閑話 本気の勝負
この学園で履修する授業は様々だ。ラクラシア王国の歴史や、魔法に関する座学。実習による魔法の使い方など多岐に渡る。ちなみに俺は、さらにお嬢様らしく振る舞えるように礼儀作法に力を入れて学んでいる。
「なのに……なんでこんなに走らされてるんですのっ!」
今日は実践授業で学園の敷地にある森に来ていた。服装は動きやすい運動服である。
「そりゃあ授業をサボった罰だからですよ!」
「ぜぇっ、ぜぇっ」
隣を走るのはスレイとシオン王子だ。スレイは怒りながら走っているが、シオン王子は玉のような汗をかいて辛そうだ。
さて何故俺たちが走っているのかと言うと、昨日の合同授業中に俺が居眠りをしたからだ。それも結構ガッツリ寝ていたらしい。しかも俺だけではなくスレイとシオン王子まで連帯責任として、先生にはしっかり怒られた。
まあ自業自得なので仕方ないのだが……それにしても、まさかスレイは兎も角、一緒の班になっただけのシオン王子も一緒に叱られるとは思わなかった。それで今日の実践授業で、日頃の罰として走らされることになったのだ。
「ぜぇ、ぜぇ…もう、僕は、駄目だ…」
とうとうシオン王子が立ち止まってしまった。どう見ても限界だろう。
「ほら、頑張ってくださいまし、もう少しですから」
そんなシオン王子の背中をポンッと叩くと、シオン王子はこちらを見て泣きそうな顔をしていた。
「ぜぇっ…スレイは兎も角、はぁ、なんで君はそんなに、体力が、あるんだ…!」
「え?そりゃぁ…」
いままで真面目に働いてきたからだ。先生に指示されたこのくらいの距離なら余裕があるくらいだし、音を上げるなんて情けないぞ!と言いたいところだけど。それを言うのは失礼なので黙っておくことにした。するとスレイが息を切らせながらも会話に参加する。
「シオン様は、運動不足なんですよ。はぁ、はぁ……」
「貴方も息切れしてるじゃありませんの。全くこれだから……二人とも、情けないこと」
「んなっ…!言ったな?!」
「あっ」
口から思っていた事が溢れると、シオン王子はムキになって反論してきた。スレイはやれやれと言った様子で苦笑している。
「はぁっ、僕は、魔法の方が、得意なんだよ…!」
シオン王子がパチンと指を鳴らすと、闇魔法で影が濃くなり、彼の周りに涼しげな日陰が出来た。便利そうだが、魔力消費が激しそうだ。彼はふぅふぅと息を吐くと、ゆっくりと減速して地面にへたり込んだ。
「少し休憩してから行かないか?今日の実践授業は肉体強化の実践だろう?このままだと持たない…」
「…そうしましょう、お嬢様。今日は暑いですからね。水分補給を忘れずにしないといけません」
スレイはそういうと、何処からともなく水筒を取り出した。シオン王子も同様に魔法で水を生成していた。そこまで疲れは無いと思っていたのだが、俺もそれを見て、喉の渇きを覚えた。
「ん、そうですわね。私も水を頂こうかしら。スレイ、それひと口くださいまし」
「……持ってくるのを忘れたんですね」
俺はわざとらしいお嬢様口調で喋りながら、優雅に微笑んだ。スレイは呆れたように肩を落として溜息をついたあと、水筒のコップを出して注いでくれた。そしてそのまま渡してくれるのかと思いきや、スレイは自分の口に運んだのだ。
思わずジト目で見つめていると、スレイは悪戯っぽく笑って自分の唇をトントンと人差し指で叩いた。
「口移しでよければどうぞ」
「シオン様〜?お水分けてくださいまし」
わざとらしく頬を膨らませてシオンに甘えた声を出す。スレイは楽しそうな笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。その様子にイラッとするが、あいつはそういう奴だ。
***
小休憩を取った後、俺は提案をした。
「後もう少しですし、ゴールまで皆で競争しません?肉体強化魔法ありで、一番早く着いた人が勝ち!」
「…ここで魔法を使うのは禁止されているだろう」
「このままのペースで行った方が良いのでは?」
俺の提案に二人はあまり良い反応を示さなかった。だが、俺には考えがあった。
「んん…それでは、勝った人にご褒美をあげるというのはどうでしょう?できる範囲で私がなんでもしますわ」
ここまで言うと、二人はピクっと反応を示した。折角の機会だったので二人の実力を見てみたいと思ったのだ。ついでに本気で走るとストレス発散になるし。まぁ最後は俺が勝つと思うがな!
「ふむ……」
「そうですね……」
「あ、でもお互いに直接の妨害は無しですわよ?暴力有りでしたら私は手加減できませんので!」
慌てて付け足す。この二人相手に魔法で勝てないのは分かり切っているが、もし何でも有りで戦うことになったら俺がうっかり真祖吸血鬼の暴走を起こしてしまう可能性があるからだ。
「肉体強化はどの程度まで大丈夫だろうか?」
「えーと……腕力や脚力は勿論のこと、反射神経などの身体機能全般は有りでお願い致しますわ。殿下の本気を見てみたいです」
「うん、分かった。じゃあそれでいこうか」
「負けても文句言わないでくださいね?」
「…へへっ、こっちの台詞だ」
やる気満々といった様子の二人に笑いかけて、俺たちはゴールとして定めた方向に向けて並んだ。
「せーの…はじめ!」
***
俺は合図と同時に全力疾走を始めた。しかし二人の姿は隣になく、背後に気配を感じた。振り返ると、肉体強化の魔法なのか金の光を纏ったシオンがいた。
「あれ?シオン王子!全然遅いぞ!」
「クソッ…!お前は化け物なのか!?」
ダンッと木の根を抉ってさらに加速する。しかし次の瞬間には目の前にシオン王子が追いついてきて、土埃が舞った。だがその隙に地面を蹴りつけて、足元の蔦を飛び越えて先に進む。
森は倒木や草むらや藪がそこら中にあって走りにくい。だけど、全くスピードが落ちていないどころかむしろ上がっている気がした。
「ふっ、お先に失礼しますよ!」
ざざっとスレイが幻影魔法を使っていたのか、突然視界に現れて俺を抜き去った。あっという間に差が開く。俺は必死にスレイを追いかけた。するとまたスレイが現れて抜き去る。
「ちょっと!?幻影でも妨害は無しだぞ!」
「直接の、でしょう?僕は走ってるだけですよ」
そう言ってスレイはどんどん離れていく。木々の間をスルスルと抜けていき、やがて見えなくなった。しかしすぐに後ろの方でガサガサと音がして、スレイが現れた。しかし今度はすぐ後ろにいた。訳が分からない。
『もう!やめろって言ってんだろ!』
「ふふ、怒らないでくださいよ。やめますから」
スレイに怒っていると、後ろからヒュンッと金の光が通り抜けた。ハッとして前を見ると、シオン王子が俺たちを追い抜いて前を走っている。
「先に…失礼するぞ!」
煽るようなシオン王子に、スレイが思わずといったように舌打ちをした。
「負けませんよ!」
地面を抉るように踏み込み、一気にスレイは加速する。だが俺も負けじと全力で走る。シオン王子は顔を真っ赤にしながら走っていた。あっという間にゴールが見えた頃には、俺たちはもうクタクタで息も絶え絶えになっていた。結局一番遅かったのはシオン王子だったが、彼は悔しそうな表情をしつつも満足そうだ。
「ぜぇ、はぁっ!はあ……なかなかやるな……」
「そちらこそ…はぁ、はぁー…疲れましたね…」
俺も疲れた。流石にこんなに走ったのはいつぶりだろう。結局一番早かったのは俺だったが、二人との差はあまり無かった。というか僅差だ。
「ふぅ。お前ら大丈夫?立てるか?」
心配になって声をかけると二人は地面に寝そべりながらもキッと睨んできた。
「はぁ、このくらい、平気です。まだまだ行けます」
「ふん。僕だって、もっと早く走れる。次は勝つさ」
スレイはともかく、シオン王子までやる気満々である。しかもなんか楽しそう。
「へへっ、負けないぞ。ほら、先生のところに行こう。まだ実践授業が残ってるしな」
「…はぁ、お嬢様って、本当に、体力お化けですよね…」
じろっとスレイとシオン王子に睨まれて首を傾げると、二人は仲良くため息を吐いていた。




