまい、恥ずかしくなって両手で顔を覆う。するとそれを聞いていたキャルが勢いよく立ち上がって叫んだ。
「あぁぁぁ…有りってことですか!?スレイのあの恥ずかしいポエム集が!???」
「え!?ポエム集?!待てキャル、何の話!?」
「いいんですよ隠さなくても!私は分かっていますから!!」
キャルの興奮具合についていけないまま、いつの間にか話が進んでいる。スレイのポエム集ってなんだ、めちゃめちゃ気になる。
「ち、違うぞ!なんか勘違いしてるからな!?そうじゃなくて!」
「大丈夫、誰にも言いませんから!」
「いや、言いふらしちゃ駄目だけど!!違う!!うおわ!?力強いな…っ!?」
ガシッと肩を掴まれて揺さぶられる。それはちがう!という俺の声は届いてないようだった。




