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熱が上がっただけ

「へっぷちん!へっ…ぷちん!うぁー…さむい」


 薄布の天蓋が付いたふかふかのベッドの中で、俺は何度もくしゃみをしていた。風邪をひいたのなんて子供の時以来だ。ブルスルド王国はまだ温かい季候のはずなのに、寒い。それにしても昨日はよく寝た気がする。色々と夢を見ていたようだが、あまり覚えていない。


「ルシアちゃーん!具合は…良くないみたいね」


「んー、エルぅ…?まだ仕事あるんじゃないのか?」


 部屋に入ってきたエルドリーズが額や首などを触りながら顔をしかめた。


「今日は休みにしたわ!私がいないところで無茶されたら嫌だもの。水は飲める?身体は拭きましょうか?」


「そっか。ありがと…」


 俺は素直に感謝の言葉を口にすると、ゆっくり起き上がった。背中を支えてくれるエルドリーズの手に安心感を覚えて、受け取った水をこくりと飲んでいると、荒々しい息遣いを感じた。


「はぁっ…はぁ…っ…この子は、男の子…なんだからっ…ドキドキなんて、してないわ…!…それに、具合が悪いんだから…!エル、騙されちゃ、駄目よ…っ!」


 またエルドリーズの発作が始まったらしい。というか常々思っていたのだけれど、


「エル…あのさぁ、魔女については分かんないけど、大体の生き物は、異性の方がドキドキするものじゃないか…?」


 この国基準、魔女という種族では分からないが、俺たちがいたラクラシア王国では女の子が女の子を好き、という方が稀有だった思う。動物の本能的には、異性を意識するのは割と普通な気がする。ただ俺はメイドさんに揉みくちゃにされてからは、羞恥心はかなり擦り減った気がするけど。


「俺だって初めてエルと船で会った時はすごくドキドキしたし……あれ、エル?」


 俺がそう言ってエルドリーズの顔を見ると、さっきまでの息遣いが止まって表情が固まっていた。目の前で手を振っても反応が無い。


「エル?おい、エル…?え、息が止まってる…?」


 ずるっとベッドに倒れ込む彼女を逆に支えるように抱き上げようとすると、ヒュッと息が戻ったエルドリーズが慌てて俺から離れた。


「ひぎゃー!!るるるルシアくんの破廉恥!!へんたい!!」


 耳まで真っ赤になった彼女はパタパタと部屋を出て行った。


「……なんなんだよ……へっぷちん!」


「ルシア、やっほ〜。師匠が少女漫画みたいになってたけど。またなんかやられたか?」


「アレックス。んーと、心配してくれて、水を飲ませて貰った?」


 エルドリーズが開けたままだった扉から、困惑した表情のアレックスが顔を出した。政務中だったのか書類を持っている。そのままベッドの脇に置かれた椅子に腰掛けて、用意されていたお茶を注ぐ。どうやらサボりに来たらしい。


 かくかくしかじか、何があったのか再現しつつ伝えるとアレックスが飲んでいたお茶を吹き出した。ごほごほ咳き込みながら慌てる。


「げほっ!ちょ、マジで?アハハハ!いやまぁ、そりゃ確かにそうなるわな。男嫌いだった師匠には衝撃が強かったんだろうな〜」


 よく分からなかったのだが、アレックスは理解出来たらしい。俺はエルドリーズに何をしたんだろうか。


「ま、お前は気にすんなよ。それより、今日は俺様の部屋で寝ないか?朝まで添い寝してやるぜ」


 そう言ってウインクする。キザったらしくてもイケメンだから許される。


「んー、それは遠慮しとく。俺って寝相酷いらしいし、寝言とかも凄いんだってさ。やめて欲しいってスレイにも言われたことあるし、風邪移しちゃうのも悪いしさ」


「待て。それじゃスレイとは寝たことがあるのかよ?ちょっとその話詳しく…」


「アレックス、仕事を放って何をしてるんですか?死にますか?」


 バタンと部屋の扉が開くと、悪魔の笑顔を浮かべたスレイが入ってくる。射殺さんとするような殺気が怖い。悪魔より怖かった。


「うおっ!?スレイ、いつの間に来たんだよ!?外から気配全く感じなかったけど……」


「ふん。今来たばかりですが?そんなことより、貴方は粛清した貴族達の処理がまだ残っているはずですよね?こんな所で油を売ってていいんですか?」


「分かった、分かったよ!友達のお見舞いくらい許してくれよ、スレイ!」


「チッ…いいから早く行け。しっしっ」


 アレックスは渋々部屋を出ていく。「また今度学校でな?」と言って手を振りかえすと、スレイは呆れたようにため息をついた。


「全く……それでルシアさん、体調の方はどうです?」


「ん、大分マシになったよ。まだくしゃみは出るけど、医者が言うには転移魔法を使えば明日にも屋敷に帰れるってさ。ごめんなまた心配かけちゃって。迷惑かけた分はちゃんとお礼させて貰うからさ?」


「っ、貴方はまたそうやって…はぁ。帰ったら()()()()お世話させて頂きますので、覚悟していてください。あともう二度と勝手にお酒を飲んだり、勝手な行動はしないで下さい。本当に、貴方が無事で居ないと僕は駄目になってしまいそうですから」


 スレイはベッド横にある椅子に座って足を組む。説教をしてくるスレイに対してルシアは顔を背けてボソッと言った。


「……んん、俺もエルのことは言えないな」


「何か言いましたか?」


「別に!何でもねぇよ!」


 熱が上がったのかもしれないな、とルシアの顔は赤に染まっていた。



次回で2章が終わりです。



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