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裸のつきあい

 夕食の後、風呂で身体を温めようと部屋で準備をしていると、扉が叩かれた。誰だろうかと思って開けてみると、そこにはスレイがいた。


「あの、ルシアさん。先程は頼み事は無いと言ったのですがやはり一つだけお願いしたいことがありまして。よろしいでしょうか?」


「ん?いいぞ。なんだ?」


 俺が快諾すると彼はほっとしたような表情をした。そして一呼吸置いて真剣な顔になる。


「ルシアさんの昔の話を聞きたいんです。貴方の両親のことや、幼馴染との思い出など……何でも構いません。教えてもらえないですか?」


「それなら別に構わないけど……どうしてまた急に?俺のことだったら調べ尽くして、なんでも知られてると思ってたけど」


 俺の問いに対してスレイは視線を彷徨わせてしばらく黙っていたがやがて観念したように話し出した。


「…いえ、ルシアさんから直接聞きたかったんですよ……ボクはあなたについて、知らないことだらけですから」


 俺はその言葉の意味を理解しかねたが、とりあえず了承することにした。


「分かった。じゃあそうだな…とりあえず寒いから、風呂に入りながらでもいいか?」


「えっ…、えっと、はい。ぜひ?」


 なんで疑問形なのか分からないが、とにかく風呂で話をすることになった。



 ***



 屋敷の広い浴槽に2人で浸かりつつ、俺はスレイと文字通りに腹を割って話すことにした。


「はー…俺のこと話すって言ってもなー。何が聞きたいとか、あるか?」


「はい。ではルシアさんの出生から伺いたいですね」


「遡るなぁ。生まれた時からかー…」


 そう言われても、生まれた時の記憶など無い。あるほうが珍しいと思うのだが、両親から教えてもらったことを話すことにした。


「んー、俺が産まれたのは、帝国の外れにある小さな村らしいんだけどさ。貧しい漁村だったらしい。両親はそこから逃げ出して、この国に流れ着いて育てられたんだ」


 ここから遠くにあるその帝国は既に滅びているらしいので、その村がどうなっているのかは良く分からないけど。


「まぁ勿論、俺は当時は赤ん坊だったからその辺の記憶はほとんどないよ」


「そうなのですか。ちなみにご両親はどのような方達なんですか?」


 スレイに聞かれたので、ふむ、と思い出してみることにする。


 母は俺と同じ赤目に黒髪を三つ編みにしていて、あまり身体は強くなかったがいつも微笑んでいた。母はいわゆる薬師という職業で、下町で病人が出るとよく呼ばれていた。


 父は背が高く、長い無精髭を生やしていた。普段は寡黙だったが、冗談を言うこともあった。ただ、何の仕事をしていたのかはいまいちわからない。家を空けることが多かった気がする。


「……そんな感じかな?母さんはラミエラ。父さんはブラムって言うんだ。よく覚えてないけど、母さんは優しい人だったよ。父さんはなんの仕事をしていたのかは分からないけど、時々笑っていた気がするな」


「お二人のことは好きだったのですか?」


「そりゃもちろん!家族仲はすげー良かったよ。でも、二人ともリリアが生まれてすぐ後に事故で死んじゃったんだよな。だから正直……あんまり両親のことは思い出せない」


 というより、最後には虚しい気分になるので思い出さないようにしていた。俺が言うと、スレイは申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません。辛いことをお尋ねしました」


「気にしなくていいよ。まぁ、実際は死体は見つかってないから今も行方不明なんだ。もしかしたらどこかしぶとく生きてるかも。なんて思ってるからな!」


 ははっと笑って見せるが、自分で言っておいて少し胸が痛くなった。そう思う度に、だったらなんで俺たちを迎えに来てくれないのだろう?と思うからだ。


 そんな俺を見て何を思ったのか、スレイは何も言わずにじっと見つめてきた。


「……?なんだよ」


「いえ、なんでもありません。では、なぜルシアさんが借金をしていたかについても聞いてもいいですか?こちらの調査ではその事故の後に親御さんが亡くなったことが原因となって借金が発生したようですが」


 この屋敷に来た時に、妹に借金を置いてきた。と脅されていたのだが、スレイはその詳細までは知らなかったらしい。


「あー…。それはな、父さんの知り合いって人が俺たちを引き取ってくれたんだけど、そしたら俺達の身体を売れば稼げるって気づいたらしくてさ」


「えっ」


「それから色々あって変な所に売られそうになったんだよ。そんでまぁ、店もそいつも全部この手でボコボコにした」


 今思えば、10歳で大の大人を倒すことが出来た理由は真祖吸血鬼だったおかげなのかもしれない。無我夢中で暴れて、噛んだ後にみんな大人しくなっていたような気がする。その時は無意識に邪眼などを使っていたのだと思う。


「……は?…売る…?」


「ん?なんか顔色わるいけど大丈夫か?」


「…い、いえ、続けてください」


「う、うん。それで結局、リリアと二人で両親と住んでた家に戻ってきてさ。そしたら俺の名義でその店やら、その住んでた家やらに色々と借金が出来てて。困ってた時にオルゴが家に来てな。そんでまぁ、この感じに至ったわけだ」


 子供心におかしいとは思っていたのだが、その引き取った知り合いというのが俺が直接ボコボコにしたその後でも、色々と手回しをしていた。借金が返済できなくなったという体で、俺たち兄妹を正式な手段で奴隷落ちさせようとしていたのだ。


 そこをオルゴの商会の人たちが目を付けて、借金を商会で経由して返済することになった。


「なるほど。……ちなみに、その時ルシアさんはどうやってお金を稼いだんです?そもそも、どうして孤児院に頼らなかったんです?」


「あー……その辺はちょっと言えないかな。あと、金に関しては……その、えーっと……」


 思わず口ごもるとスレイが眉をひそめた。まずいなと思った時にはもう遅く、スレイに睨みつけられてしまった。


「ルシアさん、まさかとは思いますが。犯罪行為をしたのではないでしょうね」


「ちっ違う!!……とは言えないかもだけど…あれだ、ほら、さっきボコボコにしたって言ってただろ?たぶん真祖吸血鬼の力だとは思うんだけど、襲って来た奴を返り討ちにしたらなんかお金くれたり……それに、マグロ漁船に乗ったり下水道の掃除したり!できる仕事は色々したからな!」


 何より子供が借金を返せない、二人だけじゃ暮らせない、身体を売るしか役に立たない。という前提で話が進められていたのが当時めちゃくちゃにムカついたので、大人に混ざって肉体労働や危険な仕事などをやっていた。なので孤児院も同上の理由で断った。


 ばしゃばしゃと水面を手で叩いて必死に弁明すると、スレイは呆れた顔をしてため息をついた。


「わかりました。とりあえず今はそういうことにしておきましょう」


「本当だってば!!」


「はいはい。それじゃあ最後にもう一つだけ。…その、オルゴさんは幼馴染だったんですよね。ルシアさんは彼に対してどう思っていますか?」


 じっと真剣な眼差しで見つめられてドキリとした。正直、最初はこの目が嫌いだったが、最近はそんなに悪くないと思っている。


「……んんんーー……苦手だけど、友達だよ。大切な。あいつにはリリアも俺も世話になったし。…まぁ、あんまり言うと恥ずかしくなるからこれくらいにしとく」


「ふぅん。そうですか…大切な友人、ですか」


 なぜかいつもの悪魔みたいな微笑みで返されてしまい少し焦った俺は話題を変えるために質問を振った。


「そ、それよりも、スレイの方こそなんかないのかよ。親とか兄弟とか。俺だって、お前のことなんにも知らないんだけど」


「僕ですか?うーん、孤児院育ちなものですから、親も兄弟もいないですね」


 それを聞いて、俺は思わず息を呑んだ。珍しい話では無いけれど、スレイは勝手なイメージで商家辺りの三男とか、良い所から屋敷に来たものだと思っていた。


「だからと言って寂しいなんて思ったことはありませんけど。むしろ楽しかったですよ。孤児院ではキャルも一緒でしたし、毎日賑やかでしたね。……ところで、ルシアさんはなぜ僕の頭を撫でてるんですか」


「いや、つい…兄心というか」


「ふふ、なんですかそれ」


 ぺしょんと濡れた頭を触っているとなんだかくすぐったくて笑ってしまった。こんな風に、誰かと話せる日が来るとは思っていなかった。


(……これからもこの時間が続けばいいな)


 そんなことを考えながら窓を見上げると月明かりが煌々と輝いていた。



 ***



「よし、スレイ。背中を流してやろう!この間洗ってもらったからな!お返しだ!」


 ざばっと湯船から上がって宣言すると同じように立ち上がったスレイに肩を掴まれた。


「いえ、結構です。僕は一人で入れますので。お先に失礼します」


「あっおい待てよ!せっかく人が親切でやってるってのに!…うおっ!?」


「!?!」


 脱衣所まで追いかけて行こうとすると、ツルッと足を滑らせて転びそうになった。慌てて手を伸ばすと、スレイを巻き込むようにして倒れ込んだ。


「わぷっ!?︎ちょっ危ねぇだろ!」


「それはこっちのセリフです!というか早く退いて下さい!」


「ぐぇっ!?︎ひど!…ん?なんか足に」


 当たってる、と言おうとした時、それが何なのかに気づいてごくりと唾を飲みこんだ。


「え?……むがむがむごむが!!!」


「うるさい黙れ!?!この鈍感!!馬鹿!!!」


 口を塞がれてがっちりホールドされる。これはあれだ、チョークスリーパーという奴だ。苦しい、息ができない……


 バタバタ暴れるとやっと手が離れたので、思いっきり空気を吸い込み咳き込んだ。


「げほっ、けほ、……いきなり何すんだ!!」


「それはこっちの台詞です!!貴方本当に男ですか!?︎なんでそんな柔ら…、誘ったのはそっちでしょう!?︎責任取ってくださいよ!!!」


 密着した身体を引き剥がすとスレイの顔は真っ赤に染まっていた。


「さそ、はあああ!?︎ちげーよ!誰が…バカ!バーカ!!俺は別にそういうつもりじゃ…!あーもう出てけ!」


「っわかりましたよ!出ていきますよ!……僕がどれだけ……ほんっと……油断ならない人ですね……」


 ぶつくさ言いながらもちゃんとタオルを置いていくあたり律儀なヤツである。スレイがドアを開けると冷たい風が流れ込んできてブルリと震えた。


「…ひぃっ、寒い…ううぅ…」


 風呂場に戻ると熱めの湯船に浸かった。じわりと温かい温度に包まれていく感覚が心地よい。


(でも、どうしてあんなに狼狽えたんだ?……俺は今、女の子の格好じゃないのに)


 いくら考えようとも答えが出ることはなく、ただぼんやりとした疑問だけが頭の中をぐるぐると回っていくだけだった。

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