本番の舞踏会
城の中は慌ただしく人が行き交っている。廊下には衛兵や使用人が溢れ返り、忙しく走り回っていた。そんな彼らを横目にルシアは真っ直ぐ目的地に向かう。
王宮のメインホールに着くと、王宮で働く宰相や貴族諸侯に囲まれている赤髪を見つけて
大きく手を振った。
「アレックス!こちらです!来てくださいまし!」
「おおレジーナ、そこに居たんだな!」
ルシアの声に気づいたアレックスは少し嬉しそうに駆け寄ってきた。周りの貴族達は、貴族淑女とは思えないルシアの行動に目を見張る。
「突然いなくなって驚いたぞ、どうしたんだ〜?」
「実はお願いがありまして……少しお時間を頂いてもよろしいですか?今夜の件についてなのですけれど」
「…そうか、では人払いをした方がいいか?」
アレックスは休憩室を指すが、首を振って断る。きっとここで話した方が効果的だ。覚悟を決めて、エルドリーズから教わった事を思い出す。
「いえ、結構ですわ。それに今は時間が惜しくて……」
ルシアはにっこりと微笑んで告げる。
「本日の宴で、葡萄酒を飲みたいんですの。アレックスとのダンスが終わった後に一緒に飲ませていただきたくて♡……あぁでも駄目でしょうか…私、お酒は好きですがあまり強く無いですから…」
最後の方で目を伏せながらしおらしく言ってみせる。もちろん、そんなことは微塵も思っていない。わざとである。横目で周りの様子を伺うと、一部の貴族達から殺気が飛んでくるが知ったことではない。俺はドレスに付いている紐を指先で弄びながら口角を上げた。
「もちろんいいとも。父上は酒好きだからな、宴では様々な種類を取り揃えるつもりだ」
「まぁっ!嬉しいですわ♡ヴァルド様とも一度飲んでみたかったのです」
語尾を上げてなるべく可愛らしい声を出して、おまけに少しかがんで上目遣いをする。マリのように、と思いながらやってみたが我ながら鳥肌が立つ。すると何故か殺気を飛ばしていた周りの貴族達がざわめき立ったが、すぐに静まり返った。そして俺はにっこりと微笑みを浮かべるが、内心めちゃめちゃ緊張していた。
「ありがとうアレックス♡嬉しいですわ♡」
(ごめん、コレを持っていてくれ。解毒剤だ)
トドメにぎゅっと抱きつき、懐から小瓶を取り出すとアレックスの尻ポケットに差し入れる。アレックスは驚いた顔をしていたが、すぐに理解したのか笑顔に戻って俺を抱き返す。
「こちらこそ。今夜を楽しみにしているぞ」
(意図は分かったぜ。くれぐれも無茶はしないでくれよ)
アレックスから身体を離すと、彼はまた爽やかな笑みを浮かべていた。だが背中に殺気とはまた違う気配を感じてハッとそちらを見ると、涎を垂らすエルドリーズと真顔になっているスレイと目が合った。スレイは一瞬だけルシアを睨むと、そのまま視線を逸らしてしまった。
(何でスレイが怒ってんだ?)
精神が削れる暑苦しい作戦だったが、ひとまずはこれで準備段階は終わった。あとはアレックスとお父様が上手くやってくれるはずだ。俺はただ待っているだけでいい。
ルシアは安心してため息をつくと、駆け足でシャロンのところへ戻った。
***
表でも裏でも準備が終わって、いよいよ夜会が始まる時間になった。
俺はブルスルド風に着飾られ、舞踏会のホールの中央にいた。俺の格好はワインレッドの何枚に重ねられた絹と宝石があしらわれた妖艶な衣装だ。会場にはたくさんの貴族達がいる。皆一様に美形で背が高く、中には俺と同じようにブルスルドの伝統のドレスの女性もいるようだ。
「諸君、此度の宴に集まってくれたことを感謝する。ささやかながら今宵は余興を用意している。存分に楽しむとよい」
国王陛下のお言葉に合わせて楽団の音楽が変わり、貴族達がホールでダンスを踊り始める。俺とアレックスも手を取ってステップを踏む。
ふと気になって周りを見回すと他の貴族の女性は途中でパートナーを変えて次々と別の男性と手を繋ぎステップを踏み楽しげに話していた。ブルスルドの社交ダンスでは代わる代わる踊るものなのかと離れようとすると、アレックスが腰を引き寄せてきた。どうやらパートナーを変えるのは駄目らしい。
「曲が終わるまでは俺様を見ていて欲しいものだ」
「この国ではパートナーを変えて踊るのが常識のようですけれど?」
「輿入れ直前の婚約者を他の男に触らないのが常識だ」
ふん、と子供のように頬を膨らませるアレックスに笑ってしまった。こういう所がエルドリーズに似ている。さすがは師弟だ。
音楽が鳴り終わるまで俺は女性にモテそうなこのイケメンとずっと踊っていると、周りの令嬢や貴族からの突き刺さるような視線が痛かった。これも、敵対派閥を炙り出すための作戦の内なんだろうな。
ダンスが終わった後、アレックスにエスコートされてバルコニーへと向かうと、そこにはブスッと不機嫌そうに座るスレイとエルドリーズがいた。
「アレックス……お前という奴は……」
「おかえりなさい〜。あんた後で説教ね」
「婚前なんだからあの方が自然だろ〜?」
「申し訳ありませんわ。スレイもごめんね、突然作戦を変えてしまって」
ルシアが頭を下げると、スレイは慌てて首を横に振る。
「そんな、お嬢様が謝られることではありません。僕が怒っているのはアレックスに対してだけですから」
「そーよそーよ!私も今のうちにダンスしたかったのに!」
ぷんすか怒っているエルドリーズは置いておいて、ルシアはスレイに話しかけた。
「スレイ、シャロンは…」
「彼女は給仕としてリップル男爵の監視についていますよ。…お嬢様は甘いですね。薬を盛られた相手に情けをかけるなんて」
スレイはそちらの方向に視線を向けると、ぎろりと睨みつけた。
「僕は彼女を許せませんよ。シオン殿下と言い、お優しいことは貴方の美徳かもしれませんが、それが命取りになることを覚えていて下さい」
「うぐ、分かってるよ……」
スレイの厳しい言葉に思わずルシアはたじろいだ。
「執事くんってば過保護ねぇ。でもまあ分かるけど。ルシアちゃんにはそういうところがあるもんね?そこがまた可愛いんだけど!」
「……お嬢様は優しすぎです。だから不要な輩が釣れてしまいますと言っているのに、本当に貴方は…はぁ」
エルドリーズがルシアに抱きつくのを見てスレイはため息をついた。アレックスはくつくつと笑って言う。
「さて、この後は余興の時間だが〜…婚約者候補だった令嬢達の保護は師匠に任せるとして、反抗者の捕縛にスレイと…あー…できればジルヴァ殿にも協力を仰げるだろうか?」
「無理ですね。お嬢様が帰ってくれば小指一本程度は助力してもいい。という事ですので」
「そうだよな〜。また血濡れ王子って言われるのうんざりなんだけどなぁ。仕方ないか…」
お父様への頼みにスレイは即座に断りを入れ、アレックスは肩を落とした。お父様は俺を屋敷に戻すために色々と手回ししているらしいが、ブルスルド王国の計画には関与しないと決めているのだ。
四人でこの後に起こす『余興』の段取りを確認して、俺達は再びメインホールへと戻った。




