表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/223

へんな虫が付いてるか心配

 繁華街の路地裏を抜けた先、俺たちは下町にある教会に来ていた。ここには以前母さんが居た時に一度訪れたことがある。その時はちょうど誰かの結婚式が行われていたため、教会の中に入るのは初めてだ。


 外から見てみるとそこまで大きくはなく、内装も質素で、ステンドグラスからは光が差し込んでいる。


 その光を浴びながら、橙色の髪をした幼馴染が祈りを捧げていた。きっとまた眉間に皺を寄せているのだろう。


「…おやおや、オルゴ様は相変わらず真面目ですねぇ。商会にお金が入るように祈ってらっしゃるのですか」


「ん?なんだ、誰かと思ったらルシアか。久しぶりだな」


 こちらを見たオルゴは、驚いた様子も無くいつも通り接してきた。そんな彼の態度に、俺の方が先に顔をしかめた。


「……なんとも思わないのか?」


「何の話だ。あぁ、前より少し太ったようだな」


「い、言い方ってもんがあるだろ!…チッ…ほらこれ、返しにきたんだよ」


 そう言って、俺は懐にしまっていた金貨の入った袋を取り出して突きつけた。俺が下町から逃げ出す前、オルゴが隣国に逃げ出すための費用として俺に渡して来たものだ。するとオルゴは困ったように眉を下げて笑っていた。


「これは受け取れないぞ。それに、それは俺の金じゃない」


「はぁ?どういうことだ?」


「お前の父親から預かっていたものだ。もしもの事があった時に使ってほしいと。なのにお前は自分で借金を返すからと言って俺からの金を頑なに受け取らなかったからな。だから逃亡資金として渡したんだ」


「…父さんが?」


 呆れたような口調で言うオルゴ。だが、元はと言えばあの借金は俺のせいで出来たようなものなんだから、自分で返したいと思ったのだ。色々とあったけれど、最終的には返済できたのだから別にいいだろう。


「だったらリリアに使う金として、オルゴが管理していてくれ。俺は使わないと思うしな」


「……」


 正直、お嬢様として生活している中で金銭感覚がよく分からなくなっていて怖いという理由もある。それよりも、今は成長盛りのリリアのために使う方が大事だと思う。しかし、オルゴはそれを聞いて複雑そうな表情をしていた。


 何故だろうかと考えているうちに、後ろにいたスレイが声をかけてきた。


「オルゴさん、でしょうか?初めまして。私、ケルプ公爵家に仕える執事をしております。スレイ=ヒルストと申します」


「……あぁ、貴殿の噂はかねがね聞いている。ケルプ公爵家の使用人の中で一番優秀な執事だと。俺はオルゴ=ナサリダだ。よろしく頼む」


「メイドのキャルです!よ、よろしくおねがいします!」


 スレイの言葉に対して丁寧にお辞儀をして対応するオルゴを見て、上級貴族を相手取れるような商会を運営をしているのだということを改めて実感する。ついでに来ていたキャルも慌てて挨拶をしていた。


「ところでオルゴさん、僕たちはリリアさんに会いに来たのですが……」


「リリアなら今は奥の談話室にいるはずだ。ここで待っていてくれ、連れてこよう」


「ありがとうございます」


 スレイがお礼を言うと、オルゴは教会の奥へと向かって行った。


「…やっと会えるんだな」


 …下町の家で別れてから数ヶ月ぶりだろうか。面と向かって話ができるとなれば、緊張してしまう。お嬢様じゃない素顔の状態で、どんな顔で会えば良いのかわからなかったからだ。


 しばらく待っていると、オルゴに連れられてリリアが出てきた。その姿を見るなり、俺は言葉を失ってしまった。


 艶やかな黒髪は以前より伸びていて、高い位置で縛っていても肩にかかるくらいの長さになっている。そして俺と同じ赤い瞳はその意思の強さを表していた。服装も下町にいた頃とは変わっており、白地に薄桃色の刺繍が入ったワンピースを身に纏っている。そんなリリアはとても可愛らしくて、思わず見惚れてしまった。


「ほら、本当だろ?お前の兄さんだ」


「………っ!」


 オルゴがリリアに声をかけると、驚いたように大きな目を瞬いて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。心臓の鼓動がうるさいほどに鳴っていたが、それでも彼女を見つめ続けた。


 やがてリリアとの距離が縮まり、あと数歩でぶつかるという所で立ち止まった。妹は深呼吸をすると、意を決したように口を開いた。


「ルシアお兄ちゃん…おかえりなさい!!」



 ***



「俺の妹、世界一可愛い…!」


「えへへ、ルシアお兄ちゃんこそ、王子さまみたいにかっこよくなってて、リリアびっくりした!」


「リリア…!」


 ぎゅっと抱きついてくる妹の頭を撫でながら幸せを噛み締める。久しぶりに会ったせいなのか、リリアはいつも以上に甘えん坊になっていた。


 前に抱き上げた時よりも少し大きく感じるリリアに、彼女の成長を喜ぶと同時に寂しく思った。成長盛りなのだから当たり前といえばそれまでだが。でも、リリアが俺の腕の中にいるという事実だけで幸せな気分になる。


 ちなみに今俺たちがいるのは教会の中にある応接間のような部屋である。オルゴやキャル、スレイそっちのけで俺はリリアと戯れている訳だが誰も何も言わないでいた。


「リリア、オルゴにいじめられたりしてないか?大丈夫だった?」


 ふと気になって尋ねると、リリアはふるふると首を横に振った。それを見てほっとする。リリアはオルゴのことを怖がっていたから何かされていたのではないかと心配していたのだ。


「そんなことないよ!オルゴお兄ちゃんいい人だし。それにね、オルゴお兄ちゃん、ルシアお兄ちゃんのことずーーっとしんぱいしてたんだよ!へんな虫がくっつきやすいからって、それで夜は…」


「まてまてまて、リリア。それ以上はいけない。ほら、学校でのことを話さなくていいのか?」


 ぎょっとしたオルゴが慌てて遮る。リリアの方を見ると、何の話をしていたのかわかっていないようできょとんとしていたが、学校の話を思い出して「えっとねえっとね!」と目を輝かせた。


「あのね!学校でいっぱいべんきょーしてるの!それにお友だちもできたの!」


「そうかぁ、偉いなあ。勉強頑張ってるならご褒美をあげないとだな」


「ほんと!?ごほーび…!?」


 リリアの言葉を聞いてスレイに視線を向けると、鞄からミルクチョコレートの箱を持って来てくれた。さすかは有能執事。それを一粒取り出してリリアの口に入れると、彼女は「チョコ!おいしー!」と顔を綻ばせた。


(ん?)


 そこで俺は違和感を覚えた。確かにリリアは甘いものが好きだったがこのような反応を示すだろうかと思ったからだ。チョコレートは高級品なので、リリアには初めて食べさせるものだと思っていたのだが、オルゴに食べさせて貰っていたのだろうか?


 そのことについて尋ねようとすると、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。


 だが、扉の近くにいたキャルが返事をする前にバタンと乱暴に開け放たれる。現れたのは灰色の髪をした男の子だった。


「リリア居た!今日こそお前を俺のものにしてやる!!」


「あ、アベル!こら!」


「…は?」


 少年はいきなり大声を上げるなりズカズカとこちらに向かって歩いてきた。そしてあろうことかリリアの腕を掴もうとしたので、咄嗟にリリアを引き寄せて庇うように抱きしめる。


『おいガキ、俺のリリアに、何しようとしてんだ?』


 ギロリと少年を睨みつけると、思っていたよりも低い声が出た。腕の中でリリアが小さく震えたが宥めるように頭を撫でると安心したかのように身体の力を抜いてくれた。


「ひっ……!?」


 突然のことに驚いたらしい彼は情けない悲鳴を上げて後退りする。そのまま逃げ出そうとしたが、スレイが止めるより先に、俺はガキの首根っこを掴んで止めた。


『逃げるな』


「ぐぇ」


 カエルが潰れるような声を上げた少年をその場に下ろすと、スレイとキャルが慌てて駆け寄ってきた。


「ルシアさん落ち着いてください!」


「リリアちゃん大丈夫?怪我はない!?」


 二人に心配されて少し冷静になることができた。改めて目の前に立つ彼をよく見ると、見覚えのある顔だということに気付いた。


『……誰だ……ああそうだ、昨日来た坊主か。あの時ブッ潰しておけば良かったみたいだな』


「駄目ですから!落ち着いてください!もう!」


 少年の顔を掴もうとするがスレイに羽交い締めにされてしまい、仕方なく暴れかけた俺をおさえつけられてしまった。だが、俺の殺気が落ち着くにはかなりの時間を有した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ