閑話 少し違う学園生活
「それでは教本の四十ページを開いてください。レジーナさん、音読をおねがいね」
「…はい、魔法術式には一定の法則があり…」
ニコッと微笑みかける教師の顔に、同じようににっこりとお嬢様スマイルを返す。だが俺はこの授業があまり好きではなかった。魔法術式や呪文などの暗記系は得意だったが、長文の音読となると噛んでしまいそうで苦手だ。
(うぅん、それにやっぱり午後の座学の授業って眠くなるよな)
しかしそんな事を考えているのはルシアだけでは無かったようだ。隣に座っているスレイや他の席の生徒もこくりこくりと頭を揺らしている。このクラスで唯一ちゃんと起きているのはどうやら前の席にいる女子生徒だけだった。俺が話しかけて以来時々お喋りをするようになった彼女は真面目な性格らしく、熱心にノートを取っている。
というか、なによりこの授業自体が苦手だ。なにせ教師が音読や問題の解答などで執拗に俺やスレイを当てにくるからだ。それは俺達がこの教師に目をつけられているから、というのはあるのだが…
「エル先生、用事もないのに放課後に私達を呼び出すのはやめていただけません?」
「二人とも部活に入っていないんだからいいじゃないの。それより聞いて頂戴、フランシス先生がずっと食事に行きませんかってしつこいのよ!私は女の子…可愛い子にしか興味ないって何度も何度も言ってるのに!」
そう、隣国で別れたはずのエルドリーズがこの学園に講師として赴任してきたのだ。授業終わりにはほぼ確実に職員室に呼び出しがあり、こうして学園や仕事の愚痴をひたすら聞かされるので辟易としている。
「だったらなぜわざわざ学園に赴任したんです?隣国での仕事もあるんですよね?こんなところで油を売っていて大丈夫なんですか」
「うぐっ」
スレイの言葉を聞いて、さっきまで怒り狂っていた顔をみるみると青ざめさせて、眼鏡をガチャガチャと揺らした。
「そ、それはもちろんあっちでの仕事はあるわ。でもせっかく私の分も転移魔法を繋ぎやすくしたんだから、貴方たちと学園生活を楽しみたかったというか…だってアレックスばっかりずるいんだもの!」
「へぇ?アレックスは貴女が放置した魔法道具店の運営に、最近は副会長としての仕事も併せて忙しく働いているのですけどねぇ……」
「うっ、うぐぐ…だってだって…」
指をつつきながらモゴモゴとしているエルに対して、はぁーっとため息をつくスレイ。その様子に俺は苦笑いをした。
「今度みんなで一緒に風紀委員室にくればいいじゃないですの。その時に愚痴でもお喋りでもしてくれれば良いのですわ。委員長が許してくれればですけれど、時魔法でゆっくりお話しできるはずですし」
「時魔法?風紀委員室?へぇ、それって何処にあるの?」
「校庭側の出口から、あちらの花壇の方で…」
その時にライアン委員長が居ればだが、時間を止められればエルもアレックスも時間を気にしないで休む事が可能だろう。エルは興味津々だが、その時ガララッと職員室の扉が開いて養護教諭のフランシス先生が現れた。
「おや、エル先生。奇遇ですね」
「げッ…そ、それじゃ!2人とも話聞いてくれてありがとねっ!」
そう言って書類をかき集めて逃げ出すように職員室から去っていく。エルの背中を見てフランシス先生は肩を落とした。
「はぁ…嫌われてるのか、オレは。まあいいか。それで君たちはエル先生と何の話をしていたのかな?」
「授業についての話をしていましたの。それより、先生こそどうして職員室に?普段は保健室に居る時間ではありませんか」
「ん?ああ、ちょっと体調不良の生徒が多くてね。職員室の伝来魔法を借りにきたんだよ。保健委員を集めるためにね」
「あら、そうなんですの。それは大変でしたわね」
へらっと笑って誤魔化すフランシスに、ルシアは微笑んだ。エルドリーズが居ることを見計って来たのだろうが、あまり突っかかって俺たちに興味を持たれても困る。
養護教諭のフランシスは噂の絶えない人物なのだ、それも複数の生徒や教師と関係をもっていて、保健室を空けては保健委員との会議と称して愛を育んでいるのだとかなんとか。時々話す程度だが、印象としては悪い人では無いとは思う…のだが「「他の人にそう思わせている」というのが彼の危ない所なので注意してください」とスレイから散々忠告を受けている。
なんでも、絶対に二人きりになってはいけないらしい。まるで怪談のようだ。
「レジーナさん、スレイ君。よければ保健室で手伝ってくれないかな?実は保健委員は大半が出払っていてね。少しでも人が来てくれたらうれしいんだけど…」
人好きのしそうな穏やかな笑顔のフランシスの提案に戸惑うが、ルシアにはそれが演技だということがよくわかった。スレイが隣でひくひくと引き攣った顔をしているからだ。
「すみません、この後僕達も用事がありまして。失礼します!」
スレイはそそくさと立ち去る準備をする。俺もそれに合わせて立ち上がった。
「それではフランシス先生、失礼いたしますわ!」
「君たちもお大事にしてくださいね〜」
二人の背中を見送りながらフランシスはほくそ笑む。
「さて、次は誰にしましょうかね」
フランシスは誰もいなくなった職員室に鍵をかけて職員用の通路を通って校舎を出る。獲物を探すその足取りは軽かった。
***
「失礼します」
コンコン、とスレイがノックをすると「はぁ〜いどうぞ〜」と気の抜けるような声が響いた。ガラッと生徒会室の扉を開いて俺はニコッと微笑む。
「お久しぶりですわね。ギルバート様。あら、アリステアもご一緒でしたか。まぁまぁそれは嬉しいですわ。お邪魔いたしますわね」
「あっ、えっ!?︎マジ!?ちょ、ちょっと待ってね!?」
意気揚々とした俺の挨拶に、慌ててガサっと何か広報紙のような物を持って生徒会室の奥へ引っ込むギルバート。首を捻っているとアレックスがひらひらと手を振ってこちらに話しかけてきた。
「おっす〜生徒会室にくるなんて珍しいな。会長と庶務は出かけてるぜ〜?もしかして俺様に会いに来てくれたとか?」
「あら、その通りですわ。アレックスに会いたくて来ましたの」
「そ、そうかぁ〜…!」
返事をするとアレックスの頬が少し赤らんだ。あの後エルドリーズが職員室から居なくなったので、一応アレックスに伝言を頼みに来たのだ。風紀委員室はライアン委員長の許可が無いと結界で入れなくなってる。その事を伝えないと、エルドリーズが結界を解いて無理矢理入ってしまうことがあり得そうだと思ったからだ。
「風紀委員室への入り方をエルに伝えて欲しくって。一応紙に書いておきましたので、会った際にこちらを渡してくださいます?」
「なんだよ、師匠にか…分かったぜ。渡しとくよ」
何故かガックリと肩を落としたアレックスを見てルシアは首を傾げた。ふっ、と鼻で笑うような声が後ろから聞こえて振り向くと、スレイはニコッと微笑みを顔につけていた。
「あとこちらも、作りすぎてしまったので生徒会の皆様で分けて頂ければと思いまして」
「え、なになにお菓子?……うわ、これは」
じっとこちらを見ていたアリステアにも手招きして、生徒会室の中央にある机の上に、鞄をひっくり返してドサドサッと手作りのマカロンをぶちまけた。
そのカラフルなお菓子を見るなり駆け寄ってくるアリステアと、顔を顰めて固まったアレックス。
「ほう、エンチャントマカロンですか。美味しそうですね」
エンチャントマカロンは自分の魔力を分けて作るお菓子だ。普通のお菓子ではなく、食べると身体能力が上がったり、一時的に毒や呪いを弾いたりする効果がランダムで出てくるという物である。
ただし作った本人には効果がなく、ハズレのものはとても不味いらしい。作った時にスレイに味見させた玉虫色のものは「雨の日の肥溜め」という感想だった。吐いていたしぶっ倒れてた。
「薬学の授業で作りすぎちゃって。自分で食べてもしょうがないし、日頃のお礼ってことでよければですけれど」
「いいんですか?では遠慮なくいただきますね」
「どうぞどうぞ」
俺の言葉を聞いてパァッと嬉しそうな顔を浮かべたアリステアに、スレイとアレックスはギョッとする。普段、人形のような無表情しか表に出さないアリステアが人前でこんな風に感情を露わにするなんて珍しいからだ。俺はアリステアに、スレイに味見してもらったものとは違う赤い色をしたマカロンを渡すと、次にアレックスを見た。
「お、俺様は遠慮しておくぜ〜」
ルシアはそんな様子に苦笑しながら、アレックス用に青い色をしたマカロンを口元に近づけた。
「これは先生曰く疲労回復の効果のあるものですわ。アレックスに取っておきましたの。是非召し上がってみてください」
「うぐぅっ、そ、そうかぁ………あれ?ザクロ味だ!うまい!良かったぁぁ…!」
ルシアの差し出したマカロンを食べた瞬間に顔を輝かせるアレックスを見て、ルシアはクスリと笑う。もう一つ渡そうと机の上に山盛りになったマカロンに手を伸ばすと、先ほどよりかなり少なくなっていた。
はたと、アリステアの方を見ると、もきゅもきゅと玉虫色のマカロンや、よく分からないドドメ色のマカロンを美味しそうにほおばっているではないか。
「もぐもぐ……あ、ごめんなさい。他の人の分までもらってしまったみたいですね?」
「…いえいえ。持て余していたものですもの、沢山食べてもらえて嬉しいわ」
ルシアは笑顔で答えるが内心冷や汗でいっぱいだ。このエンチャントマカロンには、この色は美味しい、この色は不味い、という指標のようなものはないのだけれど、色によって効果が変わる。青なら疲労回復。赤なら力が増す。ただしあえて避けておいた「雨の日の肥溜め味」だった玉虫色を美味しそうに食べているのを見ると…アリステアはよほど運が良いのか。もしくは彼の味覚がちょっとおかしいのだろうか。
(味はアレだけど、玉虫色は身体に良いらしいからな…まぁ、大丈夫か)
試しに自分で一つ食べてみるが、特に味はしなかった。強いて言うなら歯につくような、溶けたゴムみたいなねちゃりとした食感。不味くはないが好んで食べるものでもない。ルシアは残りのエンチャントマカロンを全てアリステアに差し出すことにした。
「…アリステアはたくさん召し上がってくださいまし」
「ふふ、嬉しい。ありがとうございます」
「そんなゲテモノを普通のお菓子みたいに食う奴初めてみたぜ〜。ほんと、アリステアはよく分かんねえ奴だよな〜…」
「…同意です」
その後、息を切らして戻ってきたギルバートが「えっ?ルシアくんの手作り?あーんしてくれたら食べてもいいよぉ?」と言ってきたのでご希望通りに一粒口に突っ込むと顔をしかめてうずくまった。何味だったのか聞くと「生焼けの魚」と言っていた。ギリギリ食べれるらしい。




