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閑話 薬学の授業

 叫び声を上げるマンドラゴラの頭をナイフで両断して、細かく切った物を鍋に入れていく。


「ひぇっ、大人しくしてくださいまし」


『そこ!しっかり頭を刻むザマス!』


 ちゃんと耳栓をしているとは言え、目の前で泣き叫ぶように葉を震わせるのはなかなか心臓に悪い。


 今日は午前中から薬草学の授業だ。前にお菓子を作ったのとは違って、今回の課題は風邪薬の作成である。だが風邪程度で貴重なマンドラゴラを使うというのは、流石は貴族が通う学園というべきか。


 薬草学の授業では学園の片隅にある調合室を借りて行っており、隣では同じクラスの女子が薬効を高めるためにマンドラゴラを細かく刻んでいる。その隣で俺はすり鉢を使って、合わせて入れる薬草をペースト状になるまで潰していた。


(でも、これって本当に喉風邪薬になるのか…?なんか違うような気がするんだけど)


 先生に言われた通りの分量で作っているのだが、どうにも違和感があるのだ。俺が知ってる風邪薬はシロップ状になっている、という先入観があるからなのか。


 …こう、頭の片隅に引っかかるような感覚と言うか…だが、その作り方は思い出せそうで思い出せない。


 ちなみに今回の授業では男女で席が離れているため、スレイはこちらの様子に気づいていないようだ。


『男子チームは手際が良いザマスね、女子チームは素材の下拵えが済んだら鍋をかき混ぜるザマス!焦げないように鍋底から全体に魔力を行き渡らせるように!』


 薬草学の先生が耳栓を通して声を上げると同時に、他の生徒たちも一斉に作業に取り掛かる。俺も慌ててすりこぎ棒で材料を潰し始めた時、教室の扉が開かれて誰か入ってきたようだった。


(ん?)


 ふとそちらを見るとそこに居たのはエルドリーズで、なにかの薬瓶と書類を持っていた。職員室から忘れ物を届けにきたのか、薬草学の先生に話しかけている。だがクラスメイトのみんなは耳栓をしているからか気づいていない。


『ふぇっ!?ちょっ!ちょっと待つザマス!』


 突然、慌てた様子の先生の声が響いて皆が驚いて固まる中、慌てた彼女はエルドリーズの持っていた瓶を奪ってこちらにやってきた。


『みんな下がってて……!』


 熱いはずの鍋にそのまま手を入れると、瓶ごと中身を鍋の中にぶちまけた。その瞬間、凄まじい熱気が辺りに広がり俺は思わず腕で顔を庇う。


「きゃあああ!!何これ!?」


 女子たちの悲鳴が上がる中で、煙が収まった後に目を開けてみると、ドドメ色のマンドラゴラを入れていたはずの鍋の中には真っ白なドロリとした液体が入っていた。


「これは……?」


「何だか気持ち悪い……」


 どう見ても喉風邪薬では無いそれに俺と周りの女子たちが首を傾げる横で、先生は申し訳なさそうな表情で俺たちを見回していた。


「ご、ごめんなさい……じょ、女子チームの方は、材料を間違えてしまったみたい……こ、こっちの机も、処置するね……」


 ザマスが抜けているのはともかく、そんなことがあるのか?このクラスの担任でもある薬草学の教師は見た目こそ俺たちと同じくらいの若さだが、実は現王立研究所の研究員である。そんな人が失敗なんて、と女子が騒つく。


 だが周りを見てみれば、他の女子生徒の机でも似たような反応を示していた。男子の机では問題なく出来ているようだけど。


「はぅ…の、喉風邪薬は……薬効が同じでも、色んな作り方があるの…あのままだと、猛毒になってた…」


 ぼそぼそと喋る先生曰く、マンドラゴラをベースに調合すると、少し別の材料を足すだけで色々な効果を引き出すことができる万能薬のような素材らしい。


 それで喉風邪に効く薬を男女で別の素材を使って作成する予定だったのだが、先生の間違いで全く別の薬ができてしまったようだ。


「それでは、こちらはどんな薬品になってしまったのですか?毒ではないのでしょう?」


 液体を指差して俺は質問した。見た感じだと、クリームか何かにしか見えないんだけど。


「えっと……こ、これは……いや、わ、わからないです……」


 先生は顔を青くしてうつむいてしまうが、様子を見にきたスレイや男子生徒達がそれを見てぎょっとしていた。まぁ、こんなものを見ればそうなるか。俺だって女子だってびっくりしている。


「これって誘惑のハンド…」


「シーッ!こ、これは危険ですから、私が責任を持って処理するザマス!はい!さっさと片付けるザマス!」


 何故か頬を赤らめた一人の男子生徒の呟きに、慌ててザマス口調に戻った先生は女子チームの鍋を手早く回収していった。本当に何を作らされたんだ、と俺と女子達は首を捻るだけだった。



 ***



 その後、結局そのクリーム状の薬については何もわからずじまいだったが、授業が終わった直後にスレイに聞いてみた。すると少し考えてから、言いづらいように口を開いた。


「……恐らく魅惑のハンドクリームですかね。塗る惚れ薬みたいなものです」


「魅惑の?」


「以前、それを作った女子生徒が居まして。危険だと判断されたんです」


 ぼそりと言ったスレイの言葉に俺はまた首を傾げた。そんなものが危険なのか?そもそも塗る惚れ薬だとすれば、惚れさせたい相手に塗らないといけないってことだろうか。


 そんなの、難易度が高すぎて使い所が無いような気がする。あ、でもマリみたいにベタベタ身体をくっ付ければ、貴族籠絡の手助けとして使えるのかもしれない?


「……惚れ薬、惚れ薬か……ボディタッチ、いや手を繋げば使えるとか…?」


「駄目ですからね、お嬢様。変なこと考えないでくださいよ?」


「うぐぅ……わ、わかってるよ」


 俺だってあの変態達に身体をくっつけるなんてしたくは無い。だけどレジーナお嬢様の身代わりとして、貴族達を籠絡しろって話だったはずだ。なのになんでスレイから睨まれないといけないんだ。


「でも、なんでそんなクリーム一つで危険な薬物扱いになってたんだよ。別に惚れ薬くらいなら変なものじゃなさそうだけど」


 魅惑の、と付いている所がほんの少し怪しいと思うが、ハンドクリーム程度であんなに先生が狼狽えるとは思えなかった。すると、俺の言葉にスレイは目を丸くしてから呆れた様に溜息をつく。


「……まさか、あれを普通のクリームだと思ってたんですか?」


「え?違うの?」


「違いますよ。アレは魔性の媚薬です。触れればたちまち熱が出て、塗った相手は強制的に発情させるんです」


「はつじょう…っはぁ!?」


 発情ってそんな動物じゃあるまいし。とも思うが、そういう薬漬けにされた下町の人達はいる。だから一部の男子生徒が盛り上がっていたのかと思うが、確かにそんな薬だったら先生が狼狽えるのもよく分かる。もし誤飲してしまっていたら大変な事になっていた。


「というか、お前も良く知ってたな。やっぱり作り方が何かおかしいって気付いてたのか」


「……まぁ、僕の場合は噂を聞いていましたし、知識として知っていただけです。実際に見たのは初めてですよ」


 まあ、この学園に通う生徒達は殆ど貴族の子息令嬢だし、そもそもこんな物を作ろうとする奴はいないだろう。それこそ違法な薬師や性欲を持て余している馬鹿ならまだしも、こういう類の物は厳重に管理されているはずなのだ。だからこそ、先生も警戒していなかったのだと思う。


「ま、風邪薬くらいなら俺でも作れるし、軽い惚れ薬を作っても…」


「だから、駄目ですからね」


「……はーい」


 ギロリとこちらを睨むスレイは、ほんの少しだけ耳が赤くなっていたのだけれど、俺はその事には気づかなかった。


 余談だが、その後薬学の先生はそのハンドクリームの所在を巡ってフランシス先生といざこざがあったらしいが、またエルドリーズが何とかしたんだとか。最近薬学の先生にも熱い視線を向けられる、というのはエルの愚痴だ。

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