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シスコンじゃないもん

「……ごめんなさい」


 渋々という様子で謝るクソガキをフォローしたのはオルゴだった。


「すまなかったな。この子はアベル。リリアとは学校の同級生だ。……子供のしたことだ、ルシア。妹が心配なのはよく分かるが、許してくれないか?」


『……ふん!』


 俺はそっぽを向いて鼻を鳴らした。そんな俺の様子を見てスレイが苦笑する。


「ほらルシアさん、アベル君も反省しているようですよ?それに、ここは屋敷ではないんですから。抑えてくださいね?」


『………』


 そう言って手を小突かれた。見ると、ほんの少し爪の先が黒くなってきている。真祖吸血鬼の暴走状態になりかけているということだ。オルゴやリリアにバレてしまうのはまずい。


「……悪かったよ。ちょっと頭に血が上っただけだ。もう怒ってない。」


 そう言うとスレイはホッとした表情を浮かべて胸を撫で下ろしていた。その様子を見ていたリリアは何故か不満そうな顔をしていたが。


「……でもリリアは渡さないぞ」


「それは兄ちゃんが決めることじゃ無いだろ」


『あ゛ぁ?』


「あーもう、待て待て落ち着け、二人とも」


 即答で否定されたので思わず怒気が漏れると、今度は周りから呆れたような溜息が聞こえた。


「……お前さぁ……」


「ルシアさんはシスコンなんですね」


 その言葉を聞いた瞬間に「それは否定できないけど」と口を開こうとすると、それより早くリリアの声が響いた。


「ちがうもん!!」


「え?」


「わたしのほんとうの家族はひとりしかいないの!!シスコンなんかじゃないもん!!!」


 リリアが大きな声で反論すると、周りの人間たちが驚いてこちらを見た。しかし彼女は気にせず続ける。


「あそんでくれたり、ごはんを作ってくれたり、かっこよくてやさしいお兄ちゃんだもん!お友達だってだいじだけどルシアお兄ちゃんの方がもっと大切だし、大好きなんだから!」


 言い切ったリリアの顔を見ると真っ赤に染まっていた。それを見ているとこちらも恥ずかしくなってしまってつい目を逸らす。……確かにそうだな。家族が一番大事だろう。


「それにアベル、いつもらんぼうだからきらい!どっか行って!じゃましないで!!」


「えっ………きらい…じゃま……」


 嫌いと言われたことが効いたのか、雷に撃たれたようにショックを受けた彼は項垂れている。それを見ながらオルゴとスレイが声を殺して笑い始めたのでキャルが睨みつけると、二人は慌てて口を押さえた。



 ***



 俺がリリアと会うにあたって、スレイから言われていた条件は四つだ。一つはリリアの家庭教師をすること。もう一つは警護をするために、常に一人以上の使用人を付けること。そして最後に、出かけている最中、使用人に言われた頼み事には従うことだった。


 一つ目はともかく二つ目については俺にも異論はない。下町に行けば身綺麗な人間は絡まれてしまうのは日常茶飯事だし、俺が逃げ出さないように監視という目的もあるだろうから。


 ただ一つ気になったのは、使用人に言われた頼み事には従うということだ。そんなのは普段通りなので意外だと思った。それで今日はキャルに色々と頼まれてしまったわけだが、本当にそれだけで大丈夫なのだろうかと思う。


 ……そんなことを考えていると、可愛いリリアが服を引っ張ってきた。


「ねぇルシアお兄ちゃん!キャルお姉ちゃんがね、こんど大通りにあるケーキ屋さんのケーキ買ってくれるんだって!」


 そんな話をしていたのかとキャルの方を見ると、デレっと緩みきった笑顔で手を合わせている。分かるぞ。俺はその様子に苦笑しながらもリリアの頭を撫でた。


「良かったじゃないか。美味しいものを食べられるなんて羨ましい限りだよ」


「うん!それでね、ルシアお兄ちゃんもいっしょに食べよ?わたしのお部屋で!」


「うーん…」


 リリアがキラキラした目で見上げてくるものだから断れるわけがないのだけれど。だけど、俺たちが会っていいのはこの教会だけ。街中でばったり会っても、こうして触れ合って良いのはこの教会の中だけだ。それがスレイに示された四つめの条件。


「ごめんねリリアちゃん。ルシアさんはオルゴさんのお家には行けないの。だからこの教会で一緒に食べるのはどうかな?」


 そう言って申し訳なさそうな顔をするキャルにリリアが首を傾げる。


「どうして?」


「それは……あの……」


 言葉を濁す彼女に変わって答えたのはスレイだった。


「僕たちは貴族街で暮らしていますから、もし何かあった時に平民街の皆さんを巻き込んでしまうかもしれないのです」


「まきこむ……?」


「えぇ、例えば……誰かを人質に取られたら、困りますよね?」


「……わかった」


 納得顔になったリリアを見て、安心して息を吐いているキャル。その隣でスレイはニコッと微笑んだ。実際の理由はこの教会には特殊な防御結界が張ってあるから、ということらしいが。詳しい理由はそれ以上は教えてはくれなかった。


 それから家庭教師としてリリアに少し勉強を教えてあげた後、日暮れ前に屋敷へ帰ることにした。帰り際にまた次の休みにここで会う約束をして別れると、後ろ髪を引かれるような表情をしたリリアの頬に手を置いた。


「そんな顔しないでくれ。毎週来ることは出来なくても、これからも時間を見つけて会いに来るから」


「ほんと!?やくそくだよ!!」


「あぁ、もちろん。じゃあまた次の休日に。またな!」



 ***



「おかえりなさいませ。充実した一日だったようで何よりです」


「ただいま戻りました!」


 屋敷に帰ると執事長が出迎えてくれた。彼は俺の外出中にスレイやキャルに割り振られていた諸々の仕事を終わらせてくれていたらしく、後は夕食までゆっくり出来るとのことだった。それならと思い、スレイに聞いてみた。


「なぁ、今日はキャルの頼み事を色々聞いたけど、スレイからの頼み事は無かったのか?何でも聞くぞ?」


 いつも世話になってるし、どんとこいと胸を張ってスレイに言うと、深くため息をついてスレイは断った。


「……僕は結構です。それより一度上着を着込んだ方が良いんじゃないですか?そのままだとまた風邪を引いてしまいますよ」


「あ、確かにそうだな。ちょっと部屋戻るわ」


 外はすっかり冷え込んでいた。冬本番はまだ先とはいえ、この調子ではあっという間に寒くなるだろう。早めに上着を着ておくべきだったかと後悔しながらも、急いで自室に戻りクローゼットを開いた。そこでふとあるものが目に付いた。


「あ、これ。最近着てないな」


 赤いドレスを手に取ってみる。確か、初めて女装させられた時に着せられたものだ。姿鏡の前で合わせてみても、あまり違和感はない。


 化粧をしていない頬に触れると、確かに数ヶ月前に比べれば肌艶が良くなっている気がする。身体も肉が…いや、うん。…出ていたあばら骨も浮き出しにくくなっている。


「やっぱり太っ……いや、筋肉も付いて、前よりも健康的にはなっているよな。うんうん」


 オルゴに言われたことを何だかんだ気にしていたが、特に問題は無いだろうと結論を出した俺は、今度こそ上着を羽織った。


「お食事の準備が出来ております」


 食堂へ向かう途中、執事長が声をかけてきた。今日のメニューは何だろうか。いつも楽しみにしているのだけれど、昨日見た赤い魚じゃないといいのだが。


「本日のお夕飯は異国風のものですよ。それも東の国の蒲焼きを参考にしたのだとか」


「へぇー!東の国かぁ」


 俺は彼の説明を聞きながら更に気分が上がった。異国風の食べ物はあまり屋敷では出ないのだ。普段の料理も勿論好きだが、食べたことのないものとなると少しワクワクする。


 どんな感じなのか期待をしながら食卓に着くと、既に席についていたお父様がこちらを見て微笑んでいた。


「おかえりルシア君。楽しめたようで良かったね。それで、リリアちゃんはどうだった?」


 お父様はにこやかな顔をして俺に問いかけた。


「はい、とても有意義な時間を過ごせました!妹も幼馴染も元気そうでしたよ!」


 俺の返事を聞いて、お父様は満足げに笑みを深めて食事を始めた。その横でスレイが首を傾げた。


「ルシアさん、幼馴染とはどなたか存じ上げませんが……」


「あれ?教会に居たオルゴのことだよ。両親がまだ居た頃からの腐れ縁なんだ」


 俺の身辺調査していたと思っていたのだが、スレイは知らなかったようだ。オルゴは小さい頃は俺のお兄ちゃんみたいなもので、よく遊んでもらった記憶がある。


 ただ、リリアが生まれたぐらいの時に急に大人びてきて、それから両親の事故や色んなことが重なって段々距離が広がるようになったのだ。借金をしている関係になっていたが、リリアを引き取ってくれたり、とても優しいやつだ。


「まぁ、幼馴染って肩書きはあいつにはもう関係ないことだからな。忘れてくれ」


 俺の言葉に何か言いかけたスレイは口をつぐむと小さくため息をついた。そんな様子を見ていたお父様はくすりと笑うと、再び口を開く。


「しかし、あの子が君の幼馴染だったのか。…それは面白い偶然もあったものだね」


「え?」


 どういう意味だろう。お父様はそれ以上何も言わずに食事を続けた。その日の夕食はとても美味しかったのだが、何故か味がよく分からなかった。

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