次期王妃候補
ギロリと睨みつける令嬢達に微笑んで、コツコツとヒールを鳴らしてメインホールを歩く。彼女達にとって、時期国王であるアレックスにエスコートされている俺はさながら毒婦のように見えているのだろう。
俺を睨みつけてきている令嬢達の中から、一際豪華な衣装に身を包んだ1人の令嬢が歩み出てきた。
「あなたね?殿下を誑かしたのは!」
そう言って扇子を振りかざす彼女の瞳の奥には嫉妬や憎しみの色が見える。
(思ったよりも早く釣れたな)
彼女が誰なのかすぐにわかった。次期王妃の座を狙っているクラウディア=ディ=ベルク公爵令嬢だ。以前はアレックスに付き纏っていた熱烈な令嬢と聞いている。だがあえてわからないふりをする。
「どなたでしょうか?私は何もしておりませんわ」
ルシアは首を傾げて困ったように眉を下げる。彼女は人前に立つのが得意ではないのか、少し声が震えているが頑張ってくれているようだ。
「しらばっくれるつもりですの!?貴女のような泥棒猫!アレックス様に近づかないで頂戴!!」
こちらを指差しながら唾を飛ばして怒鳴る彼女に周りにいた令息達が顔をしかめる。よしよし、いい調子だ。俺はその調子で目を伏せて、悲しげに見えるように俯く。
「あら……そんなことを言われましても……」
どうしたら良いものかしらと呟きつつちらりと上目遣いで視線を送ると、周りの貴族達がざわめいた。エルドリーズに教わった手練手管だ。怒鳴っていた彼女はさらに怒りで震え、顔を真っ赤にしていた。
「ほ、ほら見なさい!そうやって殿下にも媚を売って誘惑したのでしょう!騙されませんわよ!さぁ白状しなさい!」
彼女は金切り声で叫びながらまたルシアを指差し叫ぶが、その様子は明らかに冷静さを欠いているように見える。
「クラウディア嬢、落ち着いてくれ。これは俺様の意思で…」
アレックスが諌めようとするがクラウディアは耳を貸さずますます興奮している。
「ですから殿下はもうあの小娘に篭絡されております!だからこうして私に言い寄りにいらっしゃっているのです!目を覚まして下さいまし!」
ルシアがアレックスを見つめて困りましたわとため息をつくと、アレックスは嬉しそうな表情で微笑み返す。ただしそれは作戦が順調に進んでいる故の反応である。もう少し隠して欲しい。
まぁこのような令嬢の反応を期待した上でわざとらしい態度をとっているのだが。
「……っっ!!」
ルシアの演技は大袈裟だがクラウディアには効果は抜群のようで、近くのテーブルに置かれていたワイングラスを持ち、ルシアに向けて中身を浴びせた。
「っう…」
一瞬の出来事だったが液体を被った為、とても冷たく感じた。痛みはないが、ドレスが濡れて気持ちが悪い。
「…これで少し頭を冷やして下さらないかしら?」
はっと笑い、クラウディアはその場を立ち去った。取り巻きの令嬢たちも後に続き、後にはびしゃびしゃになったルシアと唖然とする周囲のみとなる。俺はその周辺には目も向けず、静かにハンカチで身体を拭うことにした。
(やっぱりスレイが言った通り赤いドレスで良かった。そこまで染みは目立たないな)
騒ぎを聞きつけたらしい衛兵がクラウディア達を捕まえたのか、遠くから悲鳴が聞こえた。
「あぁ、なんて事だ。よくもこのような事を」
「大丈夫ですわ。皆さまきっと分かって頂けますもの」
大根役者と言うに相応しいアレックスのセリフにルシアはすかさず合いの手を入れる。ちゃんとしろと軽く足を蹴ると、アレックスは咳払いをしてから声を上げた。
「あのような乱暴な令嬢はこの宴に相応しくない。連れて行け!王妃候補などという話は無かったことにさせてもらう。俺様はこのレジーナ=サリ=ケイプ公爵令嬢ただ一人を婚約者とする!」
そう言った途端、会場の空気が凍った。
アレックスの発言によってざわめきが広がり、貴族達は一斉に距離を取った。俺たちが計画していたのはこれである。婚約破棄の理由としてもっともらしい理由を考えれば良かったのだが、令嬢達を隔離させるためにクラウディアを利用させてもらった。
「…ブルスルド王国は一夫多妻が認められ、王ともなれば側室も持てるのだぞ?それをわざわざ婚約者一択だとは」
「あの令嬢は赤獅子にとってそれほどの存在というわけだ……なんたる愚かさよ……」
周りからは小声で呟く貴族たちの声が聞こえる。それは当然だろう。俺が逆の立場でも呆れるに決まっている。
「大丈夫ですかな!?アレキサンダー殿下!」
汗を拭きながらクラウディア令嬢の父であるベルク公爵がこちらへやってくる。その表情は困惑に満ちていた。そして口を開いた瞬間、先程より大袈裟に驚いて見せた。
「我が娘が大変なご迷惑をおかけしました!!本当に申し訳ありません!!」
そう言って深々と頭を下げる。ベルク公爵は居心地悪そうな顔をして、娘の方を向いた。
クラウディアの母は幼い頃に病気で亡くなったらしく、それ以来クラウディアは父一人子一人で生活してきたそうだ。その経験もあってアレックスへの執着心が人一倍強いのかもしれない。
このままだと腹を切って詫びます!とでも言いかねないので、俺はそっとベルク公爵に近づいて囁く。
(大丈夫ですわ。娘さんは宴の間は来賓室に行って頂くだけですので。よければ側にいてあげて下さいまし)
「それは、どういう…?」
顔を上げたベルク公爵に俺は笑顔で答える。
(彼女の言っていた事はまぁ…かなり正しいですし。ポッと出の私が殿下と仲睦まじくしていたら怒るのは当然といいますか。私は気にしていませんし、側室だとかの話は私から殿下に口添えいたしますわ)
俺たちはわざと令嬢達を煽ってこうなるように仕向けたのだ。元はといえば、悪いのはこの作戦を考えたアレックスな気がする。
(しかし、娘は貴女を……)
そう言うベルク公爵を遮ってルシアは続ける。
(安心なさってくださいな。彼女には傷一つつけさせないとお約束致します)
ルシアが微笑むと、ベルク公爵は納得したように深く礼をして、アレックスの元へと戻っていった。
「…本当に申し訳ございません。罰は如何様にも受けます」
「ならば貴公も娘と共に行くが良い。宴が終わったあとで責を問おう」
アレックスの命令で衛兵がベルク公爵とクラウディア令嬢達を連れていき、余興の一幕を終えた会場はざわめきで満ちていた。




