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心の姿を示す魔法

「んー、これでもない、これは違う、ん?これか?」


 禁書をパラパラと捲って目的のページを探していると、背後で誰かが立ち止まった気配がする。振り返らずともそれが誰なのかはすぐにわかった。俺が振り向くよりも早く、後ろから伸びてきた逞しい手が肩越しに本を奪い取る。そして、耳元で聞こえた声は予想通りの人物のものだった。


「先輩、また禁書を読み漁っているのか?しかも何冊も。また魔力不足になったらどうするんだ」


「大丈夫だってリカルド。いざとなれば誰かから血を分けてもらうし」


「きゃん!?わんわんわん!ばうばう!」


 暴れる子犬を撫でながら答えると、リカルドは呆れたようにため息をつく。そんな彼に苦笑いしつつ、俺は目当ての魔法が描かれた頁を開いた。


(獣声の識別術、野生の獣の声を聞き分けられる)


 それは獣人や獣魔と会話するための魔法だった。


 獣人は人間とは比べ物にならないくらいに身体能力が高い種族であり、その言葉は難解で、彼らが完全に獣化してしまうと意思疎通は不可能になると言われている。そのため、獣人と交流するにはこの様な術か、獣人言語の習得が必須なのだ。だけど、俺はそれらを履修していないし、この禁術を使うのが手っ取り早い。


(よし、これで俺でもスレイと話ができるようになるぞ!)


 俺はわくわくしながらスレイを見つめた。しかし、当の子犬は不思議そうな顔で首を傾げて尻尾を振っただけだった。


「よし、試してみるか。えーと、少し舌を噛んで血を出す…それを耳に付けて…月夜に枷を解き放たれ、その身を焦がす獣の慟哭をその身に宿さん……うっ!?」


 突然耳が熱くなり、思わずその場にしゃがみこむ。そして次の瞬間には全身の力が抜け、光る禁書を落として床に倒れ込んだ。


「きゃん!?」


「大丈夫か、先輩!?」


 慌てて駆け寄ってきたリカルドに抱き起こされ、そのままソファまで運ばれると毛布までかけられてしまう。心配してくれているのは嬉しいのだが、それよりもまずはこの痛みの原因を突き止めなければならない。


「っつつ…」


 頭痛に耐えつつ、必死になって頭の中で先程の呪文を繰り返す。すると、徐々に頭の中がクリアになり、やがて耳の熱さが取れてきた。耳元で吠えていた子犬の鳴き声が、いつもの声に聞こえてくる。


『ルシアさん!大丈夫ですか』


 慌てた様子で腹の上に乗るスレイに、ほっと息を吐いて「大丈夫だよ、スレイ」と笑った。



 ***



 ぴょこぴょこ、と頭の上にある柔らかな猫の耳にそっと触れると、神経が通っているのか、くすぐったくて身体がびくりと震えた。


「うひ、まさか耳だけ生えるとはなぁ…」


 獣声の識別ができる禁術、というのは実にシンプルな構造だった。術者に獣人と同じ耳を授ける。その上で人間の耳…正確に言えば吸血鬼の耳だが、顔の横に耳が残っているので、いろんな方向から音が聞こえて変な感覚だ。


「先輩が……ケモ耳……可愛い……」


 リカルドは顔を真っ赤にして俺を見ている。そんなに見ないで欲しいんだけど……。俺は恥ずかしさを誤魔化そうと、耳を隠す様に両手で握る。


「じ、じろじろ見るなよ、単なる獣化魔法なら一年生で履修するだろうが」


 ため息を吐くと、「揺れてる…」とリカルドはまたこちらに不躾な視線を寄越してきたので、スレイを掲げてガードした。



 ***



「ぶはははは!す、スレイなの?この毛玉が?」


『うるさいです』


 風紀委員室にて遊びに来たアレックスが、笑いすぎて涙を浮かべながら子犬になったスレイを指差す。スレイはアレックスに対して牙を剥いた後、すぐにしゅんとして尻尾を丸めた。俺はスレイを撫でてから、抱き寄せるように懐に戻す。


「うるさいってさ。あんまり笑ってやるなよ」


「はは、はー…悪い悪い。なぁ、俺様も撫でてみていいか〜?」


『駄目です。ルシアさんに近寄るな』


「駄目だって。ほらよしよし」


 ぐるる、とまた牙を剥くスレイを宥める。さっきはあんなに女子生徒達に撫でられていたというのに。リカルドにもアレックスにも、男に撫でられるのはどうにも嫌らしい。


「それに〜。ルシアも随分と可愛い見た目になったじゃねぇか?獣化魔法にしては中途半端だけどさ」


「あー、まぁな。スレイの呪いを解こうとしたら失敗しちゃって」


 ぴるぴると動く耳を触りつつ、苦笑した。


 禁書には様々な魔法が載っていたが、その中で俺が選んだ獣声の識別術は、見た目だけなら獣化魔法の失敗に近く、禁術だとはバレにくい。本来の獣化魔法はスレイのように完全に獣に変身するもので、すぐに元の姿に戻れる簡易的な魔法だ。スレイは呪いとしてかかっているのでこんな状態だが。


「そういえば獣化魔法ってアレックスも履修したんだろ?お前こそ、変身したらどんな感じだったんだ?」


 アレックスは俺達と同い年で、去年はスレイと一緒に授業を受けていたはずだ。スレイは、今年から俺が入学してくることを知って、わざわざSクラスから俺のBクラスに配属されたわけだから、その前にアレックスと同じSクラスで学んでいるはずなのだ。


 しかし、アレックスは何故か俺を見て眉間に寄せた。


「あー…俺様は…立派な獅子になったなぁ」


『ふっ、確か可愛い子リスになったんですよね。潜在意識は小さいんですよ』


 隣にいたスレイが鼻で笑う。

 確か獣化魔法というのは、その術者の潜在的な意識や行動によって変身できる動物が固定されるらしい。スレイは犬で、俺は猫。人によっては虎や鼠、蛇やドラゴンになることもある。


「へぇ、そうなのか?俺も見たいな」


「え!?いやいや、俺様が言いたいのはそういう事じゃないんだけどさ〜」


『何言ってんですか。ルシアさんが見たいと仰っているのですから見せればいいでしょう?』


「ほら、スレイも見たいって。なぁなぁ、頼むよ」


 わんわんと吠えるスレイを掲げると、アレックスは呆れ顔でこちらを眺めていた。


「う。うう、うーん…わかったよ……絶ッ対笑うなよ」


 何かを言いかけていたが、スレイと睨み合っているうちに、諦めて肩を落とした。


「我が姿を本能のまま、心の姿に変貌させよ」


 アレックスが呪文を唱えると、光に包まれて制服ごとみるみると彼の身体が変化していく。身体が茶色の毛に覆われると、ふさふさの小さな耳が生えて大きな尻尾が生えた。ぴょん。と椅子から飛び出したのは小さなリスだ。


『これで満足かよ?はぁ、マジでテンション下がるぜ〜…』


 ぷくっと頬を膨らませながら、テーブルを小さな足で歩いて俺の隣まで歩いてくる。


「うわー!可愛いじゃないか!ほら、おいでおいで」


『……ぐぬぬぅ……』


 手を伸ばすと、アレックスは警戒しながらも指先に飛び乗った。


「可愛いなぁ、ほっぺがぷくぷくしてる。尻尾もふわふわだな」


『……うるせぇ、そんなに褒めても何も出ねぇぞ〜』


 思わず突くと、小さな両手で押し返された。


「あははは、言葉遣いも可愛くなってる気がするな」


『も、もういいだろ!戻るからな』


「ちぇっ」


 ぽん、と音を立てて元の人間の姿に戻ったアレックスは、はぁ〜〜と深いため息をついた。


「くそ、お前らのせいだ……」


「?」


 アレックスはスレイの方を恨めしそうに見ると、顔をしかめた。


「アリステアもスレイも、羊とか犬とか、可愛い見た目に変身したからさ。多分それにつられて俺様もリスになったんだよ……俺様は勇ましくてカッコいい王子様なのにさ〜……酷いと思わない?」


『ちゃんと現実を認めた方がいいと思いますよ』


 子犬のスレイが、俯くアレックスを前足でぺちんと叩く。


「なんだよ、俺だってこんな猫ちゃんの姿にされてるんだからさ。そんなに落ち込む事じゃないと思うぜ?」


「ぐぬぅ……」


 アレックスは不満げにしていたが、しばらくすると、また変身する気になったのか、今度は自分の手をじっと見つめ始めた。呪文を唱えるとアレックスの身体が光り、再び茶色い毛に包まれていく。


『ま、スレイと話せないのも不便だしな。たまには姿を変えるのもいいかもな!』


『うわっ、ちょっと!やめて下さい!』


 ぴょん、と飛び上がって、子リスが子犬の背中に乗る。微笑ましい喧嘩の様子に頬を緩める。先程の風紀委員の女子生徒もへにゃりと顔を蕩けさせてこちらを見ていたことは、黙っていることにした。

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