結局こうなるのかよ
途中、残酷表現を含みます。
「へっぷちん!…うー」
「やっぱり着替えた方が良いんじゃないか~?酒を浴びたんだ、身体に異変はないか?」
「平気ですわ、念のために解毒剤も飲みましたし酔いもありません。この後どうせまた汚れるのでしょう?」
「それはそうかもしれねぇけどよ〜」
アレックスが葡萄酒で濡れたドレスを見て顔を顰めるが、この後は作戦の総仕上げだ。これくらいなら慣れているし、赤獅子の血王子ことアレックスが敵対派閥に対して大暴れする予定ならばこのままの方が都合が良い。
「ベルク公爵含めた友好派閥の方はスレイが既に別室へ案内していますね。パーティに来ていないコラル公爵には後日使節を送るのが良いでしょう」
会場に残された貴族はアレキサンダー第三王子を敵視している者や、ルシアを政治利用しようとする者が大半で、彼らにとっては今回の婚約破棄騒動は願ったり叶ったりの展開だろう。その辺りについてはお父様が責任を持って処理するつもりらしいので、あまり心配はしていないのだが……。
「で、後は男爵を舞台に引っ張り出すだけだな。ま、この様子だと赤獅子の出番は無さそうだぜ〜?」
「そうですわね。そろそろ爵位順に挨拶に来る筈ですし…」
並べられたグラスを眺めながらアレックスが俺に肩を回していた時だった。突如として会場の中央で爆炎が上がる。それと同時に響く轟音に悲鳴が上がっていた。混乱の中、テーブルの上に現れたのは全身真っ黒の外套に身を包んだ2人の人影。フードを被っているために容姿や服装までは分からないが明らかに怪しい風体の男達は腰に剣を差しており、手には大きな筒状の物体を抱えていた。
「あ"ぁ!?︎なんだありゃ…」
「…爆弾か何かでしょうか?随分と派手な登場ですわね。しかし、あの方々は一体どちら様で……ッ…!?」
男達は持っていた武器を頭上に掲げた後で足元に投げつけ、次の瞬間強烈な閃光を放った。その後に破裂音が響き渡る。
瞳に強い痛みが走り、ルシアは思わずよろめいてしまう。突然の出来事に人々は騒然としており場の混乱が広がっていった。
(っいってええ!!…目が、見えない…!!)
光魔力を使った目眩しだろうか、視界がぼやけて周囲の状況が把握出来ない。耳も衝撃によって痛んでしまい周りの声があまり聞こえない状態だった。辛うじてルシアが感じ取れたのは自分の腕を引く男の手の感触のみだ。
「っうう…アレックスか…?お…私、目が見えなくて…其方に居ますの?」
「…!……!…」
何か喋っているようだがよく聞こえない。どうも話しかけられている気がするが肝心の内容が聞き取れないのだ。
俺は自分の聴覚の回復を待つべきか、或いは視力の治癒を優先するべきなのか悩むが、今はそれどころではない。先程の爆発は会場に居る人々を混乱させるだけでなく、人質として利用するための行動かもしれない。
「おい!動…な…おめえ…!」
「っうごくなって言われましても…」
腕を引いていたらしい男は、どうやらアレックスではないらしい。耳元で怒鳴られてようやく気づいた。ルシアは未だ霞む視界の中で必死になって考える。この状況で自分を人質にでも取るつもりだろうか。
「やめてくださいまし。貴方が誰だかも知りませんし、どうして私の手を離してくださらないのですか?」
相手は何も言わなかった。ただただ強く手首を握るだけだ。だけど、発音からしてブルスルド王国の人間ではないだろうし、貴族にしては口調が荒く、農民のように言葉が汚い気がする。
「おめえはこっちさ来い!」
「私を捕まえても身代金など出ませ……ッ!!」
そう言いかけて口を閉ざす。目の前の男からは微かに鉄臭い匂いがしていることに気づいたからだ。その瞬間ぞわりとした悪寒が背筋を走った。
この匂いにはとても覚えがある。…アレックスの血の匂いだ。
「おめぇを盾にすりゃ、赤獅子のガキを殺すぐらい訳ねぇだよ!」
男の口から発せられた単語に、全身から冷たい汗が噴き出した。なら、まさかこの血は。最悪の想像が浮かんできて胸の奥が締め付けられるように苦しい。
「アレックスに何を…!?」
「あー、大丈夫だって。こんな雑魚久しぶりに見たぜ〜」
ぼやける視界に赤色が見えた。ギィンと剣がぶつかり合う金属音が響いて手首の拘束が緩む。そして強い力で身体を引かれて暖かいものに包まれた。
「お嬢様ッ!大丈夫ですか!?アレックス!遊んでいないでさっさと処理しなさい!」
「遊んでねぇ〜って!誰に向かって物言ってんだ、よっ!」
「ぬぁっ!?赤獅子…!斬ったはずじゃ…!」
音だけでは何が起こったのか分からないが、声からしてスレイに助けられたようだと気づいた。横抱きにされて運ばれているのか、少しの振動と荒い息が伝わる。
「スレイ?私、閃光魔法で目が見えなくなっていて…今はどのような状況なのかしら」
「…ッ男爵や敵対派閥が刺客を忍ばせていたようです。…作戦とは筋書きが変わりますが、これをきっかけにアレックスがリップル男爵諸共粛清を進めていくかと」
「なるほど、タイミングが重なってしまった訳ね…」
この宴は、アレキサンダー第三王子を敵対している貴族達をまとめて炙り出すための罠だ。今、会場内にいる貴族達は皆第ニ王子派で、第三王子派と対立関係にある。それらが俺達の作戦にに気づいたのか、元からこの予定だったのか。
どちらにせよクラウディア令嬢を煽った時のように第二王子派を排除する予定だったのだが、その貴族達が裏で手を組み、アレックス暗殺を企てたのだろう。だがこうしてルシアが襲われたことで正当防衛となり、赤獅子の血王子ことアレックスが容赦なく首を跳ねていくだろう。
「アハハハッ!がっかりだなぁ?お前もお前も!」
遠くからアレックスの笑い声と刺客のものらしい悲鳴が聞こえる。ぼやけた視界と人混みでよく見えないが、恐らくアレックスは作戦どおりに大暴れしているのだろう。
「んー…すごい事になってるのは分かる」
「あーあー血濡れ王子は嫌!とか言った良い子ちゃんは何処へ行ったのかしら。ほら、目を見せて頂戴。…常世の闇と静寂。正しき姿を映せ。癒しを眼に」
スレイはエルドリーズの元へ連れて来てくれたらしい。ルシアの瞼を温かい手が包み、目眩しを治す癒しの魔法が流される。そのおかげで、ようやく周りが見えるようになる。
「いてててまぶし…まだ少し痛むけれど、見えるようになりましたわ。ありがとう、エル」
ルシアは目元をハンカチで押さえながら礼を言うと、エルドリーズは顔を見るなり驚いた顔をして目を逸らしていた。どうしたのかと不思議そうにしていると、後ろからスレイの声が聞こえてきた。
「…魔女。今度はお嬢様を泣かせたんですか?本ッ当に最低ですね……」
「ちっ違うわよ!?この子の目眩しを治したの!珍しく涙目なの可愛いとか思ってただけよ!」
この状況下で呑気なエルドリーズにスレイは呆れたような表情を浮かべる。二人のやりとりを見て、どっと脱力してしまった。
「あはは。はー…。流石にちょっと怖かったよ。二人を見たら安心して腰抜けちゃったみたい。情けないよな」
ルシアは苦笑しながら立ち上がる。もう大丈夫だと伝えるためだ。するとスレイが支えるように手を差し伸べてくれる。
「無理しないでくださいね、お嬢様。さぁ、行きましょう」
スレイの手を借りて立ち上がった俺は、心配そうな顔で見つめてくる二人に笑顔を向ける。
そして歩き出した三人は、一連の騒動を静観している国王陛下の元へ向かった。
***
なぜだ。
頭に浮かんだ疑問は、痛烈な衝撃で消し飛ばされる。目の前の赤獅子は、滴るような真っ赤な剣を振りかざすとよろけているリップル男爵の目の前に歩み寄る。アレキサンダー=ブル=ファタナギル第三王子。今は亡き王妃の血を持った最後の王子は、ニィッと口角を上げる。その姿は彼女と似ても似つかない恐ろしい姿だった。
「どうしても何も、本当はお前らを断罪する場だったってのによ~。正当防衛だぜ?こっちは」
「…はは、断罪?この私を?そんなこと、できるわけがない!」
「いやいや、できるんだよこれが。言ったろ?『あんたがしたことは全部バレてる』ってさ。つまり、俺らは証拠も掴んでるし証言もある」
アレキサンダー王子がパチンと指を鳴らすと、ドサドサと書類が落ちてきた。ざわめく周囲の貴族がそれを拾うと、悲鳴を上げたり怒声をあげたりする。それは、全て彼らが行った悪事の証拠であった。だが、アレキサンダー王子は心底おかしそうに笑うと、何かを呟く。するとその書類に火が付いて、ざわめいていた周囲の貴族達がさらに騒がしくなった。
「あはは!どいつもこいつも身に覚えがあるようで。お前ら、って言っただろ?写しが欲しけりゃいくらでもある。証人も居るぜ、もう死んでるけど」
「ひぃっ!!」
「そ、そうだ!私は、私は確かにやったぞ!!だがこの売女が悪いのだ!」
「違う!俺は…俺は…!」
「…………」
正直に言う者、言い訳をする者、王子の一言を境に恐慌する貴族達の中で、リップル男爵は表情を無くし、呆然と目の前に落ちている書類を見つめていた。火の付けられていないそれは、娘であるシャロン=リップルが使用した転移魔法陣の詳細な魔法使用記録。毒を使って奴隷に堕とした人々の名前とその後の動向。どこまで露見している、などではない。本当に全て、この小僧は知っているのだ。
リップル男爵は、その事実に恐ろしさよりも怒りが身体を占めていた。それはまるで、かつての王妃の予知能力のようではないかと。この王子は本当に彼女の子供なのだと思うと、斬りつけられた肩の痛みよりも、胸がギリギリと嫉妬で痛み、はじけ飛びそうだ。
胸ポケットの中に仕舞い込んだ毒の瓶を握りこみ、今すぐにでも目の前にいる憎たらしい小僧を殺してやりたい衝動に駆られる。第二王子派すらも織り込んだ国落としの計画なんて、最初から成功させる予定などなかった。ただ、王妃の忘れ形見であるこの王子達を自分の手で殺せるならそれでよかった。
それなのに、こんなところで終わるのか? こんな小童のせいで? こんなところで終わるくらいならば、自分は一体何のためにあの地獄のような日々を過ごしたというのか。
「…父上…」
項垂れているリップル男爵に、給仕をしていたシャロンが近づく。彼女は先ほどとは変わって泣きそうな笑みを浮かべると、父親に向かって手を差し伸べた。そして、優しく父親の頬に触れて、労るように撫でる。だが、呆然自失になっている彼には届かない。だけどシャロンは彼を抱きしめた。
「お疲れ様です、父上」
「……シャロン様…?」
「……いいえ、私ですよ。貴方の娘です。もう大丈夫。全部終わりましたからね」
「終わった?何を言っている……?」
「ご安心ください。これからは、何も考えなくて良い。愛しき光が全てを包み込んでくれます、愛の魔法…」
シャロンの口が呪文を紡いでいき、何度も貴族相手に掛けてきた魅了の魔法がリップル男爵を惑わせる。甘くやわらかな光は、髪色しか似ていない娘をブルスルドの王妃に仕立て上げた。そして、彼女は祝福とも呪いとも言える言葉を囁く。
『貴方のことを、それでも愛していました』
「…あ…」
その言葉を聞いた途端に、リップル男爵の顔色が青くなる。彼は思い出した。かつて自分を救ってくれた恩人の言葉を。彼女が最期に残した言葉を。本当に愛すべきだった人の事を。
(ああ、そうか)
やっと理解できた。自分が今までしてきたことは、全て無駄だったのだと。だって、そうだろう?結局、誰も救うことなどできなかった。あの時岩に押しつぶされて死んだのは、王妃と、王妃の護衛。二人の女だった。自分がそこにたどり着いた時には、何もかも終わった後なのだから。
「そう、だったなぁ……妻は言っていた。私の不貞を許してくれる、と……」
赤い刃が胸を突き刺すまでの間、リップル男爵は酩酊とも言える感覚の中で最愛の人を想い続けていた。それは王妃でも、娘でも無い。戦場で散っていった妻の姿だけが彼の中にあった。
***
俺たちが玉座の前に着くと、そこにはヴァルド陛下の胸ぐらを掴むお父様が居た。ルシア達が唖然とする中、二人は言い争いを続けている。
「だから、それは結果論であってだな!」
「ふざけるなよヴァルド!お前を心底軽蔑する」
お父様が掴んでいた手を離すと、お父様に殴られたのか口の端から血を流すヴァルド陛下の姿があった。
「お父様、ヴァルド陛下!?おやめください、いったい何があったというのです?」
ルシアは慌てて二人の間に割って入った。すると二人の動きがピタリと止まり静かになった。
「これは…どういうことです?なぜ喧嘩をなさっているのですか?」
困惑した表情を浮かべながら尋ねるルシアを見て、二人はバツの悪そうに顔を背けた。
「……ルシアくん…いや、なんでもないんだ。僕は部屋に戻るとしよう。スレイ、あとは任せたぞ」
お父様はそれだけ言うと会場から去って行った。
残されたヴァルド陛下は小さく息を吐くとルシアの方へ向き直り話しかけてきた。
「どうやらアレックスは上手くやっているようだな。ルシアくん、スレイくん。ご助力感謝する。そしてすまなかった。君たちを巻き込んでしまって」
ヴァルド陛下は申し訳なさそうな顔をしながら頭を下げた。
「いえ。どうかお気になさらず。それより詳しく説明していただけますか?」
スレイは真剣な眼差しで尋ねた。ヴァルドは一つ咳払いをすると話し始めた。
「あぁ……そうだな。まず、今回の件についてだが……アレックスには既に話してあるが、ブルスルド王国は隣国との戦争を回避したいと考えていることは知っているね?」
「はい。存じております」
「だが我が国は軍事国家でもあるため簡単に引き下がるわけにもいかないのだ。だからどうしても戦わなければならない状況になった場合に備えて戦力強化を図りたいと思っていた」
ヴァルド陛下は遠くを見るような目をして続ける。
「そこでちょうど良い機会だと考えて、レジーナちゃんと息子を婚姻させ、ジルヴァの助力を得やすい状況を作ろうと考えたのだ。まぁ正直に言えば、この婚約は政治的な意味合いが強いということだな」
「なるほど……?」
答えになっていないような気もするが、とりあえず俺は納得したように相槌を打った。しかし、スレイは不満げな様子で言った。
「それなら最初から戦争回避のために協力すれば良かったのではないですか。舞踏会のことがあったとは言え、わざわざお嬢様と婚姻を結ぶ必要など無かったのでしょう」
その言葉を聞いたヴァルドは困ったような笑みを浮かべた。
「確かにスレイ君の言う通りだ。以前レジーナちゃんとアレックスが結婚の約束をしていたから思いついたことだったのだ。あとはもう一つの思惑があるが…ただ、それらは些細な事だから気にしないでほしい」
ヴァルド陛下は深くため息をついて、口の端を指で拭った。些細な事だと言われてもそこが気になっているのだが、後ろにいたエルが俺達の腕を引いた。
「エルドリーズ、結界は張っているな?この二人は転移魔法で送ってくれ」
「でもヴァルちゃん、ジルヴァが残ってるじゃない。いいの?」
「……アイツは自力で出られる。むしろ結界は壊されるだろう。その時だけ、他の貴族を逃がさないように気を付けてくれ」
「はぁー…ほんっと、仕事増やすの勘弁してほしいわ」
俺たちの後ろで爆発や悲鳴が響き渡っているのに、ヴァルド陛下は平然とした様子だった。だけど、俺にはわかる。お父様を怒らせるほうがもっと大変な事になると分かっているから、こうして落ち着いているのだろう。エルはどんよりと肩を落とすと、長杖を光らせた。




