モテモテだな
白い子犬を抱えて、俺はどうしたものかと途方に暮れていた。
学園長室で聞いた話は俄かに信じ難い内容だったが、俺の手の中には確かにその証拠がある。
「まさかスレイが子犬になるとは…」
「キューン…」
ぴすぴすと鼻を鳴らす姿は愛くるしいが、今はそれどころではない。これからどうするかを考えるべきだ。
まず、この子犬は間違いなくスレイ本人だ。魔石の中にあった魔力と状況、残された制服などの痕跡からして間違いないだろう。それにこの子はスレイと同じ瞳の色をしている。
「学園長が言うには3日はこのままらしいし、それまではスレイは屋敷に居たほうがいいよな?」
「キャン!?」
スレイは俺の護衛として学園に通う身ではある。だが今のこの状態では何かあった時に対処出来ないだろう。
そんな事を考えていたら、腕の中の小さな体が暴れ始めた。恐らく自分が傍に居られないことが不安なのだ。こんな姿では満足に変態達と戦えないと危惧しているに違いない。
「ワンワンワン!」
子犬のスレイはぴょんと俺の腕から降りると、何かを訴えるように吠える。だが、何を言いたいのかが分からなくて首を捻る。
「怒ってどうしたんだよ、あ、腹減ったのか?」
「ぐるる…」
そういうと、唸り声を上げて首を振る。
「んー?屋敷に帰るのが嫌?」
「ぐる…わ、わふん…」
言いたいことが近いのか、少し考える素振りを見せた後、今度は小さく鳴く。
「もしかして、この状態でも護衛したいとか…」
「わん!わふわふ!」
正解だと言わんばかりに大きく吠えると、スレイの尻尾がちぎれんばかりに振られる。ぴょこぴょこと跳ねるように歩く姿に、思わず顔が緩んだ。なんだこの可愛い生き物。
「そうかぁ…ふふふ、良い子だなぁお前は〜」
「わふん!?きゅぅん…」
また抱き上げようとすると、先程よりも強く抵抗された。それでも構わずに抱えようとしたのだが、結局は逃げられてしまい、渋々降ろすことになってしまった。
「ん、自分で歩くのか?」
「わふん!」
子犬の姿になっても中身は変わっていないようで安心したが、同時に寂しくもある。ふわふわとした毛並みの背中をそっと撫でながら、俺は教室への道を歩き出した。
***
授業で咎められるだろうかと思ったのだが、先生方は子犬になったスレイの事情を聞いているらしく、大人しくしている分は問題ないということで、膝の上に乗せて授業を聞いていた。流石にこの前足では板書はできないようだったので、ノートを取る手伝いをしたり、質問があれば代わりに答えたりしていた。
そして放課後になり、いつも通り風紀委員会にでも行こうかと席を立つと、数人の令嬢達がこちらに向かって歩いてきた。彼女達は俺を見るなり眉間にシワを寄せて睨みつけてくる。
一体なんだろうと首を傾げているうちに、目の前までやって来た令嬢の一人が口を開いた。
「レジーナ様…ッ無礼を承知なのですが、その子をなでなでさせては頂けませんか!」
「え?」
「「お願いしますっ!!」」
ペコッと勢いよく頭を下げてお願いする彼女の言葉に、他の令嬢達も大きく何度もうなずいている。
え、どういうことだ……? 訳がわからず、助けを求めようと抱きしめているスレイの方へ視線を向けると、子犬は呆れたような表情でわふんとため息を吐いた。
「わ、私はよろしいですけれど……スレイ、嫌じゃない?」
「わふん……わん!」
俺の言葉に、スレイはわふわふと首を振りながら答える。
その様子が可愛くて頭を撫でてやれば、気持ち良さそうに目を細めた。どうやら大丈夫なようだ。その様子に満足そうな笑みを浮かべると、令嬢方が恐る恐るといった感じで手を伸ばしてきた。
「どうぞ、優しく触れてあげて下さいまし」
「わふっ!?」
「きゃっ、ふわふわしていますわね」
「可愛い〜!」
最初に手を差し伸べたのは赤髪のご令嬢だった。
彼女はゆっくりと優しくスレイを抱き上げると、頬擦りをしながら微笑んでいる。その姿にほっこりとしつつ、次の方に場所を譲る。すると次は金髪のご令嬢が手を伸ばした。こちらは慣れた手つきでスレイの顎の下辺りを指先で掻いてやりつつ、優しい眼差しを送っている。
その後も次々と手がのびてきて、最終的には全員が満足するまでスレイを愛でることになったのであった。
「ふふ、モテモテだな」
「…きゅう…」
ちなみに、スレイの毛並みはとても触り心地が良く、皆が夢中になって撫で回すものだから、あっという間に毛がボサボサになってしまった。
***
「あら、随分と汚くなったものですね」
「あはは……」
子犬を連れて風紀委員室に入ると、風紀委員の女子がスレイの姿を見て鼻で笑う。それに対して俺は苦笑いをするしかなかった。
「それで?今度はどんな変態に襲われたんです?」
「いや、今回はその件じゃなくて……」
紅茶を飲みながらスレイが獣化の呪いを受けた経緯を説明すると、その風紀委員は小さく舌打ちをした。
「なるほど、委員長が取り締まりをしている禁止魔道具の一つですね。わかりました、こちらでも調べておきます。ご報告頂きありがとうございます」
「いえ、お役に立てれば何よりです」
「わん!」
風紀委員と話しながら、乱れたスレイの毛並みを手櫛で整える。それを見ていた風紀委員は何故か顔をしかめて立ち上がった。そしてそのままこちらに向かって歩いてくると、持っていたポーチからブラシを取り出す。
「ルシアくん、ブラッシングをしてあげましょう。私がやっても構いませんよね?」
「えっと、はい?もちろんいいですよ。でも、どうして急に……?」
突然の提案に驚きつつも了承すれば、風紀委員はスレイの前にしゃがみこんで、その小さな体を軽く撫でるとブラシを片手に持ち直した。
「先程から気になっていたんですよ、この犬畜生…失礼、スレイ君の毛並みは長いでしょう?ブラシで整えてあげないと絡まりやすいですし、汚れが目立つのです。ですから仕方なく、本当に仕方がなく、こうしてやると言っているわけでして。勘違いしないでくださいね?」
「わふぅ……(ツンデレですね)」
「何か言いたいことでもありまして?」
スレイの呆れるような鳴き声にピクリと眉を動かしながらも、彼女は手際よくスレイの体を整えていく。その様子はとても手慣れていて、普段から手入れをしていることが伺えた。そういえば、以前に犬の魔物のジューマが学園に来た時も、彼女の目が爛々と光っていたような気がする。
やがて、綺麗になったスレイの体はさっき以上にふわふわとしていて、とても触り心地が良い。
「わふっ」
「おぉ、すごい…!ありがとうございます。知りませんでした、先輩って犬好きなんですね」
「べ、別にそういうわけではないです。ほら、終わりましたよ」
そう言って立ち上がると、彼女は俺の方へ手を差し出してきた。その手を借りて立ち上がれば、少しだけ頬を染めてそっぽを向いてしまう。なるほど、ツンデレってやつだ。
「…こほん、禁書棚に動物と話せる術があったかと思います。それを使えば、獣化せずにスレイさんの言葉がわかるかもしれません」
「わふん…」
ちらちらとスレイを見る風紀委員の女子生徒は、やっぱり犬好きなのではないだろうか、と俺たちは苦笑した。




