ルシアの外出
椅子に座って、スレイと向かい合う。
「なるほど、ルシアさんがリリアさんに会うことは可能ですよ?」
「えっ!!!!!?????」
さらっとスレイが言ったことに思わず立ち上がる。
「いいのかよ…!?女装せずにルシアとして屋敷から出たら駄目だって、許可がない限りは駄目だって言われてたのに!?そんなにあっさり!?」
「はい、ただしいくつか条件があります。まず、リリアさんの家庭教師になってください」
「……家庭教師?どうしてだ?普通に兄として会うのはダメなのか?」
どういうことなんだろうか。家庭教師なんてそんなもの俺じゃなくても出来るだろうし、リリアは学校に通っている。俺の疑問を読み取ったかのようにスレイが口を開いた。
「外聞の為ですよ。まぁ、面倒だとは思いますが、屋敷から出る際はそういった理由が必要なんです。それに兄として会ったら歯止めが効かなくなって屋敷に戻ってこなくなるでしょうし…」
「そんなこと…は、ねぇよ!…たぶん…恐らく!…きっと!」
3食おやつ付きで、高給なこの屋敷から逃げ出そうとは今は思っていない。スレイも居るし。むしろ、本物のレジーナお嬢様が見つかっていて、籠絡するべき学園の有力貴族達に男だとバレてしまっている現在でも仕事としてこの屋敷に置いてくれている。
真祖吸血鬼として利用できる、ということなのだとは思うがそのおかげで借金やリリアの生活費を賄えているのだから、お父様ことジルヴァ公爵には感謝してもしたりないくらいだ。
…けど、家に戻ってリリアと顔を合わせたら気持ちが揺らぎそうなのは確かだ。
「大丈夫だよ!…うん、来た時は確かにこの屋敷から逃げ出したいと思ってたけど…今は違う。ここから逃げる事はしない。解雇されるまではちゃんとお嬢様として仕事するつもりだってば!!」
必死に訴えかける俺をじっと見つめていたスレイだが、なぜかホッとしたような表情になった。
「……そうですか。ならいいです」
何事もなかったかのように席に戻ったスレイを見て首を傾げる。なんかちょっと変だった気がするが、気のせいかな?
だけど、リリアに会いたいという自分の我を通すことができた。俺は決意を新たにすると、ふとスレイに向かってずっと気になっていた疑問を投げた。
「…けど、俺って指名手配されてるはずじゃ?だからルシアとして外に出るのはまずいんだと思っていたけど」
「そちらは来た初日に公爵パワーですでに握り潰してありますので、お気になさらず。さて、他の条件ですが…」
しれっと言われた事実にぽかんとしてしまう。というか初日に指名手配が解かれていたって、公爵パワーって本当になんなんだ。
しかしそれよりも、まだあるらしい条件に背筋が寒くなる。一体どれだけの条件を突きつけられるというのだろうか。
ごくりと唾を飲み込んだ俺に対して、スレイが出した条件というのは意外なものだった。
***
次の日。王都の祝日は三日間あり、今日で二日目だ。
俺たちは今、人が溢れる街の中でキャルに振り回されていた。
「ルシアさんっ!あそこのチョコバナナたべましょ!あとあっちのお肉も美味しそう…!」
「あーはいはい。わかったよ」
「ほら、スレイも!ツンケンしてないで行くわよ!」
「わかりましたから引っ張らないでください」
昨日の約束通り、俺たち3人は街の散策に来ていた。丁度祝日ということもあって街には露店が立ち並んでいる。キャルはともかく、監視役として来たスレイまで楽しげなのは意外だった。
それにいつも休みの日は屋敷の中だけで過ごしていて、たまに外出しても女装してお嬢様らしく振る舞っていたので、こうして普通の男の格好をしていると肩肘を張らなくて良くてとても解放感がある。
「ほら、ルシアさんあーん!」
「むぐっ?…ふぉれ、おいひぃな」
口の中に入れられたチュロスを食べながら返事をする。こうして街の屋台で買い食いするのなんてかなり久々かもしれない。隣国に行った時にスレイと食べ歩きはしたけれど。
「でしょ!えへへへ〜うれしい」
満面の笑みを浮かべるキャルにつられて笑顔になる。そんな俺達の様子をスレイは無言のまま見つめていたが、やがてスレイもチラチラ覗いていた一つの露店の前で立ち止まった。視線を追ってみるとガラスケースの中に色とりどりの花が置かれているのが見える。
「薔薇のブローチ?」
透明度の高い鉱石で作られた台座の上に、薔薇のように加工された鉱石が埋め込まれている。シンプルなデザインだが美しい一品である。値段は銀貨5枚と少し高めではあるが、スレイはそれをじっと見つめていた。
「欲しいのか?」
「っえっ…と…」
問いかけると驚いたようにこちらを見てくるスレイ。どうやら図星だったようだ。普段はあまり感情を見せようとしないくせに、こういう時はわかりやすいのが可笑しくて思わず吹き出す。
「ははは、前みたいに好きな子へのプレゼントなんだろ?選ぶの手伝おうか?」
「…いえ、結構です。すみません、こちらをそのまま頂けますか?」
冗談めかす俺の言葉を無視して、スレイは店主に声をかける。そして銀貨を数枚取り出して渡していた。
「あれ?そのままでいいのか?」
「はい。ルシアさん、そのまま動かないでくださいね」
そういうと、俺の胸にさっと手を伸ばすスレイ。まさかここで脱げとか言うんじゃないだろうな、と身構えるが、俺の胸元に青いブローチを付けて満足気に微笑んだだけだった。
「似合っていますよ。これでルシアさんは装飾を付けるほどの地位があるのだとすぐにわかるでしょう」
「いやまぁそれはそうだが……お前これ……。女物じゃねぇの?」
「良いんですよ、ルシアさんに似合うと思いましたから」
スレイはふわりと微笑むと、続けて襟を整えてくれる。
「あなたが私からの贈り物を受け取らないならそれでも構いませんが、受け取ってくれるのであればきちんと選んだものを贈りたかったので」
さらりと告げられた言葉に固まる。
「……お前、こういう所でモテそうなのにな。これで片想い中なんだもんな……まぁ、頑張れよ」
「………はぁ……そうですね」
ポンと肩に手を置いてエールをおくると、なぜかスレイは解せないような顔でため息をついていた。
「スレイー!ルシアさーん!」
「あちらに戻りましょうか。キャルもお待ちかねのようですし」
「おう。…………」
スレイは先程までの表情を消し去って何事も無かったかのように振舞う。俺は透き通るような青い薔薇のブローチを見て、変に脈打つ胸に特に言及することなく、キャルの元へ戻っていった。
***
機嫌の良いキャルに連れられて来たのは、以前スレイと出かけた時に着替えを借りたブティックだった。
「やっほー!マダムいるー!?」
「あら、キャルちゃんじゃない!久しぶりねえ。今日は何をお探しかしら?」
キャルが声をかけると、奥の方にいた女性がパタパタと駆け寄ってくる。そしてスッと値踏みするように俺を見た後、納得したように笑った。
「ふぅん……あんたが例の男かい。なるほどねぇ……確かに話に聞いた通りだわ。こっちへいらっしゃいな」
「んん?えっと…?」
「さぁ、いきましょう」
「マダム、よろしくね!」
そう言って連れていかれた先は、様々な服が並んだ試着室のような部屋であった。
「息子から聞いているわ。絶世のお嬢様が来たと思ったら、お風呂から出てきたのは謎の美少年だったと…。何を言っているのか分からないけれど、何をされたかも分からないと言っていたわ」
「はぁ」
「だけど貴方を見て納得した」
どうやら鼻息荒いこのマダムは、このブティックの店主の母親らしい。デザイナー兼オーナーでもあるようで、キャルとスレイとは古い付き合いなのだとか。
「……あの、それで俺はどうしてここに呼ばれたんですか?別に俺が服を買いに来たわけでは……」
「いいから黙ってこれを着て頂戴」
有無を言わさず服を渡されて着替え用のスペースに放り込まれる。よく分からないけれど、丁度良いサイズのそれを着てカーテンを開くとキャルとマダムから黄色い声が上がった。
「ルシアさん似合います〜!!これが見たかったんです!」
「そ、そうか…?なんか照れるな」
着せられたのはシンプルな黒のドレスシャツにベスト、細身のパンツという出立ちであったが、サイズもピッタリで動きやすい。シンプルだが上品で、生地も良いものだと分かる。
スレイの方を見るとぱちぱちと瞬きをしてこちらを見ていた。
「……貴族の御子息のようですね。お似合いですよルシアさん」
「ありがと。でも俺には勿体ないくらい綺麗な服だな」
「そんな事ありませんよ!ルシアさんはもっと自信を持ってください!!」
「うおっ」
ぐっと拳を握って力説するキャル。その勢いに苦笑いしながら礼を言う。
「あはは、ありがとう。でも突然なんでこんな服を?」
こんな高級そうな服を着る機会など今までの人生で一度もないし、これからも無いと思う。ドレスは散々着せられたけども。それにお嬢様としてならまだしも、俺がこんな服を買うようなお金は無い。
「このブティックは平民から、良くて商人向けの価格帯の服を取り揃えているのだけれど、別店舗で貴族向けの衣装を取り揃えていこうと思っているのよ」
「へぇー。確かに、こんな綺麗な服だったら貴族向きですね」
今来ているこの衣装はマジックスパイダーという魔物の糸を使っているらしく、着る人の魔力に反応して伸縮するらしい。それでマダムが試作品をいくつか作ったので、試着モデルとして着てほしいとのことだ。
「それで、こっちの華やかなデザインの衣装も貴族向けに作っているものでね。着てくれるかしら」
「え、いやでも、今日はキャルの…」
「ルシアさん!この試着も今日のお出かけの目的の一つなんです!私の誕生日祝いとして、ね?お願いします!」
ずいっとマダムに豪華な衣装を渡されて、キャルに助け舟を求めると拝まれた。……ここまで頼まれたら仕方がない。俺は観念することにした。
「ふわぁあ…!素敵です!」
王子風の衣装や、ブルスルド風の異国テイストな貴族の服、軍人のような服や獣人のような服など、いくつか着付けの分からないものはスレイに手伝ってもらいつつ、10着ほど着替えた所できわどいネグリジェを着せられそうになったので慌てて止めた。
「や、やめろ!兎の服の辺りから変だとは思ったけど、こんなスケスケは着ないから!もうこれ以上変なのを着せるつもりなら帰るぞ!」
「あら残念」
本当に惜しげもなく舌打ちをしたマダム。怖すぎる……
結局その後は、ドレスまではいかなくともキャルに似合いそうな服をいくつか選んで買うことになった。俺が真剣に選んでいる最中、2人がこそこそと喋っていることには気づかなかった。
「ねぇスレイ?さっきのルシアさんの服でどれが一番良かった?私は軍服がグッと来たんだけど」
「ぶっ!?…………そう…ですね、僕はあの…白いコートが良いと思いましたけど」
「あの兎の耳が生えるやつ?あんたの趣味って本当昔から欲望に忠実というか……」
「お前に言われたくはないな……」




