シャロン
王宮のあちらこちらでは、今晩また行われる夜会の準備に大忙しのようだった。その為王妃教育はお休みだ。だけども、王子の婚約者として賓客への挨拶や会場の準備を手伝うために、俺は丸一日お嬢様モードだ。
数ある婚約者の中で、俺はすっかり次期王妃扱いだ。なのでアレックスと一緒に遠方から来た貴族や商人に挨拶回りをしていたのだが、流石に休憩もなく永遠に続くような挨拶をしてく作業は辛かった。なのでお昼に隙を見て部屋に戻ると、ベッドに座って一息ついた。
(リリアは学校に行ってる頃かなぁ…)
王都の学園は夏季の長期休暇があるといえども、もうそろそろ通常の商人学校などでは授業が始まっている頃だ。そして、それを考えて思い出すのは下町に居る妹の顔。ちゃんとご飯は食べてるだろうか、虐められてはいないだろうか。
そう考えて無意識に手を伸ばした瞬間、ノック音が聞こえて慌てて腕を下ろす。
「お嬢さま。昼食はあまり食べられませんでしたよね?おやつを作ってきましたので、よろしければお食べください」
「おおお!ありがとう、スレイ」
扉を開けると、そこ立っていたのはメイド服のスレイであった。その手に持った皿の上にはクリームが山盛りの大きなシフォンケーキが置かれており、思わず目を輝かせた。それに合わせてスレイが持ってきた小瓶の正体に気づいたが、そちらには黙っていた。目線で了解、と指し示す。
「それでは僕はメインホールに戻って準備をしていますので」
「ええ、エルドリーズに宜しく
」
部屋に入ってきたスレイだったがすぐに顔を背けて出ていく。俺は机に置かれた小瓶をドレスの中に隠し、一旦立ち上がって窓から庭を見た。手入れされた庭園の花壇に座り込んでいる小さな人影を見つけて声をかける。
「シャロン、そこに居たのですか。メインホールでエルドリーズが呼んでいましてよ?」
「…姫さま。申し訳ございません。殿下に会場に飾る花を考えてこいと言われてしまいまして、悩んでおりました」
花を眺めていたシャロンが俺に気づいて立ち上がると膝についた土を払った。彼女はこの国の辺境から来た男爵令嬢であり、家から口減らしのような扱いで城に送られたらしいのだが、今では王妃教育を任されるほどに優秀なメイドだ。
「まぁ、またヴァルド殿下に無茶振りされたんですか。どんな物でもいいんですよ、シャロンが育てている花はどれも素晴らしいのですから」
「っそんなことはありません!…私の花なんて、王の御前に出せるものではありませんから」
「あら、貴女の育てた月光花で私がどれだけ助かったか。謙遜しないでもっと胸を張ってもいいと思いますわ」
「…………」
窓を飛び越えて庭に降り立つと、俯いているシャロンの手をそっと握った。青い花を持っている彼女の手は小さく震えていて、無理をしていることはすぐに分かった。
「それにね、貴女が居ないと寂しいって皆言っているのですよ。本当に貴女は凄腕のメイドよ?だからあまり自分を卑下するものではないわ」
「……っ……」
ルシアの言葉にとうとう我慢できなくなったのか、涙をこぼすシャロンの頭を優しく撫でた。
「今日はもう無理しないで。私が言えたことではないけれど、このところ酷く疲れているでしょう?貴女の代わりは居ないのですから」
「……っ姫さま…うぅ…はい……」
シャロンは俺のドレスを恐る恐る掴むと、そのまま抱きつくようにして泣き出した。ふわふわとした金の髪を撫でて、ルシアはしばらく黙っていた。
「…ごめんな、シャロン」
「…姫、さま…?ゥうッ!?!?」
そうして、俺はシャロンの首筋に牙を立てた。
***
甘くて酸っぱくて辛くて苦くて、えぐみがある。酷い健康状態なのか、属性を抜きにしてもとても不味い光魔力の味だ。震えるシャロンを抑えてなんとか血を飲み干すと、口を離した。
『信じたくなかったよ。あの夜、俺に毒薬を盛ったのはリップル男爵…。シャロン=リップル男爵令嬢がその薬を作ったんだと』
ルシアがそう言うと、力が抜けたように崩れ落ちる彼女を抱き止めて瞳を合わせる。俺が魅了の邪眼を発動させると、シャロンの瞳がとろんと揺れた。
『真実だけを話せ。シャロン=リップルは舞踏会の日に何をしていた?』
俺が魔力を流すと、シャロンはまるで操り人形のように口を開いた。
「私はお父様に言われて舞踏会に出席しました。そこで我が家で作られている青葡萄酒に薬を入れさせ、年若い貴族達に配りました。その後はお父様から紹介された貴族や商人を魅了させてお父様の傀儡を作り上げていきました」
『…ッ。何故その様なことをした?』
また魔力を流すと、シャロンは無表情でスラスラと喋り出す。
「お父様が家族の誰よりも褒めてくださるからです。傀儡を作れば折檻せずに笑ってくれます。頭を撫でてくれます。愛してくれます!だから…だけど…やりたくなかった…!」
吸血鬼の禁術は闇の魔力を使うので光の魔力と相性が悪い。魅了が解けたのか、シャロンはまたボロボロと泣き出して、それでもルシアに話し続けた。
「城の皆さんは、代わりじゃない、本当に私自身に優しくしてくださいました!…それを、裏切るような、こと…を……私がもっと強ければこんなことにはならなかったのでしょうか?私なんて生まれてこなければ良かったんですか!?どうしていつもこうなるんだろう…本当に…ごめん…なさい…ッ…」
シャロンの独白を聞いて胸の奥がズキズキと痛む。舞踏会で薬を盛った犯人や関係者は、赤獅子の血王子の粛清対象。主犯格の1人である彼女は、軍部に連れていかなければならない。
「俺は…家族を大事にしない奴が嫌いだ」
彼女の涙をハンカチで拭う。そしてスレイから渡された小瓶を取り出してシャロンの手に握らせた。
「今夜の宴で、アレキサンダー王子は婚約者候補を全員断って俺を選ぶと言っていた。それをきっかけに騒乱を起こして敵対派閥を一掃するんだと。…そんで、これはもしもの時のための解毒剤なんだが、シャロンに持っていて欲しい」
「えっ……」
「お前をこのまま軍部に連れて行くのもいいんだが、その前に協力してもらいたいんだ」
ポカンとしているシャロンを尻目に俺は立ち上がる。
「ちょっとここで待っていてくれ。すぐに戻ってくるからな。…大丈夫だ。シャロンを褒めてくれる奴はちゃんとここに居る。ほら、この通り」
頭を撫でて微笑みかけると、シャロンの顔が徐々に赤く染まる。そして俯いて小さく呟いた。
「……はい。ルシア様の仰せのままに、お待ちしておりますわ」
恥ずかしそうに笑う彼女に見送られて、俺は妃殿下の部屋へと戻って行った。




